【カクヨムコン受賞】侯爵家の恥さらしである俺が実は人々を救ってきた英雄だとバレた。だから実力主義の学園に入学してほとぼりが冷めるのを待とうと思います
楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】
プロローグ
───巷では『黒騎士』という人間の噂が広まっている。
全身を黒の甲冑で覆い、どこからともなく現れては助けを求めている人に手を伸ばす。
盗賊に襲われた時、攫われた時、戦争に巻き込まれた時などなど。
どこから現れているのかも不明であり、全身を覆う黒い甲冑が素性を明かしてはくれない。
故に、『黒騎士』の正体は一切が不明。
分かることは巨大な剣を扱い、騎士でありながらも類稀なる魔法を扱い、困っている人がいれば颯爽と現れる───
背丈は高いが、声音はどうやら十四から十七歳ぐらいという話は挙がっているが、それでも不確かな情報だ。
一切が不明。
それでも、実際に助けられた人は数多く、その存在だけが噂として広がっていた。
しかし、最近。その噂も少し変わっていた───
「『正体不明の英雄。黒騎士の正体はまさかアスティア侯爵家の恥さらし』、ですか」
一人のメイドが、ソファーに座りながら新聞を読み上げる。
あどけなさが残りながらも美しい端麗な顔立ち、腰まで伸びる銀髪は若干ウェーブがかかっており、瞳は宝石と見紛うほどの澄んだアメジスト。
クビレのハッキリしている肢体は同性が羨むほどであり、間違いなく街を歩けば誰もが目を惹かれる容姿をしている。
そんなメイドの少女───エレシアはチラリと横を見て小さく笑った。
「だそうですよ、ご主人様」
「ちくしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」
とある平日の昼下がり。
由緒正しい騎士家系であるアスティア侯爵家の屋敷の一室にて、そんな声が響き渡った。
「おかしい……本当におかしい! 何がどうなったらこんな未来になったんだ!?」
短く切り揃えた金髪の少年が執務机にて頭を抱える。
王国の騎士団長や英雄といった数多くの才能ある者を輩出してきたアスティア侯爵家。
才能ある者ばかり集まる家系には一人、なんの才能もなく生まれてきた少年がいた。
剣を握らせば凡。魔法を教えても結局は凡。それだけではなく、鍛錬に勤しもうともせずに日々自堕落な毎日を送る。
故に家族からも社交界でも嫌われ、周囲からは『アスティア侯爵家の恥さらし』と呼ばれるようになった。
その少年が、実は───
「暑くて甲冑を脱いだ矢先に記者と遭遇……結局、好奇心旺盛なパパラッチには気をつけた方がいいってことですね」
「あの記者、いつかお母さんに泣き縋るほどお尻をぶっ叩いてやるッ!」
アスティア侯爵家の恥さらしと呼ばれる少年───アデル・アスティアは瞳に憤りを見せる。
とても『黒騎士』と呼ばれるほどの
「ですが、よかったではありませんか。お陰でアスティア侯爵家の恥さらしという汚名が一夜にして払拭されようとしているのですから」
「嫌だよイメージアップなんて! 俺はずっと金魚の糞でいたかったのゴロゴロ自堕落ライフしたいの!」
『自堕落目指せ怠け者☆』がモットーなアデル。
このまま評判がうなぎ登りのようなことがあれば注目は必至。せっかく定着させた恥さらしが綺麗に払拭され、待っているのは忙しない馬車馬ライフだ。
「我が家族にその話が耳に届いたらどんな反応をされることやら……間違いなく自分の騎士団に引っ張って日々訓練任務の毎日を送る羽目に―――」
「そういえば、ご当主様が急遽辺境任務からこちらに戻られているとのことです」
「耳に届くの早くない!?」
まだパパラッチを受けてからそんなに日が経っていないのに、と。
アデルはひっそりと涙を流すのであった。
「しかし、助けられた私が言うのもなんですが、何故人助けなどを? こうなるであろうことは想定できたはずですが……」
汚名を払拭したくはない。今のままでいたい。
であれば、そもそも誰かを助けるような真似をしなければよかったのだ。
ずっと持っている多大な才能を隠し続ければ、今もなお望む自堕落な生活が送れたはず。
しかし、アデルは───
「寝れなくね?」
「はい?」
