17なる物語 兆し
いやだ、どうしようっ……! ゲオンが死んじゃったっ!! ゲオンが死んじゃった!! 私のせいだ! 彼女の心に、深い悲しみが込み上げていく。
悲しみの中、ベルティアは猛烈に自分を攻め、深く悔いた。もっと強く言いきかせておいたら、入ってこなかっただろう。私がいけないんだっ……!!
しかし、強い自責の念にかられている間も、時はどんどん流れていく。
その間にもゲオンの遺体が、雷が落ち続けることで崩れてゆく。
どうしよ、どうしよ、どうしよ、どうしよ、どうしよっ――――――!! 早く何とかしないと、死体に雷が当たり続けて、ボロボロになっちゃうっ! ゲオンの体がなくなっちゃうっ!
ベルティアは、パニックという「穴」に落ちたまま、這い上がれずに、ずっと苦しんでいた。
深くて痛い悲しみが彼女を貫き、パニック状態にはめていた。
どのぐらい、パニックに苦しんでいただろうか。
「落ち着きなさい」
「声」が頭に響いてきた瞬間、その「声」で、ベルティアは我に返る。
軽やかで優しく、包み込むような「声」……。間違いない。これは、このタファールジアなる世界の創造主、つまり神の声だ。
神様……! 私たちを見捨てていってしまわれたというのに、なぜに? ベルティアは、パニックの中にも嫌悪の感情を抱いた。自分たちを見捨てた神が、今さらなぜ現れたのだろうか。
すると、「声」は語る。
「確かに私はこのタファールジアから去りました。でも、あなたは、私のかけがえのない『子供』です。
辛い時には、助ける。それが神の愛というものです。」
「でも、死んじゃったよ……!! 私のせいで、ゲオンが死んじゃった!!」
涙を流し、悲しみに溺れるベルティアに、「神」は言う。
「落ち着きなさい。落ち着いて、あなたがこのタファールジアに生まれた、その日を思い起こしなさい」
「え……?」
自分がこの世界タファールジアに生まれた日?
ベルティアは、目を閉ざし、生まれた時の記憶を思い浮かべようとした。
だが、大きく感情が揺りうごかされる。
神に対し、ベルティアは怒りを感じていた。
その神が、もし自分を救いたいと言ってきたならば、ゲオンを生き返らせてくれればいいのにっ……!!
ベルティアは、神に対する怒りに、我を忘れそうになった。
その間にも、ゲオンだった遺体に、雷が落ち続け、肉が裂かれてゆく。
とにかく、ここは、気分を切り替えなければっ!
ベルティアは、神への怒りをひとまず無理やり鎮めると、過去へと意識を集中させた。
まだ静寂と平和が支配していた頃のタファールジアで、静かに自分は生まれた。
先ほどまでパニックに陥っていたベルティアの心が静まり、彼女の心の中に、生まれた日の静寂と平和の穏やかさが、さざ波のように広がってゆく。
その静寂と平和を思い出したベルティアは、次第に心が落ち着いてゆくのを感じていた。
一刻も早く、この雷の空間を出なければっ! ベルティアの表情が、賢者のように変化する。
確か、さっき魔力を使って開けたあの扉は、開けた後も、かすかに魔力の気配が残っていたわ。
だったら、まだその気配が残っているはずっ!
ベルティアは、かすかに残る残存思念のように不確かなその「気配」をさぐってゆく。
すると、ここから北東の方角に、その「気配」が僅かだが感じられた。
ベルティアは、ゲオンの遺体を引きずりながら「そこ」を目指し、目を閉ざしながら歩いていった。
「そこ」へたどり着いたのだが、扉の姿はない。扉は、開けるとなくなるしくみだったのだろう。
いやだ! 気配は残っていても、これじゃあ、ゲオンを外へ出すことができないっ!! どうしよ、どうしよ、どうしよ~~~~~~~っ!!!
再び体全体を貫くかのような強烈な焦りと悲しみが込み上げ、ベルティアの心を刺激した。
パニックの中、
「集中するのです」
神の声が響く。
「あなたは、私から生まれた存在です。あなたなら、抜け出ることができます。ただただ、集中しなさい」
柔らかい神の声に、再びベルティアの荒れた心が落ち着き、凪へと変化してゆく。
神に関しては、思うところがある。だが、それにこだわっていては、ゲオンの遺体を雷のない場所へ移すことなどできない。
とにかく、今は集中しなければ……!
ベルティアは、先ほどの要領で、自分がこのタファールジアに生まれたあの静かで平和な日を思い起こした。
争いのない、穏やかで優しい日……。
すると、次第に心が落ち着いてゆき、自分がタファールジア全ての魔術を学び終えていることを思い出した。
だが、扉はここには無い……! ということは、ダンジョンの空間へ戻ることができないっ! どうしたものだろうか? ベルティアは、自分の感情を切り離し、理性的に考えた。
冷静になった結果、これならば、うまくいくかもしれない、との答えを導き出す。
ベルティアは、かすかに漂う扉の魔力をかき集め、復元の魔法の呪文と、そしてこの次元に扉をつなぎとめる呪文を唱えた。
すると、ゴシック調の見覚えのある扉が出現したのだ。
扉は、先ほど開けたというのに、一度扉が消滅したせいか、完全に閉じていた。
多分、これは普通の魔力じゃあ開かないわね。
そう悟ったベルティアは、先ほどの複雑な古語の含まれた呪文を唱える。
すると、扉が開いていく。扉が開いていくにつれ、彼女の心には爽快な感覚が駆けめぐっていった。
扉の向こうには、あの幻の青い炎が妖艶にゆらめく光景が広がっていた。
ベルティアは、この世界から去ってしまった神へ、複雑な感情を抱いていた。だが、それよりも今は、ゲオンのことだ。
彼女は、死体を引きずりつつ扉をくぐりぬけ、青白い幻の炎がゆらぐ空間へと、戻っていったのであった。
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