その後の物語③ 変なお子ちゃま!

 ここは、ダンジョン。魔物が出て来る可能性が高い!

 そう判断したお子ちゃまと赤ちゃんは、私を連れ、ダンジョンから出た。


 その出方も普通じゃあないのだ。

 お子ちゃまの方が何やら呪文? みたいなものを唱えた。古い発音なのか、私にはよく聞き取れなかった。


 すると、突如として扉が出現したのだ。あっ!これって、ど〇でも〇アだっ! 某漫画に出て来るようなものをお子ちゃまが呪文を唱えたら、出現したのだ。


 そのドアは、簡素な茶色の木のドアで、少しだけフェアリーのレリーフがついたものだ。


 お子ちゃまが、扉を開けた。


 すると、扉の向こうには、別の街並みが広がっている。

「あの……どこかしら?」

 私が首を捻ると、お子ちゃまは、にっこりと笑い、

「これから、俺と君の愛の巣♡になる所だよんっ!」

 なぜか嬉しそうに、お子ちゃまがそう言った。


 えっ……? 私はお子ちゃまの変てこな態度に、思わず目がゴマのように点と化してしまった。


 ……先ほど自分は子供じゃあないと言っていたが、どう見ても、お子ちゃまは、お子ちゃまにしか見えない。


 そんなお子ちゃまが、「愛の巣」なんて言葉、よく知ってるよな? 早熟なのかな? そう思っていると、赤ちゃんが小さな拳で、そのお子ちゃまを殴る。

 ちっさい拳なのにもかかわらず、威力は抜群らしく、お子ちゃまは、右側に吹っ飛ばされた。


「いってぇ~~~~~……っ! ジェム、何しやがるんだっ!!」

 お子ちゃまは涙目になりつつ、ジェムという名前の赤ちゃんを睨みつけた。


「いきなり出会ったばかりのレディーに失礼だろっ!」

「なんだよ、ジェム! 将来の本当のことを言っただけだろーがっ!」

「おまえ! 物事にゃあ、順序っつーもんがあるんだよっ!!」

 ジェムとお子ちゃま(確か、ベルトルスだっけ?)が、言い合いをしている。


 はぁ? 将来の本当のこと? 私が、このお子ちゃまとラブラブになるってこと? ……冗談じゃあないっ! 私は、ラブラブになるんなら、頼れる大人の男性がいいの!


「あのぉ~……。お子様に、赤ちゃん……。早くダンジョンを抜けないと、魔物が来ちゃうかもしれなくって、危険なんですけど? それに、私はラブラブになるんなら、お子ちゃまじゃあなくって、頼れる大人の男の人がいいんです」

 その私の言葉に、お子ちゃまは、何と本気でショックを受けているようなのだった。


「おい、ベル! 早くいくぞ!」

 そんな、私の発言でなぜかショックを受けているお子ちゃまを、黒いコウモリの羽を背中に出し、浮き上がりながら赤ちゃんが、ドアの向こう側の街並みへと押していった。


 そして、ダンジョンでまた、恐ろしい魔物に遭遇するのが嫌な私もまた、そのドアの向こうの街へと、ドアを通して出ていったのだった。



「とにかく、ミランジェア。俺のことは、お子ちゃまじゃあなくって、ベルトルスって言ってくれ!」

 お子ちゃま……いや、ベルトルスは、複雑な表情をしながら、私へ言った。


 私は今、ダンジョンから戻り、このお子ちゃま……いや、ベルトルスの家でお茶を飲みながらくつろいでいるところだった。


「分かったわ」

 私は、ため息まじりにそう言った。

「嬉しいな! んじゃあ、夜も遅くなってきたんで、今夜早速、一緒の布団で眠ろうぜ!」

“ガツンッ!”

