26なる物語 洞窟

 年月は、まるで濁流のごとく流れ去っていった。


 予定日が迫っていた。


 ベルティアは、大きなお腹を抱えながら、出産の時を待っている。


 ずっと永遠を生きてきたが、人の子を出産するのは、初めての経験だった。彼女は、周囲にはずっと笑顔を向けているが、心の中は、不安で覆い尽くされていた。


 もちろん出産は大変そうだから不安、というのもある。


 だが、それ以上に、ベルティアには重大なことがあった。


 出産の時には、人ではない元の姿へ戻ってしまう! そういったことが本能で分かり、それが一番不安なのだった。


 本性を知られることは、絶対に避けたいとベルティアは、強く強く想っていた。


 何よりも、愛するゲオンに本性を見られることが、どうしても嫌だった。


 一族に不幸をもたらす罪を追ってしまったその時の姿。その姿になることさえ、大きな罪に思え、ベルティアの明るい心は、委縮していった。


 ……何もせずに、このままお産の日を迎えてしまったら、自分が罪を犯した時の姿そのものへと再びかえってしまう! そんな姿をゲオンに知られることとなる。

 

 ゲオンのことだから、私の正体を知っても、その広い心で、私を愛し続けてくれるだろう。


 でも、ゲオンには、私の本性は絶対に見られたくないっ!!


「どんな子でも、愛するよ!」

 ゲオンは、優しくそう言ってくれている。


 だが、もし赤ん坊が私に似て、人間には無い「あれ」を持っていたら? 考えれば考えるほど、出産の時が怖くなった。


 そんなことを深く考えていると、ゲオンがベルティアの腹に手を置いて言った。

「男の子かな、女の子かな? いずれにしても、楽しみだな!」

 ゲオンは、ベルティアの腹に手を置き、心の底から幸せそうな表情を見せた。まだ生まれてはいないが、それはもう既に、優しき父の顔となっている。


「ねえ、ゲオン。もしも、子供が私に似ていて、人間っぽくなかったら、どうする?」

 恐る恐る、ベルティアがゲオンの顔を見ながら小さく言った。


「大丈夫。どんな子でも、俺は精一杯愛するよ! だから、安心して、元気な子を産んでくれ!」

 ゲオンはこんな人だ! 私がちょっと違う種族だからって、愛を失うような人ではない!


 どんな子が生まれても、ゲオンは愛してくれるだろう。


 ゲオンを愛している! 心から愛して愛して、満ち溢れるほどに、愛している……!!

 だからこそ……。そこで、ベルティアは考える。


 だからこそ、ゲオンの前では、人間の姿の、今のままの私でずっといたいっ!!

 自分が好きではない本性をさらすことは、どうしても嫌だ! ベルティアは、強くそう想った。


 ベルティアは、その夜に結論を出すと、手紙を残し、ゲオンに気付かれぬよう家をあとにしたのだった。



 彼女は、誰も知らない洞窟を見つけ、そこで子を産むことにした。

 ぬいぐるみも持参してきた。


 あとは、子供が生まれるだけだ。



 そういえば、人間の世界へ降ろされてから、色んなことがあったな……。

 そこでベルティアは、長い旅路の中の記憶を次々と思い出してゆく。


 ある時は、宮廷騎士をしていた。宮廷魔導士だった頃もある。それから、王様もやってみた。エルフの村に住んで、一緒に永遠を楽しんでいたけれども、結局エルフも、疫病によって皆、そこにいた者たちは、死んでしまったっけな……。私だけが生き残っちゃって、とっても辛かったっけ。


 そして、色々な職も経験してきたっけな。もう経験したことのない職は無いほどに、タファールジアの様々な職業についてきたっけな。


 時が経ちすぎて、タファールジア中、ほとんど知らない場所は無いほどに、旅し尽くした。


 私はこの世界タファールジアを全て丸ごと裏も表も知りつくしてしまうほどに長く、時の流れの中を生きてきたな……。


 ベルティアが、お腹に手を置きながら、流れてきた時間に意識を向け続けていると、何やら人の気配がしたのだった。

 


 

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