定期試験前


 一学年の試験が発表された。


「おぉ……」


 発表されたのは、聞かされていた通り試験当日。

 アデルは眼前に広がる洞窟の入り口を見て、思わず感嘆とした声が漏れてしまった。


転移穴ワープホール。高級な魔道具で中々手に入らないと聞いていたのですが、流石は王国一番の学園ですね」


 横にいるエレシアもまた、感嘆とした言葉が漏れる。

 洞窟の入り口は広々としている草原となっており、どこかミスマッチな組み合わせに現実感を与えてくれない。

 というより、先程まで学園にいた自分達が穴を一つ潜っただけで違う場所に来てしまっている方が現実感がないのかもしれない。


『ここは学園が所有するダンジョンの一つです』


 前に立つ講師が皆に向かって口を開く。


『まず第一に、このダンジョンにモンスターはおりません。ですので、まずはと思っていてください。まぁ、もちろん怪我をしてしまうかもしれませんが』


 ざわざわ、と。生徒達がざわつき始める。

 今回の試験は、各クラスに分かれて行われる。先陣を切って行われるの組であるSクラスの生徒の姿が、この広場に集まっていた。

 だが、この場には何故か一学年の生徒の姿だけでなく―――


「(なぁ、なんで二学年の生徒がいるんだよ……)」

「(試験監督を上級生が担当するのでしょうか?)」


 アデルが少しだけ後ろを振り向く。

 そこには、上級生である二年生の姿があった。そしてその中には———この前お見かけしたユリウスやカインの姿まで見える。


「(うげぇ……示し合わせたような組み合わせ。もしかして、この前の発言が神様にフラグ認定でもされたか?)」

「(さて、どうでしょうか? Sクラスの試験官をSクラスが担当する……なんて話は、別におかしなものではありません)」


 二人が仲良くアイコンタクトを交わしていると、試験官はそのまま口を開いた。


『今回の試験は、単純に辿転移穴ワープホールがありますので、そちらで学園に戻り次第試験は終了になります』


 モンスターを倒すわけでもない。単に行って戻ってくるだけ。

 その字面だけ切り取れば、今回の試験は簡単なように思える。

 しかし、ここは王国一の学園で実力主義。単にそれだけではないのは、緊張感を漂わせる生徒達はしっかりと理解していた。


『今回、初めの試験ということもあって成績には影響はしません。ただし、かといって油断はなされないよう———二時間の制限時間内までに戻ってこられなかった生徒は退となります』


 ゴクリ、と。退学というワードが出た瞬間にどこからともなく息を飲む音が聞こえてきた。

 成績に関係しないといっても、油断すれば地獄の底までの一直線。

 そして、講師の人間が手を振ると唐突に生徒達の腕にリングが現れた。

 そのリングには、何やら数字が書かれており―――


『試験は二人一組。同じ数字の人間とペアを組んで試験に臨んでください』


 アデルのリングに書かれてあった数字は『1』。横をチラリと見ると、エレシアのリングに書かれていた数字は『3』であった。

 そ同じくれに気づいたエレシアは、令嬢とも思えない形相でそのまま膝から崩れ落ちる。


「そ、そんな……ご主人様とペアじゃ、ないッ!?」


 相変わらずマイペースだなぁ、と。アデルは頬を引き攣らせるのであった。

 その時———


「アデルくん、アデルくん」


 いきなり背後から背中を叩かれる。

 気になって後ろを振り向くと、そこには己のリングを見せるルナの姿があった。


「私、『1』だよ!」

「おー、っていうことはルナと一緒かー」


 知っている相手でよかった。知らない相手だと変に緊張をしてしまうし。

 アデルは横で羨ましそうに睨んでくるエレシアを他所に、ホッと一安心した。


(それに、万が一何かあっても守れるだろ)


 ユリウスがこの場にいる。

 エレシアの言う通り試験監督を務めているだけなのだとしても、警戒しておいて損はない。

 そういう面を考えると、目下狙われているルナと一緒に行動できるのは僥倖であった。


『そして、今回の試験では二学年の生徒が試験監督を務めます。ダンジョン内での出来事は残念ながら講師側からは分かりませんからね。体調不良や怪我で何か起こった場合、上級生の指示に従ってください』


 そう言ったのと同時に、一学年の生徒は己のペアを捜すべく移動をし始める。

 横にいたエレシアも立ち上がり渋々歩いていったが、途中でセレナと合流して足を止めた。恐らく、今回のエレシアのペアはセレナなのだろう。

 そして———


「やぁ、君達は『1』のペアだね?」


 またしても背後から声がかかる。

 あどけなさと妖艶さを兼ね備えた、サイドに纏めた桃色の髪をした美しい少女。そんな生徒が、アデル達の前で立ち止まった。


「私はシャルロット。二学年のだ、よろしく頼むよ」


 少し気だるそうな、それでもフレンドリーな対応。

 横にいたルナは「よろしくお願いします!」と勢いよく頭を下げた。その反応を見て、アデルは―――


(特に警戒している様子もない。っていうことは、ルナの知り合いじゃないのか……?)


 ふと、アデルは周囲を見渡した。

 肝心のユリウスはシャナのいるペアの方へと向かっていて、カインはエレシア達の方へ。

 他二人が知り合いと接している部分には気がかりがあるが、肝心の喧嘩を売ったアデルや標的であるルナのところへは接触していない。

 もし狙っているのであれば、真っ先に第三王子関係の人間が接触しに来ることだろう。


(そもそも、こういう担当って生徒が口出しできるもんでもないかもしれん。っていうことは、警戒のし過ぎか?)


 アデルは少しだけ肩の力を抜いて「よろしくお願いします」と頭を下げた。

 その時———


「アデルくん、少しだけ作戦会議しよ。いいですよね、シャルロット先輩」

「ん? あぁ、構わないよ。私が君達の試験に口出しする権利はないからね」


 そう言って、シャルロットは少し離れてくれた。

 試験の攻略に向けての作戦会議を耳に入れるのは無粋とでも思ったのだろうか? 気を遣ってくれる先輩だな、と。アデルは少し感心する。

 そして、シャルロットが離れたことを確認したルナはアデルの耳元へ顔を近づけ———


「気を付けて、アデルくん」

「ん?」

「あの人、試験直前で順位五十八位ナンバーフィフティーエイトから順位三位ナンバースリーに上がった人だよ」


 小さな声で、真っ直ぐに言い放ったのであった。


「私は知らない人だけど、こんな飛躍的躍進ジャンプアップ。もしかしたら、ユリウスお兄様の関係者で、ユリウスお兄様よりも強い人かも」


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