その後の物語① 私の名はミランジェア

 おばあちゃんが死んじゃった時には、涙が止まらなかった。


 そして、体中が凍り付いてしまったかのように、動けなくなった。


 悲しかった……。

 悲しすぎて、崖から海へ飛び降りてしまおうと思った。


 けれども、私が飛び降りなかったのは、まだそこに「生きたい!」という想いがあったから。


 だから、私は飛び降りる前に、この世に命を引きとめることができたのだ。


 私の家は、崖の上にあり、その崖の下は海だ。



 そのまま家に入った私は、しばらくは無気力で、動く気にさえなれなかった。


 おばあちゃんのいつも作ってくれる美味しい煮込み料理や、おばあちゃんの優しい声、あったかい体にもう、触れることができないって思ったら、涙が流れ続けていた。


 私の中には、悲しみがいっぱいあった。その悲しみが鉛のように重たくって、私は、動くことができなかった。


 

 でも、それでも時間は、過ぎてゆくんだよね。


 私が家の中で、悲しみでほとんど動けずに、這って歩くような生活をしていると、時間が過ぎていった。


 何とか食事もしていたので、もちろん時間と共に、食事もなくなっていった。


 悲しくっても、不思議なことに、お腹、空くんだよね。


 お金を得る必要性にかられ、私はのろのろと動き出す。


 この世に生きてる限り、飯を食うため、お金が必要だ。


 前は、おばあちゃんが病気を治す魔法の薬を作っていたんで、それで稼いで生活していた。


 だから、私もおばあちゃんに教わったように、病気を治す薬を作った。


 けれど、私が作る薬はまだ、おばあちゃんほどじゃあなくって、クレームと共に商品が返されてしまった。



 おばあちゃんが亡くなることで、私は世間の冷たい荒波の中へ、いきなり放り込まれたのだった。



 ずっと悲しさを引きずっていた。けれども、ずっとここにいると、悲しさが晴れてくれないと私は感じ、おばあちゃんが亡くなってから、5カ月して、初めて街へ出た。


 私が住んでいるのは、シードヴォルという田舎の海沿いの小さな町だった。


 ここにいたんじゃあ、悲しみの塊になって、本当に私が死んじゃう! そうなるほどに、ここはおばあちゃんの思い出でいっぱいだ。


 そう感じた私は、ようやく動くことを決め、大きな街デヴォルトへと出て行った。


 街の職業紹介所(いわゆるハローワーク)へ行き、私は、自分が食べていくために、住み込みで働ける場所を探した。


 おばあちゃんの思い出の詰まったあの家にいると、悲しくてたまらなくなっちゃうんで、私は、近所のおばさんに家の世話を頼んだ。


それからしばらくの間、このデヴォルトという都会の街で働くことにした。


 都会の大きな街だけあって、色んな職業があった。


 魔法を使った職業も、いくつかあった。

 仕事を紹介するその場所には、冒険者募集と書かれてあるものもあり、私も少しなら魔法を使えるので、冒険者の仲間になることも考えたのだった。


 でも、私の魔術はまだ未熟だったため、冒険者は選ぶのをやめた。


 そこで、住み込みで働ける職業を探した。


 すると、1つのレストランに目がとまる。

 レストランのまかないは、さぞかしおいしいだろうな。私は思った。働きながら、おいしいものを食べれるかもしれないっ!


 それで、私はとある1つのレストランの面接を受ける決意をする。


 面接を受けてみると、とても優しそうなオーナーさんだった。彼は、快く私がレストランで働けるようにしてくれた。


 ずっと1人で悲しみにこもってばかりいた私に、仲間ができることに、私はうきうきした。

 それほど、私は人に飢えていたのだった。


 私は、おばあちゃんとよく、料理をしていて、料理することが大好きだったので、厨房を希望したんだけれども、オーナーさんは、私の顔をじいっと見てから、

「君にはぜひ、ウェイトレスになってほしい!」

 そう、笑顔で言ってきたのだ。


 それでも、料理好きの私が厨房を所望すると、

「君は綺麗だから、良い看板娘になると思うんだ。うちの店の売り上げの貢献のためにも、ぜひ、ウェイトレスになってくれないか!」

 キラキラした熱い瞳でそう言われ、私は

「それじゃあそういたします」

 私は、快く承諾した。


 綺麗と言われて嬉しくない娘はいないだろう。私も例外ではなく、とてつもなく嬉しかったので、そのままウェイトレスの仕事に就くこととなった。


 オーナーさんが従業員に私を紹介した。

 

 それから、オーナーさんは、分からないことがあった時には、リンダという美しい20代後半ほどの先輩に何でも聞くように、と私に言った。


 リンダさんは、……見るからにキツそうな女性だ。


 私は、最初リンダさんと出会った時、実は心の中でちょっと怯えてしまった。でも、そのまんま嫌だから引き下がる! ていうんじゃあ、悲しいことにお金って稼げないんだよね。


