定期試験①
ダンジョンの中に足を踏み入れた瞬間、景色が変わった。
といっても、外から見た中の入り口と似ているような気がする。ただ広さが見えていた時とは違っていたり、一緒に入ったはずの他の生徒達の姿が見えなかったり。
「確か、試験はゴールまで辿り着ければいいって話だったよな?」
アデルは横を一瞥して口にする。
他の生徒は見えない……が、横にはペアであるルナの姿はあった。加えて言うのであれば、自分達の試験監督であるシャルロットも後ろにいる。
「うん、そうだね。一応魔獣とかモンスターはいないって話だけど……」
「要するに、童心に戻って迷路を楽しめってことか? 嫌だねー、別に子供の頃の無邪気な気持ちは捨てていないっていうのに決めつけられちゃってさー」
「私、絵本の読み聞かせが好きだったなぁ」
「可愛らしい理由で結構」
チラリと、アデルは後ろを見る。
シャルロットは無言を貫き、じっと二人の様子を窺っていた。
「ここからは試験官はノーコメント、ねぇ?」
「まぁ、口出ししちゃったら試験になんないもん。ここはフェアに何もしてくれない方がいいなぁ、楽しめるし」
ある意味釘を刺したかのような含みのある言い方。
それを受けて、シャルロットは肩を竦めるだけで何も言ってこなかった。
返って不気味な雰囲気はあるが、とりあえず二人は前へ進むことにする。
「迷路の定石は普通に勘頼りに進むか、壁を伝って進むかの二択だったよな?」
「後者だと確実にゴールはできるけど、回り道必須だからあんまりしたくないかな。だって、一応二時間の時間制限があるわけだし」
中がどれぐらい広いのかは分からない。
その状況で、確実さを求めて遠回りをするのは愚策。恐らく、学園側もそういった部分を考慮するだろう。
何せ、ここは実力主義の学園。安牌を選んでクリアできるなら、実力もクソもないからだ。
「つまりは、定石二択以外で頑張ってくれってことか―――
アデルはそっと指を上に向けた。
すると、手元から明るい小さな光が浮かび上がり、薄暗い洞窟内を照らし始める。
「おぉー、アデルくんは光の魔法も使えるんだ」
「まぁ、初歩ぐらいならな。そっちに関しては間違いなくエレシアに劣るよ。光という一点だけだったら、俺なんて足元にも及ばん」
「流石は魔法家系の神童ちゃん。ハイスペックぅ~」
「最近はそれだけじゃなくなってきてるし、男の威厳を損ねないか毎日ヒヤヒヤだよ。男が女の子よりも弱かったら目も当てられん」
「んー、そういうもんかなぁ?」
歩きながらルナは首を傾げる。
別に男が女よりも弱くて悪いわけではない。筋力に多少の差があるかもしれないが、それですべてが決まるなんて単純な数式が成立ことはないのだ。
エレシアのように魔法に必要なスペックが
現に、一学年Sクラスの順位の十位までは女の子の方がより多くを占めていた。
だから、女が男よりも強いなんて別に不思議なことではない。
しかし―――
「個人思想の話だがな。俺の中では男は女より強く在るべきだって思ってるんだよ———なんせ、いざという時は守ってあげられないかもしれないからさ」
「……ずっこいなぁ」
「ずっこい?」
頬を薄っすらと染めて、ルナはアデルの背中をポンと叩いた。
何故? という疑問が湧くが、先を歩き始めるルナがそれを答えてくれることはなかった。
その代わり―――
「満たせ満たせ。私の進路をこの消えぬ炎で」
ルナは腕をまっすぐ伸ばして、燃える火の線を真っ直ぐに引き始めた。
それは先に続く道を止まらず進み、分かれ道に差し掛かるとそのまま枝分かれしていく。
少し時間が経った頃だろうか? 分かれた片方の炎が徐々に消失していった。
「今のは?」
「うん? いや、迷路だったら行き止まりとかあるでしょ? 真っ直ぐ進ませて、壁にぶつかったら消えるようにしたの」
「おー、なるほど」
確かに、それなら行き止まりに当たることなく先を進める。
いちいち魔法を展開しなくてはならないが、無駄に進んで道草を食ってしまうよりかは幾分かマシだ。
恐らく、学園側もこういった「頭を使った」攻略法を望んでいるのだろう。
「ぶっちゃけ、この程度なら魔力の枯渇なんてよっぽど連発しないとならないから。当面はこれで進んでいかない?」
「異議なし。頼もしいパートナーで超嬉しい」
「そ、そうかなぁ?」
えへへ、と。憧れの人に褒められたからか、ルナは照れたように頭を掻いた。
アデルは引き続き、周囲を照らしながら炎が敷かれている場所を歩き始める。
(……しかし)
足を進めながら、アデルはふと考える。
(何もないっていうのが、こうも不気味に感じるとはなぁ)
何もないに越したことはない。
ただ、何もなさすぎるのは不気味以外の何物でもなかった。
「……………」
シャルロットは、何も言わない。
その姿が、どこかひっそりと獲物を食うタイミングを見計らっている肉食獣のように見えた。
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