第4章 悲しみは突然に……。

30なる物語 知らせ

 ベルティアの毎日は、ささやかな幸せで満ちていた。


 仕事終わりのゲオンや、子供たちのために作る暖かな食事、そして子供たちが日々育ってゆく様を見ていることに、彼女はこの上ない幸せを感じた。


 ……この幸せが、永遠に続いてほしい……!! ベルティアは「永遠」を渇望した。


 だが、いくら渇望しようが、この幸せにも必ず、終わりが来る。それが、人の世の儚さと苦しさと、そして悲しみだ。


 世界はまるで、走馬灯のように移りゆく。


 自分の居た場所と違い、娑婆に「永遠」は存在しないのだ。


 ベルティアにとって、娑婆は、とてつもなく怖い所だった。


 長い間人の世で過ごしてきたが、辛い別れを避けることは、絶対にできない。彼女は、大切な人ができればできるほど、娑婆が怖くなってゆくのだった。


 誰かが亡くなり、葬儀が執り行われるたび、ベルティアは、人の世の儚さ、脆さ、薄さを思い知らされた。




 その日は、急に訪れた。


 ベルティアが3人目の子を出産してから、5年後の暖かくて気持ちの良い日のことだった。


「今日は、天気も良くて気持ちいいから、洗濯物も、よく乾くわ。」

ベルティアは、吹きぬけてゆく風に身を任せながら、その気持ち良さに浸り、洗濯物を干していた。


 ぬけるような青い空に明るい太陽がのぼり、どのような境遇の人々にも平等に愛を注いでいる。そのような暖かな日差しの中、ベルティアは、心地よい風を感じながら、1人、作業をしていた。


 すると、

「ベルティアさん!」

いきなり、焦りを多分に含んだ低い男の声がしたのだ。


「トーマス!?」

そこにいたのは、ミリアの夫のトーマスだった。


 金髪だったその短い髪は、もう既に、真っ白く染まっている。

 ベルティアは、トーマスを見た。


 急いで来たのだろう。肩を上下させ、荒い呼吸をしている。その表情は青ざめ、顔には沢山の汗が滲み出ている。


 その青い瞳の中に、絶望ともとれるネガティブな光が浮かんでいるのを見て、ベルティアは、何か事が起きたことを悟った。


「どうしたの!?」

 ベルティアの言葉に、しかしトーマスは、口をただただ、パクパクと動かすばかりだ。声が掠れていて、よく聞こえない。


「何!?」

「……れた……っ!!」

「えっ!?」

 ベルティアが、耳を澄ます。


「ミリアが、倒れた!」

 いきなり聞かされた真実に、ベルティアの顔が、青ざめてゆく。目の前が暗くなり、心臓の鼓動が速くなってゆく。


 その事実を聞かされたのは、ゲオンが仕事に出ている時だった。そして、悲しいほどに空が爽やかに冴えわたる午後に近い時刻だった。


 ベルティアは、すぐにかけつけたい衝動をおさえつつ、夫のゲオンに知らせるため、急いで文を書く。そして、自らの力で作り出した式神に手紙を乗せ、ゲオンのいる方角へと飛ばした。


 鳥型の式神は、ベルティアの想いのこもった文を乗せ、ゲオンのいる方角へと飛び去ってゆく。


 式神を飛ばした後、ベルティアは、今日、学校が休みの9歳になる長男に留守を頼む。それから、トーマスのあとを追って、ミリアの家へと急いで向かっていったのだった。


 その場には、医師であるレイアスが立っていた。彼は、ベルティアに妊娠を告げた、あの医師なのだった。


 レイアスは、複雑な表情をしながら、ベッドに目を落としている。


 レイアスの、その黒い瞳の中にも、トーマスと似た不安の渦を感じとった。ベルティアは、マイナスの黒い瞳の輝きから逃げるかのように、急いで、ベッドに目を落とす。


 そこには、木枯らしが舞うかのような音で息を立てるミリアの姿があった。


 ミリアのベッドの周囲には、夫のトーマス、それからミリアのもう成人して家庭を築いている2人の娘が、ミリアの寝ているその姿を見下ろしている。2人の娘は、悲しみに顔を歪めている。


「ミリアっ!!」

ベルティアは、ミリアの傍へ行き、その家事慣れした右手に触れた。


 すると、木枯らしが舞うような呼吸音をたてながら、弱弱しい声でミリアが言った。

「ベルティア……。あたしゃ、もう、ダメみたいだ……。」

「だっ……ダメなわけないじゃないっ!!」

吠えるように、ベルティアが叫ぶ。


「いや。自分の体のことだから、よく分かる……。」

「だってミリアはまだ、56歳よ!寿命には、早すぎるわっ! ……ミリアっ!!」

 ミリアに抱きつこうとするベルティアを、医師のレイアスが、無理やり引きはがす。


 寿命なわけないじゃないっ! だって、まだミリアは56歳だものっ!! 早いっ! 逝くには早すぎるわっ!! ベルティアは、ミリアの死を受け入れることができなかった。 


「ミリア、大丈夫か!!?」

そこへ、ゲオンもやってきた。

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