「……ってぇ……!」

 今度は、私の方が拳でお子ちゃま、いやベルトルスを殴っていた。


 私は、少しだけイラつきながら、机の上に座り込む赤ん坊姿のジェムに目を向けた。


 彼は、何と赤ちゃんのくせに、ビールをジョッキで飲んでいる。

 その小さな体にデカいビールジョッキの中身が入っていくのは、本当に不思議でたまらないのだった。


「あの! このお子ちゃま、……いや、ベルトルスって、何だか変なんだけど、頭おかしいの?」

 私は、イライラしながらジェムに聞いた。

「ああ、おかしいね。もうずっと、バカなままなんだ。放っておけ」

 そう言いつつ、オヤジ声の赤ちゃんジェムは、ビールを喉の奥へと飲み込み続けている。


「でも、私、この猫壺堂でずっとお世話になって、住み込みでってお話なんだけど、ベルトルスと一つ屋根の下って、大丈夫なの?」


 そうなの。実は、私がおばあちゃんと死に別れて孤独になったことや、ストーカーに襲われてダンジョンまで逃げてきたことを話したら、この猫壺堂っていう店兼住宅の部屋が空いているから、住まないか? 仕事は、猫壺堂のお仕事をしないか? そう話しかけられたばかりだ。


 ベルトルスはどう見てもお子ちゃまだ。私の興味の範囲外だ。だが、このお子ちゃま、手癖が悪いのか、早熟なのか、私に手を出そうとしてくるのである。


 ……私、初めて会ったのに、一緒に寝ようとか言われたりって、マジ最悪なんですけど!!


 私が困った顔をしていると、

「そりゃあ、大丈夫だ! 今夜から、この俺のいる猫壺の中で一緒に眠るようにさせるからな!」

 えっ!? 私は、辺りを見渡した。


 男性の低い声が聞こえるのだ。声は意外に渋いもので、私の好みの声でもある。

が、辺りに姿が見えない。


 ただ、この部屋の中には、大きな茶色の壺が置いてある。

「って、何言ってやがるんだっ! ウルファー! お前のいる壺ん中で寝るなんて、俺はまっぴらごめんだ!」

 ベルトルスなるお子ちゃま? が、壺に向かって、声を荒げる。


 って、え……?

 私は思わず、自分の背の半分ほどもある茶色くて不思議な壺が気になり、そちらへ向かうと、中を覗き見た。


「きゃっ!」

 思わず小さく悲鳴をあげる。


 その茶色の壺の中に、1つの金色の光があったのだ。


 ……なにかしら? よくよく見てみると、それはどうやら、動物の目のようだ。

 さらによく見てみると、壺の底に、真っ黒な猫がいたのだった。

 左目が潰れ、片目だけが金色に輝くその不思議なオーラをまとうその猫は、その輝く妖艶な目で、私を見つめている。


 私は思わず、手を伸ばし、猫に触れた。

 あったかくて柔らかくて、モフモフしたその感覚に私は癒された。


「猫ちゃん、かわいぃぃ~~~~~♡」

 モフモフしたその毛並みに触れていると、猫は、目を細める。

「これが、ベルトルスの恋人の生まれ変わりか」

 何と、いきなり猫が人間の男性の低い声で言葉を発し、私をじいっと見つめたのだ。


 えっ……!? 

「ね……猫がしゃべったっ!!!」

 私は、思わずモフモフしていた手をひっこめた。


 でも、この猫も、おかしなことを言っている。私が、ベルトルス――お子ちゃまの恋人の生まれ変わりだって!!?


 そんなの知らないわ。だって、私には、前世の記憶なんて無いし、生まれる前の記憶なんてものもない。

「そうなんだよ、ウルファー! この子が、ミリファエルの生まれ変わりの子なんだっ!」

 私の傍へいきなりベルトルスがやってきて、私の肩を抱いた。

「いやぁぁっ!!」

 口から悲鳴が漏れ出る。


「ったく、ベルのヤローは、なにやってんだ!」

 黒猫のウルファーが、その金色の目を吊り上げたかと思うと、そのウルファーのモフモフのしっぽが伸び、ベルトルスの体をぐるぐる巻きにして、壺の中へと引っ張り込む。


「ベル! 今夜はこの俺と一夜を共にしようや。いや、これから毎晩毎晩、俺といっしょにこうして眠ることになるがな」

「何しやがんだ、ウルファー! 俺は、ミランジェアちゃんと眠るんだ!」

「やかましいっ! 俺といっしょに寝るの!」

「いやだっ! それに、俺は、自分の部屋のベッドでないと眠れないんだっ!」

「そうだったな」

 ウルファーが、にっこりと不気味な笑みを浮かべる。


「お前、ぬいぐるみが無いと眠れないなんだったよな」

 わざとらしく、大きな声で、これ見よがしにウルファーが言う。


 えっ!? ぬいぐるみが無いと眠れない? なんだか、かわいいぃぃ~~~♡

 私がベルトルスを見つめると、

「……なに考えてるんだよっ!」

 ベルトルスの頬が紅に染まる。


「嬢ちゃん。俺の名は、ウルファー。このベルトルスのヤローは、ぬいぐるみが無いと眠れないお子ちゃまなんだ。それに。猫壺堂件住宅の中の部屋は皆、鍵付きだから、大丈夫さ」


