41なる物語 すれちがい

 ゲオンが真剣な表情で、ベルトルスの顔を見た。


「なあ。お前はずっと、ミリファエルの生まれ変わりを探して、この世界をさまよっているのか?」

 ゲオンの言葉に、ベルトルスのマリンブルーの瞳が陰る。


「……ああ、そうさ……。

 俺は、今まで何度となく、ミリファエルの生まれ変わりと出会ってきた。そして、俺のことを忘れちまっている彼女に、俺の記憶を取り戻させようとずっと試み続けてきた。

 ……だけど、どれも失敗し、ミリファエルは俺のことを思い出さぬまま、人間として生き続けて、それから人間として、亡くなっちまうんだ……」


「ずっと……なのか?」

 ゲオンが、ベルトルスの瞳を見つめた。


 ベルトルスの瞳は、悲しい輝きを放っている。


「そう……。ずっとだ。この4700年、ずっとミリファエルの生まれ変わりに出会うたびに、何とか思い出してもらおうとしたんだが、全て徒労に終わっちまった……」

 自虐的な笑みを浮かべるベルトルスのマリンブルーの2つの瞳の輝きが、さらに美しく悲しくなっていく。


「そして今回は、ミリアとして、ミリファエルが生まれ変わってきていた……」

「えっ!?」

 ゲオンは、驚きに大きく目を見開き、目の前の小さな天使を見つめた。


 ベルトルスは、寂しさを宿す瞳で、透き通るように冷たい風が吹き荒れる虚空を、悲しそうに見つめている。


「俺が最初、ミリアに出会ったのは、今から20年ほど前のことだった。

 ミリアはその時、5人の盗賊共に襲われていてな。それを、俺が助けたんだ。

 だけど……。

 ミリアは既に結婚していてな。助けた俺へ、お礼に手作りの料理をご馳走してくれたんだ。

 その時、トーマスと子供たちに囲まれたミリアは、とても幸せそうだった。

 ……もちろん俺のことは、覚えていなかった。


 家庭に囲まれたその時のミリアが、あまりにも幸せそうだったんで、本当は、そのままミリアの寿命が終わるまで、そっとしておくつもりだった。


 ……だけど俺は、ミリアが恋しくてたまらなくなり、傍に行かずにはいられなかったんだ。

 そこで、ミリアであるこの人生では、同性の友達として、ミリアを少し離れたところから見守っていようって、思った。

 けど、ミリアが愛おしすぎて、ミリファエルである彼女が愛おしすぎて、彼女に、ちょっかいを出さずにはいられなかった……。


 そして、彼女の最期には、どうしても恋しさ、愛おしさを抑えることができなくなっちまった……!

 

 ミリアに、俺のことを、思い出してほしかった。……なのに、思い出せずに、彼女はまた、ミリアという人間として、死んじまったんだ……!!」


 ベルトルスは、奥歯をキツくかみしめ、目を閉ざし、打ち震えた。心の底から愛おしいミリファエル! また、俺のそばからいなくなっちまった……!!


 トーマスがいても、何とか俺がもっと、思い出せるように努力すべきだったのかもしれない。……ミリファエル……っ!!


 しばらくの間ベルトルスは、目をキツく閉ざし、全てから逃れたい! 強く、深くそう思っていた。


 目を開けたら、ミリアの死は夢だったことになっていてほしいっ! そして、目を開けたら、自分が眠りから覚め、ミリアに生きていてほしいっ!!


 ベルトルスがやっとの想いで眼を開くと、そこには、涙を流すゲオンの姿があった。


「ゲオン……。俺のために、泣いてくれているのか?」

 ベルトルスの目が、驚きで、大きく見開かれる。


「当たり前だっ! こんなにも長い間、こんなに辛い想いをして過ごしてきたなんて、……どうしたって、辛かっただろ!? いや、辛いに決まっているっ!」


「でもな、ゲオン! 俺は、お前を好きでありながら、奥底ではミリファエルのことを、想っていたんだぞ」


「いや」

 ゲオンは、ベルトルスの小さな体を抱きしめた。


「お前は、俺の子をお腹を痛めて3人も産んでくれたし、良き妻でいてくれた。だから、お前には感謝している!」

 その言葉にベルトルスは、苦笑いを見せた。


「……お前、つくづく懐の深い奴だな」

 この男は、懐が深い。深すぎる……。その懐の深さに俺はずっと、支えられてきた。


「まあ、それだけが、俺の取柄のようなもんだからな」

 ゲオンが涙目になりながら、ほほ笑んだのだった。


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