25なる物語 真実の一部

 ベルティアとゲオンは、野外に出て、2人椅子を並べ、時間がゆっくりと移り変わってゆく様を眺めていた。


 温かかった風が冷たさを増し、空も徐々に、夕暮れに染まってゆくのを見ながら、ベルティアは、話す覚悟を1人決めていた。


 知られたくなかったこと……。だけども、話さねばならない時が来てしまった!!

 内心、ベルティアの心は、複雑だった。


 心を落ちつけたいので夕暮れ時まで待って欲しいと、ベルティアがゲオンに言ったのだ。


 時の移り変わりはまるで一瞬のように速いものだった。


今はもう、空は黄色みを帯び、夕暮れ時特有の冷たい風が頬を撫でてゆく時刻となった。


 その時、ベルティアは覚悟を決め、話し始めた。

「ゲオン……。実は私は、永遠を生きる存在なの」

 ベルティアの最初の一言は、それだった。


「何だって!?」

 ベルティアが予想していた通り、ゲオンは驚きに、大きく目と口を見開いた。


 自らの秘密を語る時、大概の人間が、このような表情となる。長く過ごしてきた時の中、見慣れた顔に、ベルティアは、大きく夕暮れ時の空気を吸い込んで、話を続けていく。


「ゲオンは人間で、歳をとって死にゆく存在だけれども、わたしは、違う……。

 私は老いることなく、永遠を生きる存在」


「不老不死!? そんなこと、あるわけないだろっ!? この世は生まれ、老い衰え、死んでいく。そのことをずっと繰り返していく、永遠のものは存在しないって、俺は、じっちゃんから聞いた。今まで生きてきたけど、不老不死ってものは見たことも、聞いたこともないんだ。まあ、エルフとかは不老不死って言われてるけれども、人間で不老不死ってのは、聞いたことがないっ!」

 その言葉を言った瞬間、ゲオンは目を見開き、ベルティアを見る。


「……人間では、……ない、のか……?」

「ええ、そうよ。私は、人間じゃあないの」


「……っ!!」

 ゲオンは、ますます驚きに目を大きく見開き、ベルティアの美しい少女体系の体を上から下へと見まわした。


「でも、どこをどう見ても、お前は人間そのものだぞ?」

 不思議そうな目で自分を見つめるゲオンに、ベルティアは、苦笑する。


「そう、見えるだけよ」

 ベルティアの顔に切なさが浮かぶ。時が永遠であるゆえに、自分は愛おしい人と時を重ねて老い衰え、死んでゆくことさえできないのだ。


 どんなに愛した人とも、必ず別れの時が訪れる。それが、この憂き世の現実だ。


「じゃあ、お前はエルフか? でも……」

 ベルティアの耳元を見つめ、ゲオンが不思議そうな顔をする。


「お前の耳は、エルフの耳の形じゃあなく、人間の耳の形をしているぞ?」


「本物のエルフを、ゲオンは見たことがあるの?」

 ベルティアが、問いかけた。


「いや。冒険好きで、世界中を旅して歩いていたじっちゃんの話を聞いて知っているだけだ。

 じっちゃんの話によると、エルフの耳はとがった形をしているって聞いてるんだ」

「私は、エルフではないわよ」

 ベルティアが、静かに言った。


「ゲオン。私は、エルフじゃあないけれども、永遠を生きる種族なの」

「エルフの他にも、永遠を生きる者っているんだな?」

「いるわよ」

 ゲオンは、ベルティアをまじまじと見つめる。


「ベルティアは、普通の人間にしか見えないけれどもな。ちなみに、ベルティアは、何の種族なんだ?」

「内緒」

 ベルティアは、自分がその種族であると、誇りを持って言うことができなかった。


 なぜなら、自分のせいで、一族を不幸へと陥れてしまったからだ。


「……私は、自分の正体そのものには、誇りを持てない。だから、本当の私自身を好きになれないの。だから、私は時は永遠だけれども、人間のような生き方をしているの。

今までは、避妊の魔術をかけていた。でも……あの夜、魔術をかけ忘れてしまって、子供ができてしまった……!」

 ベルティアは、ゲオンの2つの灰色の瞳を覗きみた。

 彼女は、まるで怯えた猫のように不安そうな顔をしている。


「永遠の存在である私と、人間であるあなたの間にできた子供を産むことが、私は怖いの! ……だから、子供は降ろして諦めなきゃならない! だって、どんな子が生まれてくるか分からないから。