 鍵付きってことで、私は安堵した。

 だが、……問題が。


 ベルトルスなる者は、相当な魔術を使えるようだ。先ほども、移動の扉を魔術で簡単に出現させ、ここへと一瞬で戻ってきている。


 魔法をおばあちゃんから教わっていた私も聞いたことのない古語のような呪文を使っていた。

 古語を交えての魔法呪文は、高度なものが多いと、おばあちゃんから聞いていた。


「……ウルファー、私、ベルトルスと一緒に住むのって、……正直不安だわ」

 私は、ウルファーのモフモフの体に触れた。


 すると、ウルファーは、気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らす。猫ってほんと、癒されるよね。……言葉さえ喋らなければ……。

「大丈夫さ。ベルのヤローは、ああは言っているけれども、実際、嬢ちゃんに手を出すことはできない。なぜって、奴は、ぬいぐるみが無いと眠れねぇ小心者だからな」

「……ウルファー! ……おまえ!!」

 ベルトルスは、そのお子ちゃまの顔を真っ赤にしている。


 ぬいぐるみが無いと眠れないと知られて、相当恥ずかしがっている。なんだか、こいつ、かわいいっ!


「ってことは、私と一緒に眠ろうとしても、ぬいぐるみが無いと駄目だから、大丈夫ってことか」

 ていうことは、私がぬいぐるみをベッドに置かないでいればいいのだ。


「いや、俺、ぬいぐるみ持参して、ミランジェアちゃんのお部屋に行くもんっ!! そして、ミランジェアちゃんとくっついて眠るもんっ!!」

 ベルトルスが、駄々っ子のように言う。


「それはダメよ!」

 私は、怒りを込めた。

「何で? だって、俺、子供だよ」

 チャーミングな顔をしてみせて、そんな言葉をベルトルスが吐く。


「騙されちゃいけねぇぜ! ベルは、ミランジェアちゃんよりもずっと年上の大人だ! やっぱり、今夜から夜は強制的にウルファーのしっぽにベルのヤローを巻き付けて眠ってもらうことにする! ウルファーもベルに負けず劣らずの魔術の使い手なんで、俺も安心だ」

「って、……ジェム、薄情だぜ! 俺の親友だろ~~?」

 ベルトルスが、情けない声をあげる。


 それから、またベルトルスは、私の方を向き、

「俺、子供だよ♡だから、一緒に眠ろーね♡」

 わざと屈託のないような表情をする。が、その表情の中に漂うエロさを感じた私は、思わずまた、ベルトルスにゲンコツをくらわせた。

「ダメよ! あなたには、『子供』っていう感じの無邪気さが無いもの」

「ええぇ~~~~~~!!?」

 ベルトルスが頭を押えながら、ガッカリした表情をする。


「とにかく、嬢ちゃんには、猫壺堂の店番を手伝ってもらうってことで、いいよな? それで。今日から毎日ベルは、俺の眠る壺の中で俺と一緒に眠ること! それで決定だな!」

「ちょっ……むさっ苦しいヤローと寝るのは、嫌だぜ!」

 ベルトルスが反論した。


 赤ちゃん悪魔? ジェムと片目黒猫のウルファー、そして問題ありありのベルトルスによって、私は今日からこの猫壺堂でお世話になり、店番をして住み込みで働くこととなった。


 そして、ウルファーとジェムによって、一番大事なことが決定された。

 それは、店長であるどう見てもお子ちゃまにしか見えないベルトルスは、毎晩ウルファーのシッポに掴まれながら眠ることとなったのであった。


 私は、正直安堵した。

 ずっとずっと、女の子1人だったから、毎日が本当は心配だったのだ。


 ダンジョンで出会ったものすごく強いベルトルスと、その仲間たちと過ごせることは、本当に心の底からの落ち着きを、私にもたらしたのだった。




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