31なる物語

 ミリアは、以前から心臓を患っていたのだが、それが悪化し、今夜が峠だと医師のレイアスは、ハッキリと言葉を綴った。


 つまり、今夜、ミリアは命を失う。死人になる。ただの動かない「物質」へと変わってしまう……。


 ベルティアの心の中に悲しみの嵐が吹き抜け、頭が真っ白になった。


 彼女は、ミリアの眠るベッドの方へと近寄ってゆく。

「ミリア! いや、っ! 思い出せっ! だよっ!」

 医師のレイアスが何かを叫ぶのも構わず、ベルティアは、ミリアの体を揺さぶった。


「……ベルティア。ダメ……じゃないの。女なんだから、女らしい言葉遣い……しない……と。」

 今にも耐えそうな枯れ葉の息をしながら、小さな声で、ミリアは言った。


 刻一刻と、悲しみの時刻が迫っていた。


「ミリア! 全てを思い出せっ! そうすれば、大丈夫だからっ!」

「……すべ……て? ベルティア? 何を言っているの?」

「ミリア! いや、ミリファエル! 俺だってば! 思い出してくれよっ! また、今回もお別れなんて、嫌だよっ!!」

 ベルティアが、懸命に声を荒げてそう言った次の瞬間、ベルティアの体が金色の光で包まれた。


「「「「「「……!?」」」」」」

 ミリア、ゲオン、レイアス、トーマス、そして2人の娘の6人が、驚きに大きく目を見開き、凍り付く。


 そこにいるのは、ベルティアではないのだった。


 ベルティアと同じぐらいの年齢を思わせる、12歳ほどの白金髪の少年なのだった。目もベルティアと同じマリンブルーで、顔立ちも美しい。顔の面影が、ベルティアに、とてもよく似ている。


「ミリアっ! ……いやミリファエルっ!! 俺だよっ! ベルトルスだよっ!!」

 声も、少女の可愛らしい声ではなく、少年の声になっていた。


 ミリア含む6人が、不可思議な表情を浮かべながら少年を見ていた。

「こんな病気なんて、今すぐ俺が治してやるっ!!」

 周囲の人々は、かなり動揺していた。が、気にすることなく彼は目を閉じ、手をミリアへとかざす。


 少年の両手から、ベルティアと同じ治癒のエネルギーが、金色のシャワーのように吹き出した。その金色のエネルギーが、横たわるミリアの体を、優しく包み込んでいく。


 だが、いくら癒しを行っても、ミリアの容体は変わらず、苦しそうだ。

「くそっ! いつだって俺は、寿命の人の命は、救えないっ!! だったら……!」

 ベルトルスと名乗った少年は、唇をきつく噛むと、ベルティアと同じ真っ白な大きな羽を出現させた。


 苦しみの中にも戸惑いの表情を抱えるミリアを、少年の小さな体が抱き上げた。

「なら、体感で思い出させてやるっ!」

 そう言うと、ミリアを抱き、窓から空へと、その大きく白い羽を広げ、舞い上がっていく。


 何かを叫ぶミリアの夫トーマスの言葉を、そして戸惑いを含んだゲオンの言葉を無視し、ベルトルスは、大空へと舞い上がってゆく。


ベルトルスと名乗った少年は、吸い込まれるように透き通った青空めがけて飛び立った。しっかりと、大事そうにミリアをその腕に抱きながら。


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