ルナ・カーボン

 可愛い女の子からいきなりサインを求められた。しかも、超絶美少女枠の女の子から。

 だが、何故いきなりサインなんかを?

 自慢ではないが、アデルは『黒騎士』としてサインを幾度となく求められてきては断ってきた。

 それは、あくまで自分のためにしている行為であって、誰もが憧れるような存在として目立とうとは思っていなかったからだ。

 初めは疑問に思ったが、きっとこの子は己が『黒騎士』だと知ってサインを求めてきたのだろう。

 やれやれ、己の有名っぷりにも困ったものだ。申し訳ないが、ここはしっかり断らなければ―――


「フッ……誰か紙とペンを持って来てくれないかな」

「何をしているんですか、ご主人様」


 アデル・アスティア。

 美少女の前では、どうやら恰好をつけたがる男の子みたいだ。


「むっ? ご主人様……鼻の下まで伸ばされておりますね」

「ちょっと待つんだ、相棒さんよ。その唐突に俺の肩に置かれた手は、一体どんな用途で使われるんだ?」

「誰彼構わず鼻の下を伸ばすご主人様にお説教をするためです」

「誰彼構わずとは失敬な! 俺は美少女オンリーの誠実ボーイ———」


 ぱきゃ☆


「つまり、美少女であれば誰でもいいということですか?」

「……はい、もう少し誠実に生きようと思います」


 外された肩が痛いなぁ、と。

 アデルはさめざめと涙を流しながら肩を戻していくのであった。


『お、おいっ! なんでルナ様が恥さらしに!?』

『あいつ、また何かやったのか!?』

『ふざけんなよ……羨ましい』


 その時、またしても周囲から声が聞こえてくる。

 耳に届く内容を拾っていくと、どうやら今回はこの女の子に対してのものみたいだ。


(えーっと……この子、そんなに凄い子?)


 アデルは基本的に社交界には滅多に顔を出さない。

 単純に「面倒くさい」というのと、あまり歓迎されないというのが主な理由なのだが、それ故にあまり貴族の顔や名前を憶えてはいなかった。

 それは、初めましてのシャナの顔を覚えていないのがその証拠として挙げられるだろう。


(んー、でもどっかで見たような顔)


 はて、どこだったっけな? と、アデルは首を傾げる。


「あの……」


 その時、蚊帳の外にされていた金髪の女の子が首を傾げる。

 アデルはもう一度話しかけられたことによって、ようやく我にへと返ってきた。


「あ、あー……ごめんなさい? サインはあげられないんだ、怒られるから」

「あぅ……そっかぁ」


 シュン、と。可愛らしく項垂れる少女。

 その姿が大変可愛らしく、周囲にいたクラスの男達は誰もが見惚れてしまっていた。


「はいはーい、姫さんストップー」


 そして、今度は少女の後ろから小柄な女の子が現れた。


「何いきなりファンサービス求めていやがるんですか。開幕早々目立ってんじゃねぇですよ、有名人」

「うぅ……だって生『黒騎士』様……」

「はいはい、講師の人が来る時間でいやがりますからねー、ファンは有名人の邪魔にならないようはけましょうねー」


 そう言って、現れた茶髪の女の子は少女の首根っこを掴んでそのまま空いた席へと向かって言った。

 途中に「お邪魔しましたー」「あー、お話ぃー」などと言っていたような気がするが、引き摺られる構図がなんとも苦笑いを誘った。

 しかし、席へと彼女達が戻った瞬間、ここぞとばかりに近くにいた生徒達が集まり始める。


「なに、あの子有名人?」

「はぁ……ご主人様の認知力が低くて年齢を疑ってしまいます」

「ボケたわけじゃなくて知ってねぇんだよ純粋に! だから俺は悪くない歳を取ったわけでもない!」

「知らない時点で悪いんですよ、あなたはどこに住んでいると思っているのですか?」

「お空の下」


 はぁ、と。エレシアは大きなため息を吐く。

 そんなに有名人なの? と、アデルは疑問に思う。


「あなたって、社交界に顔を出していない割には有名人よね」


 今度はシャナまでもが、後ろを振り返りながら口にした。


「おいおい、なんだよなんだよ二人揃って。そんな怖い前振りはやめてくんない? ある意味夜中に聞かされる怪談よりも背筋が凍るんだけど!?」


 目立たない、ひっそりと過ごすための秘訣は「有名人と関わらないこと」だ。

 有名人と一緒にいてしまえば、その有名人の注目度によって己も周囲の視線を受けることになる。

 回避するためには、しっかりと有名人とは距離を取って極力認知されないことが自堕落な学園ライフを送る上でのモットーとなるのだ。

 まぁ、シャナという公爵家のご令嬢と関わってしまったのは仕方ない。エレシアの友人だし、普通に偏見なく接してくれる。何も求めてくれない楽。


 だが、これから新しく増えるともなれば話は別だ。

 故に、アデルは二人の反応を見てビクビクと怯える小動物のように体を丸まらせた。


「うぅ……怖いよぉ、馬車馬を引く御者さんが現れるぅ……」

「……ご、ご主人様。今のお姿が大変可愛らしいので、抱き着いて頭を撫でてもよろしいでしょうか?」

「あなたって本当にマイペースよね」


 どうやら、メイドは主人の小動物化に胸を擽られたみたいで。

 本人の許可なく、抱き着いては愛でるように頭を撫で始めた。


「あー、あとさっきの話の続きだけれど、知らないのは置いておいてもさっき壇上で話してたでしょ、彼女。覚えてないかしら?」


 チラリと、シャナは教室の反対側を見る。

 そこには、先程よりも多くなった人集りがあった。


「彼女の名前はルナ・カーボン—―—この国の第二王女様よ」

「酷いっ!」


 アデルは更に小動物のように怯えながら、エレシアの胸に抱き着いた。

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