 表面上は何でもないように、私は振る舞った。


 怯えを隠し、私はリンダさんに色々と仕事を教わった。


 彼女の指導はキツかった。けれども、それがただの八つ当たりなどではなく、きちんと私のためを想って言ってくれていることが感じ取れた時、私の怯えは消えていった。


 数カ月ぶりに人に触れた私は、人と触れ合えることが、心の底から嬉しかったため、キツイ指導にも耐え、次々と仕事を覚えていったのだった。



「あんた、すごいね。あたしの指導がキツイからって、すぐにやめちゃう若い子が多いのに、あんたは、頑張って覚えて、本当に一人前になったね」

 ある時、滅多にほめないリンダさんが、私を褒めてくれた。

 口には笑みを浮かべている。


「そうですね。私、……実を言うと、育ててくれたおばあちゃんと死に別れちゃって、1人ぼっちで、とても寂しい想いをしていました。

 ですから、人と普通に触れ合えることが、本当に楽しくって。リンダさん、私に沢山のことを教えていただき、ありがとうございます!」

 私は、一見キツイ彼女からも、愛ゆえの厳しさを何度も感じ取っていたので、素直に礼を言った。

「そう思ってくれると、嬉しいよ」

 いつもキツイ表情ばかりしているリンダさんも、笑顔になる。


 私は、何だかんだ言って色々と教えてくれるリンダさんや、他の従業員の方々に支えられながら、楽しく仕事をしていた。


 だが、この楽しい生活に影が落ちることとなってしまうのだった。


 この日も、私は遅くまで残って後片付けをし、それから店を出た。


 辺りは暗く、いつものように3つの月が昇っていた。

 3つとも三日月となっている。辺りを、独特で妖艶な光が包み込んでいる。


 月明かりはあったが、夜は暗い場所もあり、所々に伸びた黒い影が、その暗さを物語っていた。


 私は、いつものように寮へと向かっていた。


 レストランからしばらく歩いた場所にある寮へと、歩を進める私の足が、靴音を立てていた。


 だが、私の靴音に、何かの音が混じっていたのだ。

 別の人の靴音のようだった。


 私は心臓の鼓動が速くなり、冷や汗が滴ってくるのを感じつつ、振り返る。

 すると、長身の男が、建物の陰に隠れながら、じいっと私の方を見つめていたのだ。


 私は怖くなって、速足で歩いていく。


 すると、男も私のあとをつけてくるのが分かった。


 こわい……!!


 ……今までは、大丈夫だったんだけれども、女性の1人暮らしだ。

 おまけに、帰る時間は、他の従業員さんと一緒の時もあるけれども、たまたま、今日は私1人だった。



 私は、息を切らしつつ、急いで走った。


 怖くて、走り出さずにはいられなかった。


 街の明るい広場まで走ると、私はいきなりワープしてしまった!


 円形広場の中央へ立つと、自然と東方にあるダンジョンへ移行するように魔法で仕掛けられている。


 私は、初めてワープを決めた。

 ダンジョンは危険な場所。庶民であれば、近づくのを恐れる所だ。


 もしかしたら、ダンジョンに潜れば、男から逃れられるかもしれないっ!


 私はそう考え、わざとダンジョンへとワープしていった。



 突如、私の目の前にダンジョンの入り口らしい暗い洞窟が現れた。


 ……どうしよ、夜だから暗くて、入り口見えにくいわ。どうしたらいいかしらっ!!?


 恐ろしい怪獣の口のような暗いダンジョンの入り口を目にし、私は迷った。


 しかし、それから数秒後、私は迷うことなく、ダンジョンへ入っていくこととなる。


 背の高いあの怪しげなストーカーも、ダンジョンの入り口までワープしてきたのだ!


 私は、ダンジョンへと迷うことなく入っていく。恐ろしいダンジョンの中へと入っていった。


 

 男が追いかけてくるかもしれないと思ったけれども、ずっと進んでも、男は追いかけてこなかった。


 ダンジョンは、一般の普通の生活を街で営む人々にとっては、恐ろしい場所である。


 ダンジョンに入ると魔物に出くわし、戦闘術を知らぬ一般庶民は魔物に殺される恐ろしい場所である。


 一般庶民が下手に入っていくと、命を失う場所。そのことを、そのストーカーは、どうやら分かっていたようだ。


 私のあとをつけてくることはなかった。


 ダンジョンを歩きつつも、私は安堵のため息をついた。


 ……だけれども、ダンジョンには怖い魔物がいて、出くわしたら倒さなければならない!

 私の心に、気合が入っていった。


 私は、全く戦えないわけではない。


 おばあちゃんに、何度も魔法を教えてもらった。氷と吹雪の魔法だ。その魔術で魔物を倒せれば! ダンジョンのことを、何も知らない私は、軽い気持ちでその時いたのだった。

 

 

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