第三王子派閥

 二学年の定期試験は新学期が始まってもすぐに行われる。

 模擬や知識だけでなく、二学年に上がると必然的に実践においての試験も行われるようになり、ユリウスの護衛であるカインもまた実践へと駆り出されていた。


(討伐数のアベレージが三体……だったか?)


 ケイライン子爵家の息子であるカインは、巨大な剣を背中にしまう。

 視界には生い茂った森と、赤黒い液体を流しながら倒れている狼型の魔獣が八体。

 平均が三体であれば、かなりの上回りと言ってもいいだろう。


(俺もまだまだ未熟な身。と考えると、きっと本職の騎士はもっと凄いんだろうな……既に騎士団へ加入して任務をこなしているアスティア侯爵家の人間は流石としか言えん)


 いや、それよりもと。

 由緒正しき騎士家系と比較する以前に、近くにいる人間と比較するべきだ。

 カインは後ろを振り返る。そこには、十数体もの屍の山を築き、悠々と腰を下ろしている主人ユリウスの姿が。


「ん? そっちは終わったのかい?」

「えぇ、今しがた。充分に倒しましたし、このまま合流地点へ戻ってもよろしいかと」

「それもいいけど、もう少しゆっくりしていかないか? せっかく学園の外に出られたんだからさ」


 これだけの魔獣を倒しても五体満足。それどころかどこか余裕すら感じられる。

 加えて、己よりも多くの魔獣を倒しているのだ───流石だと、カインは視線を上げた。

 その時───


「おや、君達もここにいたのかな?」


 茂みの中から、一人の少女が姿を現す。

 サイドテールの桃色の髪。あどけなさというか妖艶さというか、なんとも表現に難しい雰囲気を感じさせる。

 その少女───シャルロットは小さく手を上げて「やぁ」と、二人に挨拶をした。


「おっと、これは珍しい。忠臣が二人も揃うなんて。特にシャルロットはクラスが違うから中々会わないんだけど」

「いい加減、Sクラスに上がってきたらどうだ? いちいち連絡が面倒だ」

「嫌だよ、億劫すぎる。。そういうのは叩かれて喜ぶMっ子だけが頑張ればいいのさ」


 カインは肩を竦める。

 すると、ユリウスは何かを思いついたように口にした。


「そうだ、シャルロット……一つ君に聞きたいことがあるんだ」

「ん? 何かね?」

「君、英雄を倒せるかい?」


 何の話だ、と。シャルロットは首を傾げる。

 しかし、すぐさま小さくため息をついた。


「どの英雄を差して言っているのかは知らないけど……まぁ、やるだけやってみるとしか。と思うが」

「ハハッ、よく言うね! これでもう僕はそれなりに強い方だとは思うんだけどなぁ!」


 ユリウスは『剣聖の再来』とも呼ばれる程の人間だ。

 それの三倍? それだと勝てる? もしもこの場に第三者でもいれば首を傾げるだろう。

 だが、カインやユリウスは何も反論はしない。

 その代わりに───


「……ユリウス様、次は何をお考えで?」

「うーん、別にいつも通りのことだよ」


 ユリウスはカインの質問に口元を緩める。


「この国の王は僕だ。その前に立ちはだかる者は全員潰す───いつもと変わらない、面白おかしい障害走に挑むだけだ」


 カインは、その言葉に眉を顰める。

 気乗りしていないような、そんな感じ。

 しかし、文句など口にせず近くにいた自分の倒した死骸の尻尾切っていくと、そのまま背中を向けた。


「俺は先に戻りますが、ユリウス様はいかがなさいますか?」

「僕はもう少し外の空気を吸っておくよ。あと、考えたいこともあるしね」

「だったら、私と一緒に帰ろうじゃないか。血生臭い空間は、乙女の肌に関わるからね」


 そう言って、シャルロットはカインの横に並ぶ。

 茂みを掻き分け、予め伝えられていた合流地点までを一緒に歩いていく。

 すると、しばらく経ったところでシャルロットが口を開いた。


「また、あの王子様は何かをするつもりなのかい?」

「……まぁ、そうだな」

「気乗りしない感じだね」

「気乗りなどしない。まぁ、我が家が第三王子の派閥にいる以上、文句など言っていられないが」


 第三王子の派閥はかなり多い。

 性格に難があるものの、知性も実力も他の兄弟よりも優れていると周囲が認めているからだ。

 だが、その難ある性格を傍で知り続けたからこそ───二人はこのような会話を広げる。


「まったく……これだから貴族は面倒くさい。やりたくないものはやりたくないって言えばいいのにな。うちの孤児院の子供達も、嫌なら嫌ってちゃんと言っていたぞ?」

「そういう君はどうなんだ? 彼のせいでその手が汚れ続けているだろ」

「ふふっ、私の心配をしてくれているんだね。私が第三王子の秘密の懐刀だからかな?」

「そういうわけでは───」

「分かっているさ、君は優しいからね」


 だけど、と。

 シャルロットはカインの背中を叩いた。


「彼はお金をいっぱいくれるんだ。上辺ではなく、しっかりと。その積み重ねがあるから、私は彼を信頼しているし性格に難があろうと文句はない」

「………………」

「世の中、綺麗事だけじゃ世界は回らない。お金があれば薬も買えるし、……手段も力もあるのに、外道に堕ちない理由はないね」


 そう言って、先を歩いていくシャルロット。

 後ろ姿は、なんともか弱い女の子のようだった。哀愁も漂っていないし、落ち込んでいるようにも見えない。

 単純に現実を見据えて理解している───どこにでもいるような少女。


「外道、か……お互い大変だな」

「まぁ、外道同士主人が奇行に走らないことを祈ろうじゃないか。なーに、教会に行くなら一緒に付き合ってやるさ」

「……君がいてくれるなら、そういう場所に赴くのも悪くはないな」


 カインは足を速めて、シャルロットの横に並び立つ。

 ふと、シャルロットの横顔を見て思った。


(流行病……悪彩病、か。それさえ起こらなかったら、きっと彼女は可憐な少女のままだったんだろうな)


 そして、その横顔を見つめる時のカインの表情はどこか悲しさを帯びていた。

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