派閥勧誘の代償

 さて、派閥の仲間を集めるとは言ったものの、簡単なことではないのは承知の通り。

 何せ、学生時代に築いた関係は将来に続く。

 そのためより一層慎重になってしまうし、今回は少し特殊だ。

 仲間に引き入れるのはいいものの、下手をすれば負け馬に乗って巻き込んでしまう恐れがある。

 故に、相手も慎重にならざるを得ない―――もちろん、一番慎重になっているのはルナだ。

 相手を慮り、かつ懐に入れても裏切らなさそうな頼もしい相手を考えると中々選べない。

 逆に、派閥に入りたい人間はルナの地位と、入学早々群がっていた人達を見れば一目瞭然である。

 簡単ではないのは、相手側というよりこちら側の方だろう。

 だからこそ、アデル達は苦戦覚悟で仲間集めを―――


「え、お姉ちゃん派閥入ってもいいよ~」


 ……するつもりだった。


「あの、本当によろしいのですか、ミル様?」


 時と場所は変わって、翌日の放課後。

 アデルはエレシアと当事者であるルナを引き連れて、騎士部が使っている訓練場へと足を運んでいた。

 訓練場は相変わらず、剣を振って鍛錬に勤しむ生徒の姿がたくさん。中には公爵家の息子であるライガも一緒に剣を振っており、ちゃんとミル達の許可を得て入部したのだと窺える。


 とはいえ、今回やって来たのは見学ではなくミルに会うため。

 というのも、腕っぷし問題なし家柄問題なし、どこの派閥にも属しておらず、少し正確に問題ありだが裏切るような人ではないミルを勧誘するためだ。

 まぁ、足を運んである程度の事情を話してすぐに快い返事をもらえたわけだが。なんというか、拍子抜けである。


「いいのいいのっ! アーくんがハグして「ミルお姉ちゃん大好き♡」って言いながらほっぺにチューしてくれたし!」


 ただ、拍子抜けの犠牲はあったみたいだ。


「うぅ……俺、もうお婿に行けない」

「ありがとうね、アデルくん……あの、もしあれだったら私が……もらってあげても……」


 一方で、アデルは心に多大なダメージを負って地面へ蹲っていた。

 その背中をさするルナは、なんだか少し赤らめた顔を見せている。

 訓練場の隅で邪魔にならないよう話しているとはいえ、なんとも目立つ二人であった。


「まぁ、あとは単純にアーくんと同じ派閥に入りたかったっていうのもあるかな?」

「と、言いますと?」

「だって、変なことがあってアーくんと対立するのなんて嫌だし。それに……アーくんすぐ逃げるから、監視しときたいし」


 なるほど、と。エレシアは少しだけ頬を引き攣らせながらアデルを見る。

 アデルとミルは学年が違う。そのため、学園を卒業すればいよいよ家でしか会える機会がなくなる。

 もしも、アデルが学園を卒業しても『黒騎士』のほとぼりが冷めなかった場合、性格的に十中八九逃亡という選択肢を取ることだろう。

 そうなってしまったら、ミルはアデルと会う手段も伝手つてもなくなってしまう可能性が高い。

 それは姉としても、アスティア侯爵家としてもよろしくはない。何せ、別格すぎる天才児という人材が逃げてしまうからだ。

 それなら、少しでも関係が残るようにしたい。

 ミルの言っている「監視」というのは、正にこのことだろう。


「あ、あのっ」


 二人が話していると、さすり終えたルナがミルに向き直る。

 そして、勢いよく頭を下げたのであった。


「ありがとうございます、ミルさんっ! 私の派閥に入っていただいて!」

「おーるおっけー♪ 大丈夫大丈夫、こういういい子な部分もあるからお姉ちゃんは派閥に入るんだぞぅ~?」


 よしよし、と。ミルはルナに抱き着いて思い切り頭を撫で回す。

 ルナは「『黒騎士』様のお姉様に頭を……!?」と、何やらいっぱいいっぱいになってしまった。


「そういう話なら、ロイドくんも誘おっか? あの子、「孤高こそかっこいい!」ってイタイ子状態だから、名前ぐらいなら貸してくれると思うけど」

「ロイド様は相変わらずですね」

「…………」


 一体どんな人なのだろう? と、ルナは少し想像して気になってしまった。

 その時、ようやくアデルが現実ちゅーから戻ってきたのか、立ち上がって話に入ってくる。


「よし、さっきのは記憶から抹消しよう!」

「じゃあもう一回今度は唇にチューで!」

「ざけんなそれは姉弟で超えちゃいけない一線だろうがッッッ!!!」


 色々と容赦のないお姉さんであった。


「ご主人様」


 しかしそんなツッコミを入れるアデルへ、エレシアが袖を引っ張ってくる。


「なに? もう一回しろのワンモアプリーズは嫌だからな!? 約束は履行されたし絶対に―――」

「私にしてほしいです」

「…………ぱーどぅん?」

「私にしてほしいです」


 物欲しそうな視線を向けるエレシア。

 それを受けたアデルは一瞬だけ固まると、すぐに目頭を押さえ始めた。


「おーけー……いいか、エレシア。安易にキスなんて罰ゲーム感覚で求めるもんじゃない。女の子の初めては貴重なんだ、もっと小鳥を愛でるかのように大事に―――」

「ご主人様がいいんです」

「…………」

「ご主人様がいいんです」


 アデルはもう一度固まる。

 動かないから不満なのか、それとも答えてくれないから不満なのか。

 エレシアは「むぅー」と頬を膨らませながらアデルの袖を引っ張り続ける。

 そんな二人を見て―――


「いい、ルナちゃん? アーくんと結婚する時は、誰が第一夫人かとかはちゃんと話し合うんだよ?」

「ふぇっ!?」


 ミルは何やらルナに吹き込んでいた。

 ルナはルナで思い切り顔を真っ赤にさせるのだが……アデルは相棒のおねだりの処理が追い付かず、そのことにまったく気が付かなかった。

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