20なる物語 おぼろげな思い出

ミリア目線

 ベルティアとゲオンがつき合うと聞いた時、ミリアの夫トーマスは、安堵したような表情を浮かべた。


 それも当然だろう。大事な妻であるミリアにずっと、その娘はちょっかいを出していたのだから。


 だが、ミリアは、その知らせを聞いた瞬間、胸に悲しみと切なさの嵐が吹き荒れるのを感じていた。


 周りの人に、そんな感情にかられたことを悟られぬよう、いつもの調子で過ごした。


 これは、ミリアも望んでいたことで、祝福すべきことだ。それなのに、なぜネガティブな感情にかられなければならないのかが、どうしても分からなかった。


 切なさと悲しみは質を増し、ミリアを苦しめた。そのためミリアは1人、森の中を、気分転換のつもりで歩いていた。


 森の中、緑の葉の匂いをかぎながら、頬をこする風を肌で感じていた。

 その瞬間、ミリアは、木々と1つになったかのような幻想にかられた。

 そして、ミリアの体と脳が次第にリラックスし、静まってゆく。


 すると、10年ほど昔のことを、思い出したのだ。



10年前、出張の占いの仕事が終わり、帰り道を急いでいると、5人の盗賊に取り囲まれた。その恐ろしい過去の記憶を思い出した。


 思い出すたびに冷や汗が出て、胸の鼓動が速くなる嫌な記憶のため、考えぬようにしていた。それなのに、なぜか、その日は、当時の恐ろしい記憶が思い浮かんだのだ。


 私は10年前、盗賊に襲われ、お金や水晶球などを持って行かれそうになった。

 その時の詳細を思い出したミリアの紫色の目が、大きく見開かれる。


 そういえば、その時に、ベルティアと同じぐらいの年の男の子に助けてもらったんだっけな。


 その少年が小さい体で、5人の盗賊を一気に倒し、盗まれたお金や水晶球などを、取り返してくれたことを思いだした。


 盗賊たちの形相はトラウマとなり、はっきりと1人1人の恐ろしい顔を覚えていた。


 そして、思い出すたびに鼓動が速まってゆくのを感じるが、少年の顔は思い出せない。

 ただ、ベルティアと同じぐらいの年齢だったとしか、思い出せないのだ。


 どんな顔をした子だったっけ? 髪の色は? 目の色は……? 確か、そのことをトーマスに話したら、子供でも、幼少の頃から武術を習っている子は、大人5人を平気で倒すこともできる、そういったことがあると、聞いた。


 その少年ももう、今は立派な大人になっている。


 確か、お礼に男の子に夕食をご馳走したっけな……。


 ミリアは、少年の顔を思い出そうとすればするほど、ぼんやりとモヤがかかり、その輪郭をつかみ取ることができない。


 私は今、旦那と子供たち、それから孫にも囲まれて幸せに暮らしてるっていうのに、何でその時の嫌な記憶を思い出したんだろうか?


 風にゆれる緑の木々を見つめながらそんなことを考えているうちに、今まであんなに強烈だった悲しみと切なさが、ぴったりとおさまり、なくなった。


「あれ? 私、今、何を考えてたのかしら?」

 ミリアが頭をひねるその頃には、もう盗賊の記憶も、少年の記憶も彼女の中から抜け出ていた。


「そうだ! ゲオンとベルティアがお付き合いするんだ! 盛大に祝ってあげなきゃね!」

 盗賊の記憶も少年の記憶も潜在意識下に沈んだミリアはもう、いつものミリアへと戻っていた。


 ベルティアとゲオンを祝福するために、どんな料理を作ろうか? 彼女の顔に暖かな笑みがこぼれる。ミリアは、ポジティブな想いで頭が満たされ、そのまま家路を急ぐのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る