その後の物語② 出会い

 でも……。

 そこで、私は、ふと、立ち止まる。


 ダンジョンに入り、魔物を倒すと、宝が出てくる場合があることを、私は、思い出した。


 おばあちゃんに聞いた話によると、古の昔、神がダンジョンへ祝福を与えると、魔物の体内から、宝が出てくるようになった、との言い伝えがある。


 これは、魔物を倒したら、しばらく生活に困らないだけのものを得ることができるかもっ!


 私の胸には、密かに期待が高まっていった。

 オートロック付きの高い物件に住みたい! 私はそう強く想った。


 冒険者は、強力な力の魔物を倒し、稼いでいるらしいけれども、……正直、私はバトルというものをやったことがない!


 でも、きっと大丈夫! だって、おばあちゃんから氷の魔法と、それから吹雪を発生させる魔法を教わっているからっ!


 私は、暗いダンジョンの中へと入っていった。


 オートロック付きの高い物件を借りて、安全を守るんだっ! それから、お金に余裕ができたら、同性の女用心棒でも雇おうかしらっ!


 私はドキドキしながらも、期待が膨らんで楽しくなっていくのを感じていた。


 私は、少しだけ使える火の魔法で小さく右手に炎の光を出現させつつ、ダンジョンの中を進んでいった。


 最初は暗いだけの場所だった。


 だけれども。一定の場所まで進むと、何と両側をランタンの光が自動的について、照らしてくれたのだ。


 へぇ~、ダンジョンって、洞窟の中でもランタンの光が灯ってまるで貴族のお屋敷のようだわ!


 私は、ポジティブな気持ちが満ちてくるのを感じながら1人歩いて行った。


 炎の揺れるかすかな音の中、私の靴音だけが、薄暗がりの洞窟の中、静かに木霊していた。


 魔物は現れない。


 そろそろ、ダンジョンの入口へと引き返そうかしら。


 ダンジョンの入り口に、あのストーカーがいないことを祈りつつ、引き返そうとしたその瞬間、空間中に轟く低い唸り声が聞こえてきたのだ。


 えっ……!?

 その声のした方へふり向いた先には、3つの頭を持つ銀色の体毛を持つ巨大な狼がいたのだった。


 その牙は、よだれで輝き、白くて生々しい輝きを放っている。

 その金色の6つの瞳は、私の姿を映し出している。


「いやぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!」

 私の体の奥底から、悲鳴が放出され、空間中に轟いたその瞬間、その3つ首の銀色の狼が襲い掛かってきたのだ。

 

 私はダンジョンの中を走った。

 ……ええと、魔法、まほう……! どうやって使うんだっけっ!!?


 三つ頭の巨大狼の恐ろしさで、頭が真っ白になる。魔法攻撃のことなんて、もうとっくに私の頭からは、ぶっ飛んでしまっている!


 私は一生懸命に足を動かすのだけれども、三つ頭狼の足の方が速いらしく、どんどん私に迫ってくる。


 狼が迫り、生暖かい息が首にかかったその瞬間、私は死を覚悟した。


 ああっ! ダンジョン完全になめてたわっ! 私、死ぬのね!


 私は、そこへ蹲り、次の瞬間、狼が食いついてくるだろう衝撃に備えた。


 だが。


“キャィィィィーーーーーーーーーーンッ!!”

 突如、私に襲い掛かってきた三つ頭の狼が甲高い悲鳴をあげたのだ。


 次の瞬間、ドサリ! と、鈍い音がしたかと思うと、三つ頭の狼の3つの頭が、地に落ちた。


 生首から流れる鮮血に吐き気を覚えながら狼の方を振り返ると、そこには、3つの頭が切り落とされた狼の体が存在していた。

 狼の体が、瞬時にして霧のように消え去っていった。


 そして、消え去りつつある狼の体の左側に、空間から着地した1つの人影があった。


 よく見てみると、その人影は、小さく、どうやら子供のようだった。


 えっ!? 一体何があったの!!?