 ずっと子供ができないよう、気を付けていたんだけども、……できてしまった。

 だから、本当に悲しいけれども、その子は、おろさなきゃならないのよ」


 ベルティアは、微笑みながら、優しい目でゲオンを見た。

 その優しい目の輝きの中に、深い悲しみの光が入り混じっている。


「それでも……」

 ゲオンはベルティアから目をそらし、そう言ったきり、少しの間、夕暮れ時の美しい空の光を見つめていた。


 やがて、ベルティアの方へ向きなおると、彼女のマリンブルーの美しい瞳を真っすぐに見ながら言葉を綴る。

「それでも、お前との間の子が俺は欲しいっ!!」

 真っすぐな、曇り1つない目でそう言われ、ベルティアは、驚きに目を見開く。


「何言ってるの!? だって、永遠を生きる種族と人間との間の子供なんて……。生まれてきたらどんな格好をしているか、それから、どんな人生を生きるか全く分からないじゃあないのっ! 産んでしまって、子供を不幸にしちゃうかもしれないじゃないっ!」

 弾丸銃のごとく言葉を綴りだす彼女へ、ゲオンが笑みを向ける。


「ああ……。ベルティアは、本当に優しいんだなぁ。生まれて来る子供のことを、そんなに一生懸命に考えてあげられるなんてな。ますます、君との間の子が、欲しくなったぜ!」

 ゲオンの言葉に、ベルティアは、複雑な表情を向ける。


 生まれてきた子が、私と同じく永遠を生きる! 正直、そうなることが、とてつもなく怖い!


 永遠は、一見良く見えるが、人の世界で過ごすと、体を引き裂かれるかのような辛さを伴う。

 そんな辛さ、生まれてくる子供には体験させたくはない!


 そう考えた瞬間、ゲオンの低い声が語る。

「正直俺は人間だから、お前といても、俺だけ死んじまう。でも、子供が生まれれば、その子にはお前の血が流れているんだ。

 つまり、お前はその子と一緒に永遠を生きることができるかもしれないんだ! そりゃあ、素晴らしいことだぜ!

 ぬいぐるみが無いと眠れないような、寂しがりのお前のことだ。俺が死んで1人になった時、寂しく感じるだろ?

 でも、そんな時、お前には子供がいる。もしかしたら、ずっと永遠を共に歩んでいけるかもしれない子供がいるんだ! 俺はむしろ、寂しがり屋のお前に、子を残してやりたいんだ。共にずっと生きる者がいる。

 これほど素晴らしいことは、ないじゃないかっ!!」


 ゲオンの言葉に、ベルティアは目を見開いた。


「でも、永遠を生きることになった子供には、人との死に別れの辛さを与えることになる! 私は、そうなったら、可哀そうだって思うわ」


「でも、子供には、お前がいるだろ? 永遠を共に生きるお前がいる。だから、お前も子供も、独りぼっちではないんだ。お互いに、辛さを分かち合える者が存在するのって、とっても素晴らしいことだぜ!」


「……すごくポジティブな発想ね!」


「ああ。俺は短い生を生きる人間だから、なるべく明るい考えで生きるようにしているんだ。

 短い生だからこそ、精一杯楽しく生きたい! 俺はそう思って、有限である時を大事にしている」


 短い生を生きるからこそ出てくるポジティブな発想。今のネガティブになってしまった自分にはできないことだわ。

 ベルティアは、そう言われ、段々自分の心がポジティブな念で満たされてくるのを感じた。



 そんなポジティブな発想は、自分には無かった。正直、人との死に別れの辛さを経験し続けてきてしまった自分には、そういう発想をすること自体、できなくなっていた。


 一瞬の輝きの生を生きる人間というのも、案外素晴らしいものなんだな! ベルティアは、心からそう思った。


 ずっと人間界で永遠を生き続けていると、仲良くなった人々や、愛した人たちとも死に別れ続けなければならない。


 それは、身を削られるかのような悲しみや辛さを、ベルティアにもたらし続けた。その結果、ベルティアの心はゲオンのように、ポジティブに考えることはできなくなっていた。


 いつも、表面的にはポジティブで、明るいフリをしてはいた。


 けれども、辛い現実が、存在した年月の数だけ積み重ねられてしまい、ポジティブに考えることができなくなっていたのだ。



 ベルティアは、発想を変えてみることにした。


 子供を産むことによって、その悲しみも、そして嬉しさも、共に分け合えるような存在ができるかもしれない!! 子供はいずれは、独立するだろう。だが、時々よりそい合える事もあるかもしれない!


 孤独な永遠を共に生きる者ができる! ゲオンの優しい提案に、ベルティアの胸がいっぱいになり、涙が流れ落ちた。


 生まれた子供が永遠を生きていく存在になると、子供には、人との別れの苦しみを与え続けることになってしまい、本当にそれは、心から申し訳ないと思う。


 けれども、自分はその子にずっと、心の底からの愛を与え続けていこう! ずっと絶えることのない深い愛を与え続けていこう!


 子供が永遠を生きれば、自分も永遠にその子を大切に想っていこう!


 ゲオンの提案を受け、ベルティアは、子供を産む決意をしたのだった。

 

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