3なる物語 雨の中の少女

 それから数日の時が、流れていった。


 ベルティアは、ヴォヴゥレの村の隣街キョロギルへと足を向けていた。


 キョロギルの都へ向かって歩いていく彼女の手には、ピンク色の可愛らしい傘が握られている。彼女の小さな2つの足は、キョロギルへと向かう森の小道を歩いてゆく。


 ベルティアの心は今、とてつもない幸せで満ちていた。


 嬉しさから、つい独り言が漏れる。


「ああっ! ミリアに出会えたっ!! 嬉しい!

 今度は、お色気たっぷりのメイド服を、ミリアに着せてみようかしら。あっ! ついでに泣くまねをして、ミリアの胸にすり寄ってゆくってのも、いいわね♡!

 それからそれから、ミリアと2人おそろの下着を着て一緒にくっつき合って眠ったりってのも最高にいいわね♡!」


 ベルティアは、興奮で体が熱くなってゆくのを感じていた。嬉しさに、森の中の小道をスキップしながら向かっていたのだった。



 ヴォヴゥレの村は、かなりの田舎だ。メイド服やド派手な下着なんてものは、この村には無い。


 ヴォヴゥレの村には、一軒の雑貨店しかなく、生活上最低限のものが揃う。だが、本当に最低限のもので変わったものや、華やかな下着なんてものは、売っていなかった。


 売っていたのは、かぼちゃパンツや白一色で何の装飾も無いブラジャーなど。

 そして、限られた少しの服、食料品、ランタンなど、生活上必要最低限のものばかりだ。


「ミリアにお似合いのスケスケおパンティーは、大きな都にしか無いわよね。

 だったら、交流都市であるキョロギルの都へ行くのが正解だわっ!

 ミリアのメイド服とスケスケおパンティーとセクシーブラを買ったら、帰りに寺院へ寄って、祈祷してもらって、着ると性欲が頂点に達するスケスケおパンティーに仕上げてもらいましょうかね♡

 ああ、楽しみ、楽しみ♡」


 ベルティアは、鼻歌を口ずさみながら、歩いている。ミリアといる時は、ベルティアにとっては、どんな時間よりも尊く、素晴らしいものだった。


 森の小道の中、その小さな足は、徐々にキョロギルの都へと近づきつつあった。


 向かう途中、空から雨が降りてきた。いきなりの事であった。

 ベルティアは、持ってきたピンク色の傘を開き、さして歩き始める。


 空から降りてくる水滴の数が次第に増え、本格的な降りとなる。


 彼女はあらかじめ、魔術で天気を予測しておいたので、今日雨が降ることは、きちんと分かっていたのだった。


 雨の中でも、ベルティアは、幸せをかみしめながら歩いていた。


 だが、ふと足を止め、立ち止まる。

 雨の音に交じり、女性のすすり泣く声が、どこからともなくベルティアの耳に入ってきたからだ。


 どっちかしら?

 ベルティアは、放っておけなく、すすり泣く声のする方へと歩いて行った。



 辺り一面銀世界であった。


 そんな銀色の雨の中、長い金髪の少女が1人、肩を震わせながら泣いている。

 傘もささずに泣く少女の白い服は、雨に濡れ、少しだけ透けていた。


 17歳ほどだろうか。


 ベルティアは、少女の元へと近づき、ピンクの傘を、彼女の上へと差し出した。

 いきなり差し出された傘に、思わず少女は振り向いた。


 雨が降り始める前からもうずっと泣いていたのだろう。顔は、泣きはらし、真っ赤に染まっていた。


「どうしたの?」

 ベルティアは、少女の上へ傘を差しだし、優しく尋ねた。


 すると、少女はとぎれとぎれにしゃくりあげながら、婚約者を亡くしたと告げる。


 その「告白」を聞いた瞬間、ベルティアの、今まで元気だった顔が曇る。正直、人の死の話題は苦手だ。


「……ジョアンはまだ、18歳だったのよ……。まだ死ぬべき歳じゃあないのに、病気で死んじゃった……!!」

 そこで少女は、顔を覆ってしゃくりあげる。


 ベルティアの目が切なく、優しくなる。

「とてつもなく愛おしい人と死に別れるのって、胸をえぐられるかのように悲しくて、そして辛いよね……」

 ベルティアの言葉に、少女が泣きながら頷いた。


 ベルティアは、言葉を続けてゆく。


「だけどね。

 あなたの目の中の涙が完全に乾く時がきっと来る。

 ジョアンっていう人が徐々に、あなたの心の中に美しい想い出として残る頃には、あなたの今感じている強い悲しみは、もっと落ち着いてくるわ。

 今は何も考えられないと思うけれども、また、素敵な人と、絶対に出会えるからね」


 ベルティアは、少女を抱きしめた。彼女の悲しみに、ベルティアの心が痛む。


「ジョアン以上に素敵な人なんて、世界中どこを探しても、絶対にいないっ!! 私はずっとこれから一生、ジョアンの想い出といっしょに独身で生きていくんだもんっ!!!」

 少女が、ベルティアの言葉に反発する。


 別離の悲しみというものは、大きい。ややもすると、人の人生を狂わせてしまうほどに大きいものだ。できれば、そんな悲しみ、この世に無ければいいのにな。ベルティアは思う。


「……そうよね。」

 ベルティアは、泣きじゃくる少女に優しい目を向け、そっと語りかけた。


「今は、すごく悲しいよね。

 今は泣きなさい。

 でもね。その涙の先には、また違う輝く未来があるってことも、頭の片隅にでもいいから入れておいてね。『一生独身』なんて、悲しいことは言わないで!

 ジョアンだって、あなたのそんな人生は、望んでいないと思うわ。

 あなたが、これから幸せになることを、彼は願っていると思うわよ。

 ……でもね。今は、悲しみが刃のように心に突きささるのよね。私も経験あるけども、そんな時は、どうやったって、悲しみから、逃れられないわよね。

 とにかく今は、泣きたいだけ、泣きなさい」


 ベルティアは、優しい目を少女へと向け、彼女をしっかりと抱きしめた。


 別離の悲しみ……。自分には、この少女をどうしてあげることもできない……! 助けてもあげられないっ……! 彼女自身が、その悲しみを乗り越え、前に進むしかない。助けてあげられないその想いが、とても、はがゆく、つらかった。


 ベルティアに抱かれ、少女は、ずっと涙を流し続けていたのであった。

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