 私が、その12歳ほどの少年の右手を見ると、金色に輝く大きな剣が握られている。

 その剣から生々しく狼の血がしたたり落ちていた。


「……っ!!!」

 私は、思わず大きく目を見開いた。目を見開かずにはいられなかった。


 自分よりも年下の少年が、一瞬にして狼の3つの頭を切り裂いたようだ。


 その少年は、左側にまだ首が座ったばかりの赤ん坊を抱えている。


 少年のマリンブルーの瞳は、非常に鋭いものだった。

 その鋭い瞳が私の方を向いたその瞬間、今度は少年の目が見開かれる。


 その見開かれた瞳が、なぜか潤んでいるような感じに見えたのは、ダンジョンに生える金苔の光のせいだったのだろうか?


 少年は、その美しいマリンブルーの瞳を見開いたまま、私に近づいてきた。


「大丈夫か?」

 少年が、そこにすくんで立てなくなってしまった私の手を引き、起こしてくれた。


 少年の瞳の潤みが増したように感じる。


 それから、少年は私に優しい笑みを向けた。


「……また、会えたな」

 えっ……? 「また」って? 私、この子に会ったのって、初めてなんだけども……?

って? 私、あなたに会うのは、初めてなんですけど?」

 もちろん、私はそう答えた。


 すると、少年と、そして少年に抱かれた小さな赤ん坊が、悲しそうな瞳の輝きを放つ。

「おい、ベル! ミリファエルの奴は、また俺たちのことを、忘れてっぜ。」

少年の胸元の赤ん坊がしゃべる。オヤジの声で。


 えっ!? なになに!? この赤ちゃん、声がオヤジなんですけどっ! なんだか、キモイんですけどっ! 私は、おもわず目を見開き、赤ちゃんを見つめていた。


 すると、今度は白金色の美しい髪を持つ少年が答える。

「そうだな、ジェム。ところでお前、いつまで俺に抱かれてんだよ! 早く離れろよっ!」

 少年のうんざりしたかのような言葉に、赤ちゃんは、コウモリのような黒い羽を生やしながら、宙に浮きあがる。


「あっ……赤ちゃんがしゃべった!! しかも、声がオヤジ! キモっ!!」 

 私は、思わず声を放つ。可愛い顔をした天使のような赤ちゃんがコウモリの羽を生やし、オヤジの声でしゃべるその姿は、キモイの一言なのだった。


「……俺は、堕天使になることで、人間界へ来ることができたんだが、……ミリファエルはまた、完全に人間に生まれ変わってるな。」


 えっ!? なに? ミリファエルってひょっとして、私のこと!? 私はミリファエルなんかじゃないわっ!


「ちょっと、あなたたち何を言っているんです? 私はミリファエルじゃあなく、ミランジェアって言います!」

 私は大きな声を放った。どうやら、このお子ちゃまたちは、私のことを、別の人間と勘違いしているようなのだ。

「ミランジェアちゃんか。よろしく。俺の名は、ベルトルス。そして、このガキが、天使から、堕天使に落ちたジェム。俺の親友だ。よろしくな。」

 12歳ほどのお子ちゃまの方が、ベルトルスと名乗り、赤ちゃんの方はジェムと言うらしい。


 お子ちゃまは私と握手した瞬間、優しさの光を宿した目を私へ向け、それから涙を流した。

「ちょっと、ぼく? 私、何か変なことした? 何か、ごめんね。」

 えっ!? 私、何かマズいことしちゃったかしら? お子ちゃま、泣いちゃった!!


 私は、内心焦った。


 こんな小さな子を泣かしてしまうなんて……。


 私が気にしていると、お子ちゃまは急いで涙を拭う。そして、とんでもないセリフを言った。


「ミランジェアちゃん。俺、小さいけど、子供じゃあないんだ。」

「えっ!?」

 って、嘘でしょ!?どう見ても、この子は子供で、もう1人は赤ちゃんそのものじゃあないのっ!?


 話によると、ジェムという赤ちゃんも、この姿をしているにもかかわらず、子供ではない、さらにビールをジョッキで飲みたい!とか何とか妙なことを言い出した。


 この時、私は、不思議なお店『猫壺堂』店長であるベルトルスと、その親友のジェムと初めて出会ったのだった。

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