29なる物語 子供!

 時が流れ、子供が生まれた。


「……よかった……」

 子が生まれて、ベルティアが最初に口にした言葉は、それだった。


 生まれてきた子は、普通に人間の金髪の男の赤子だった。


 その時、ベルティアは、生まれてきた子に、天使の羽がついていなくて、本当に良かったと、心から安堵した。


 だが、そこで我に返る。


 天使である自分の本性を、ゲオンに知られてしまったのだ!

「……ゲオン。もし、私の正体が嫌ならば……!」

 そう言いかけたベルティアの口をふさぎ、ゲオンは、大きく宣言する。


「嫌なはずはないっ! ベルティアの本性が、美しい天使だと知って、俺は、ますますお前に惚れた!! これから、ますますお前と、生まれた子を俺は愛してゆくよっ!」


「……っ!!」

 ゲオンの言葉に、ベルティアのマリンブルーの瞳から、涙が流れ落ちた。やっぱりゲオンは、器の広い人だわ。……そんなところが大好き! ベルティアは、心の底から安堵した。


 それからベルティアは、お産の疲れもあり、そのまま眠りに落ちていったのだった。




 お産はかなりキツかったため、ベルティアは、産んだ時は、子供は1人でいいと言い張っていた。


 だけども、育てていくうちに、子供が可愛くなり、あと2回、子供を産んだ。


 もちろん、様々な人に知られぬよう、お産はこっそり、ヴォヴゥレの村から外れたこの洞窟で、ミリア、ゲオンに付き添ってもらい、リディーヌに2回とも、取り上げてもらったのだった。


 3回目のお産が済んだ時だった。

 その日は夜まで続いたため、ミリアとゲオンは、疲れ果てて洞窟の中で眠っていた。


 だが、リディーヌだけは起きており、ベルティアと、その手に抱かれている小さな赤ん坊の姿を意味ありげな目で見つめている。


「あの……何かしら?」

 ベルティアは、不思議そうに首をかしげる。


「ベルティアさん。『真実』は、ゲオンやミリアには、伝えてあるの?」

「えっ!?」

 リディーヌの言葉が、ベルティアの心に深く突き刺さる。


「170年生きてきた私の目は、誤魔化せないわよ。あなた、今の姿が本性ではないわね?」

「ええ、そうよ」

 ベルティアは、あっさりとリディーヌの言葉を認める。


「確かに今の私の姿も、本当の私じゃあない。でも……」

 ベルティアは、夢見る少女のような瞳となった。


「でもね、リディーヌさん。今のままで、私はとても幸せなのよ。だから、これでいいの」

 ベルティアは、心からの幸せをかみしめつつ、リディーヌへ言葉を綴る。自分の正体を知っても、ゲオンが愛してくれる、それだけで、もう望むことはなく、幸せだ。


 そんな幸せそうな顔をするベルティアを見つめるリディーヌが、寂しそうな表情となった。


「……正直、私たちみたいに永遠を生きていくと、それも、かりそめの幸せよね。エルフ仲間で、永遠の人はいるけれども、人間とはどんなに仲良くなっても、別れなければならない……。私は、それがとても辛いの……」

 リディーヌの瞳が、悲しく輝く。


「あなたも、人間を好きになったことが、あるのね」

 ベルティアが、優しい表情をする。リディーヌが頷いた。


「……最近まで、好きな人がいたの。……でも、彼、人間だから、私を置いて死んでしまったわ。

 ……彼が死ぬ時、私は、もう白くなった彼の髪に触れながら、思わず『逝かないで!』そう言ってしまったわ。

 そう言ってから、彼はずっと目を開いたまま、私を見つめていたの。最期、息を引き取るまでずっと……。

 彼、ずっと私を見つめながら逝ったから、最期に私が目を閉ざしてあげた……。」

「分かるわ。本当に辛いわよね……。」

 彼を亡くしたばかりのリディーヌに、しかしベルティアは、そう言ってあげることしかできない。


 短い生を生きる人との死に別れの辛さは何度経験しても、慣れることがない。

 その辛さを心から分かっているからだった。

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る