「いや、だからさ……困っている人がそこにいるのに、見て見ぬ振りしたら気持ち悪いだろ」
アデルは頬杖をつき、さも当たり前のように口にする。
「手を伸ばしたら助けられる人がそこにいて、見て見ぬ振りをしたのに快適な睡眠が送れるとでも? 今喋っている間にも見捨てたあの子は泣いていて……って考えたら、そりゃ手を差し伸べるだろ」
「…………」
「要するに、俺の安眠のため! 自堕落ライフに不安なんて要素なんてお断り、以上!」
机に置いてあるもう一つの新聞を見て顰め面をするアデル。
そんな姿を見て、エレシアは思わず口元を緩めてしまった。
(まったく……お優しいんですから)
自分のためと言っておきながら、結局は誰かのため。
こうして新聞に載るほど『黒騎士』として誰かを救ってきたのだ———自己満足だけで解決できるわけがない。
確かに、普段の生活は侯爵家の恥さらしに相応しいほど堕落したものだろう。
それでも、エレシアはアデルのことを蔑む気にはならない。
むしろ、この胸の高鳴りはまったくをもって逆。
エレシアは薄っすらと頬を染めながら立ち上がって近づき、そのままアデルの股の間に腰を下ろした。
「それでは、ご家族と同じように騎士団に加入されては?」
「こら待て、そのスキンシップをしたまま平然と話を進めるな思春期ボーイなんだぞ俺は」
「私だって甘えん坊ガールです」
「はぁ……俺が鋼の理性ばかり磨いているって思ったら大違いなんだけどなぁ」
アデルはため息をつきながら、間に座るエレシアの頭を撫でた。
それが嬉しかったのか、エレシアは嬉しそうにアデルに身を任せる。
「話は戻しますが、侯爵家の誰よりも才能があるご主人様であれば、騎士団加入も容易だと思います。人助けをするのであれば、そっちの方が動きやすいかと」
「だからさっきも言ったじゃん。訓練やだし、寝る時間も遊ぶ時間も女の子とイチャイチャしたり一緒にナニする時間も―――」
パキャ♪
「……なぁ、今物凄い速さで俺の肩が外されたんだが?」
「可愛い女の子の悪戯でしょうか?」
「可愛い女の子の定義に反しそうな悪戯……」
どうやら他の女の子とナニ発言は可愛い女の子には許せないものだったようで。
アデルは涙目になりながら外された肩を戻した。
「っていうか、マジでどうするかなぁ……」
我に返り、視界に入った新聞の一面を見てもう一度ため息をつく。
「買い出しに出掛けた際にも、ご主人様の話で持ち切りでしたね。それどころか、今はご主人様にお会いしたいという貴族の申し出ばかりです」
「断ってはいるが、それも限度があるし……いっそのこと、ほとぼりが冷めるまで遠くまで逃げ出すか?」
「それは流石にご当主様も許してはいただけないのでは?」
「安心しろ、俺も自分で言っている最中に脳裏にキレる父上の姿が浮かんだ」
今まで自堕落な生活にも目を瞑ってもらっているのだ。
これ以上のことをすれば間違いなく鉄拳制裁である。
「けど、このまま家にいれば間違いなく馬車馬の道に引っ張られる恐れがある……っていうより、目下大問題父上が迫ってきてる。性格的に絶対に騎士団に入らされる」
「他のご兄弟様方も
「そっちもそっちで面倒なんだよなぁ。普通に「お前みたいなやつが『黒騎士』なわけないだろ!」って挑発されるか「よし、噂が正しいかどうか確かめてやろう」って剣を抜かれるかの二択」
「ふふっ、ご主人様はご家族に愛されておりますね」
「今の二択に愛は感じなかったけどな」
んー、と。アデルは腕を組んで天井を見上げながら悩む。
そんなアデルに、エレシアはぺたぺた体をくっ付けながら甘え―――
「そうだッッッ!!!」
「きゃっ!」
いきなりのボリュームに、エレシアは思わず可愛らしい声を出してしまう。
「い、いきなり大声を出さないでください。大声大会に参加表明は静かにですよ……」
「まぁ、待てエレシア。この参加表明には意義があるんだ。具体的に言うと素晴らしい妙案が浮かんだというかなんというか!」
興奮気味に、アデルは腕を振る。
その姿は正しく歳相応というかなんというかであった。
そして———
「学園に入学しよう! 『黒騎士』騒ぎのほとぼりが冷めるまで、全寮制の三年間を謳歌しようじゃないか!」
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