18なる物語 感謝。

 ゲオンが死んでしまった!! 自分のせいで、死んでしまった!! ……もっと注意深く接していれば、こんなことにはならなかったのにっ……!!


 ベルティアは、焼けこげた死体の傍で号泣しつつ、胸の痛みを抱えていた。


 罪悪感と苦しみと、寂しさと悲しさと、ズキズキする胸の痛みで、涙が流れ、この場を一歩も動くことができない。

 愛おしくてたまらなかった人を亡くしたその想いはとてつもなく重く、彼女の繊細で小さな胸を黒く支配した。


 もっと彼のことを知りたかった!! 何より、一緒にいたかった! ……自分さえ、注意していれば、こんなことにはならなかった! 


 死んでしまっては、もう共にダンジョンへ潜ることも、一緒に笑うこともできない……。


 握った手も温もりを感じず、冷たい感触が空しく帰ってくる。

 「それ」はもう、物質であり、遺体でしかないのだった。


「……どうしよう。悲しすぎて壊れてしまいそうっ!! 剣なんてどうでもいいから、ゲオンに生きていてほしいっ!! ゲオンに傍で笑っていてほしい!! その温かさに触れていたいっ!!」

 いつもそうだ。人が亡くなる時は、悲しく、辛い。特に愛おしい人との死に別れというものは、全身を細かく引き裂かれるかのように悲しく、辛い。


 どんなにその悲しみをごまかそうとしても、ごまかすことができない。


 ベルティアは、涙を流しながら、考えた。

 ……禁忌を犯してしまおうか……?


 禁忌を犯せば、ゲオンを蘇らせることができる! 隣で彼の笑顔も温かさも感じられる日を、再び、持つことができる!!


 ベルティアは、死んだ人を生き返らせる術を知っていた。だが、それは禁忌を犯すこととなる。


 この禁忌を犯せば、世界タファールジアの中の誰かが死ぬ。

 寿命ではない誰かの命の炎が尽きることとなる。


 それを考えるだけで、心臓の鼓動が速くなり、冷や汗がしたたり落ちてきた。


 ゲオンをそのまま葬るか、禁忌を犯してゲオンを生き返らせるかっ!!?

 ベルティアは、大いに迷い、長時間その場に座り込んでいた。


 立つ気力が出ない。大きな悲しみが胸を支配し、長時間ずっと動くことすら、ままならない……。


 暗くて悲しい想いにかられ、切なく痛く、脆いその心が次第に大きくなり、飲み込まれてしまいそうだった。


 ゲオンを心から愛してしまった! でも、禁忌を犯すとこの世界の誰かが寿命ではないのに、亡くなることとなるっ!!

 その人にも、きっと大切な誰か、特別な誰かがいることだろう。


 その人が亡くなれば、残された人は、自分と同じ深い悲しみを味わうことだろう。


 でも……。ゲオンが好き! 心から、好き! 好きすぎて、体全体が壊れてしまいそうだった。



 深く迷った末、ベルティアは、ゲオンを生き返らせることを決意した。


 こんな禁忌を犯してしまう弱い自分が大嫌いと、心から思った。自分が、もっと強い心でいられたらいいのに……。そんな自分を攻めた。攻めつつも、ゲオンを生き返らせることを選びとった。


 亡くなってしまう誰かには、本当に申し訳ない。でも、その亡くなっていく誰かの命も、遅かれ早かれ、この世に生きている限り、尽きていくものだ。

「早いか遅いか……だよね。本当に心からごめんなさいっ!!」

 ベルティアは、目を思いっきり閉じながら、目の前の死体へと両手のひらを向けた。


 ベルティアの両手のひらから、癒しの時よりも、まばゆく美しい白い光が出現した。

 その白い光は、細い多数の線となった。その多数の糸は、白くてまばゆく温かい輝きに満ちながら、ゲオンの死体を取り巻いてゆく。


 やがて、ゲオンは、白い糸の集合体である大きな繭に取り囲まれていた。

 その繭の中が白金色に輝いている。


 しばらく、ベルティアは目を閉ざし、両手から光の糸を出し続け、ゲオンの体を取り巻いていたのだった。


 少しして、「ひらめき」が訪れると、ベルティアは静かに手を置いた。


 その瞬間、光の繭が少しずつ薄くなってゆく。


 しばらくして、繭を取り巻く光の糸が、全て消え去ると、中から白金色に輝くものが現れた。

 それは、人の形をして、地面に横たわっている。

 その人型の光が小さくなっていくと、その光の中から、ゲオンの鍛え抜かれた体が現れた。


 ゲオンがゆっくりと起き上がる。術はうまくいった! 心からの嬉しさに、涙がこぼれる。


 ……けど、この瞬間、タファールジアの誰かの命の炎が消え去ったのだ。

 ベルティアは、複雑だった。が、ゲオンが生き返ってくれたのは、とてつもなく嬉しかった。


「ゲオンっ!」

 ベルティアは、思わずゲオンの大きな体に抱きついた。

「……あれ? 俺は、雷に打たれて……?」

 ゲオンが少しだけ驚いた眼でベルティアを見つめる。


 ベルティアの中には、嬉しさと悲しさの感情が混在していた。

「私が、あなたを生き返らせたの!」

「なんだって!? そんなことまでできるのか? でも、なぜか君は悲し気な表情をしている。どうしたんだ?」

 ゲオンの温かく響く低い声に、ベルティアの目から、涙が流れ落ちた。

「……誰かに犠牲になってもらったの……。」

 ゲオンが生き返って嬉しいが、代わりに死んでしまった誰かのことを想うと、心が痛まずにはいられない。その人の命と、大切な人に触れる機会を奪ってしまったのだ。


「ベルティア」

 ゲオンが優しくベルティアを見つめる。

「俺のかわりに、誰かが死んだんだろ?」

「……ええ、そうなの……」

 罪悪感に紛れた心の底から、言葉を吐き出した。


「実は俺、光の中で、その『死にゆく人』と話をしたんだ」

「えっ!!?」

 ベルティアの心が悲しみから、驚きへと変わる。


「その人は、体中がずっと痛み続ける病気持ちの人でね。死んで楽になったって、俺に感謝していたよ」

「感謝……?」

「そうさ。死んで、長年苦しんでいた痛みから解放された、ありがたい! そう言って天国へ旅立っていったんだ。だから、ベルティア。君は、悪いことはしていない。

 良いことをしたんだ。ずっと痛みに苦しんでいる人を助けてあげたんだから。彼、本当に痛みから解放されたことを、心の底から喜んでいたよ。」

 その言葉を聞くなり、ベルティアは、ゲオンの胸に伏して、号泣した。


 世界に存在することわりの中の優しい思いやりに、ベルティアの胸が打ち震えたのだった。

 

 

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