40なる物語 天罰

 ベルトルスは、長い間、恋をした天使たちとその子供たちを、人間の永遠の輪廻転生の輪へ落とし続けていた。


 年月がだいぶ経った頃、彼は、やっとそうすることをやめたのだった。


 天使から人への生まれ変わりは、天界の穏やかさを知る天使たちにとっては、とてつもなく辛いものだった。


 人間界へと落とされた天使たちは、ベルトルス王を深く恨んでおり、人として亡くなった後、霊界から神へと、ベルトルス王の非道を告げ続けていた。


 ベルトルス王が、恋した天使たちを人間の永遠の輪廻転生の輪へ放り込まないと決断した時期は、あまりにも遅すぎたのだ。



 ある時だった。人間の輪廻転生の輪へ送り込まれた天使たちの恨みの声が、神へと多数届いていったその時、いつも上空に浮いている金色の神の光が、真っ赤に変化した。


 天使たちは、突然の変化に、皆、驚き、恐れた。


 ベルトルス王が、真っ赤に変化した神の光へ目を向けると、中性的な神の声が、降ってくる。


「ベルトルス! 私にとっては、天使同士でできた赤子や、恋する天使たちも、大事な存在であった! かけがえのない存在であった!! 今、輪廻転生の輪へと落とされた天使たちの苦悩が、私の元へ、洪水のように届いておる。

 ベルトルス! お前の視野のせまい判断のみで、恋に落ちた天使やその子らを、人間の永遠の輪廻転生の輪へと放り込み、苦しめた! 酷い仕打ちをずっと長い間、お前は続けてきた! 許すまじ!!」


 真っ赤に染まった神の光から、怒りに満ちた中性的な声が、ベルトルスの全身へ、響き渡る。


「お許しくださいっ!」

 ベルトルスは、心の底から恐れた。


 わしが、おろかな考えを持ったために、多数の天使を傷つけてしまった……!! ベルトルスは、自分の行いを、心から悔いていた。


 だが、神の赤い光が、元の金色に戻ることはなかった。


 神の中性的な声が、信じられぬような言葉を放つ。

「私は、天使王のお前と、愛する天使たちを輪廻転生の輪へ落とした天使共に、絶望した。

 よって、今日を限りとして、タファールジアを去る! 新たなる次元へ行き、もっと良き世界を創りに赴くこととする!」

「待ってください、神様!」

 神の言葉に、ベルトルスは、冷や汗が滴ってゆくのを感じた。


 自分が罪を犯したため、神がこのタファールジアの世界から離れて行こうとしている。

 神は、人々にとっても、天使たちにとっても、亜人たちにとっても、かけがえのない存在だ。


 神の冷たい声が降ってくる。

「天使王ベルトルス、それから共同責任として、天使共全員に天罰を下す! 天使共全てに、強烈な産みの苦しみを未来永劫与えることとする!

 今までは、ある天使が死ねば、その天使を私が生き返らせてきた。

 その役割を、天使に与えることとする!


 死した天使の魂は、どの天使の性質を持って生まれるのか、選べることとする。その魂に選ばれた天使は、強烈な産みの苦しみをもって、もう一度天使として、死した天使を産まねばならぬ!

 と同時に、人間の輪廻転生の輪へと、多くの天使たちを落とし続けてきたベルトルス!

 お前には、人間界へ、肉体を持って降りてもらい、天使としての永遠を、人間界で過ごしてもらうこととする!!


 天使王ベルトルス! 恋に関わった天使たちの輪廻転生行きを画策し続けてきたお前は、未来永劫死ぬことなく、その身が人間界で生きることで、世界の均衡が保たれる! そういう秩序へと変える! つまり、お前を実質上、このタファールジアの『神』とする!


 人の輪廻転生の輪へ落とされた天使たちの悲痛な声を聞き続け、私はもう、疲れた。

 今日を限りとして、タファールジアを去り、別の空間へと向かう!」


 神は、大きな声で、天使たちへの沙汰を申し付けると、真っ赤な怒り狂った輝きのまま、タファールジアの世界を離れていったのだった。


 ベルトルスは、天使としての実態を伴ったまま、人間界へと落とされた。


 もちろんベルトルスを愛するミリファエルも、人間界へとついていったのだ。  が、ベルトルスと交われぬ霊体へと変わってしまい、人間界へ降りたベルトルスへ、触れることができなかった。


「ベルトルスが犯した罪は大きいけど、神様、あんまりですっ!!」

 天空の空を睨みつけたミリファエルに、神からの「声」が降ってきた。


「慈悲を与えよう! ミリファエル。そなたが人間界へと、人間として生まれ、ベルトルスのことを思い出せた時に、お前は本来のミリファエルの姿となり、ベルトルスと共に永遠を生きられようにした! ベルトルスと永遠を共にしたいのならば、お前が人間界へ生まれ、ベルトルスのことを、思い出すことだ!」

 ミリファエルの胸に、神の声が響き渡ったのだった。


 そういう経緯で、神は、今から約4700年前、このタファールジアを去っていったのであった。


 そこで、ゲオンの中に、ベルトルスの「記憶」が流れるのが止まり、ゲオンはゆっくりと目を開いていった。


「ひでぇ神だ! お前が生きることで、世界が秩序を保つようにするだなんて、そのクソ神にゃあ、ロケットパンチでもくらわせてやりてーぜ!」

 ゲオンは、青筋を立て、怒り狂っていた。


「……全て俺が招いたことだ……。俺は、恋をした天使とその子供たちを、人間の永遠の輪廻転生の輪に放り込み、苦しめた! 俺がそんなことをしたばかりに、その時以来、俺の大事な仲間である天使たち全てに、産みの苦しみを未来永劫与えることとなっちまった。……俺のせいで、仲間を苦しめちまったんだっ!!」

 ベルトルスは、キツく目を閉ざし、歯をくいしばる。

 

 すると、ゲオンが口を開いた。

「それにしても。人間の永遠の輪廻転生の輪に天使を放り込み、苦しめたって言ってるが、人間の短い人生っつーのも、悪かないぜ」

 ゲオンが、穏やかな表情で、ベルトルスを見つめた。


 ベルトルスは、目を開き、ゲオンを難しい表情で見つめる。


「……ああ、そうかもな。俺、人間界で永遠を生きていて思ったんだが、100年かそこいらの寿命が来て死ねるってのは、人間の世界で生きていくには、とっても素晴らしいことだって思った。

 苦しみの多いこの世では、寿命があることは、素晴らしいことなんだ。」


「そうだよ。100年の人生だって、悪かない!」

 ゲオンがにいっ!と笑った。


 だが、ベルトルスは、うつむいた。


「だけど……。人間界へ落としちまった天使たちは、天界と違って苦しみが多いことで、悩んでいたんだ。……俺は、天界で幸せに永遠を過ごしていた天使たちを、人間界へ落として、苦しみを与えることとなっちまった……!」

 俺の行いが、恋をした天使たちを、苦しめちまった!! ベルトルスは、今も自分を強く攻めていた。


「なあ。この世を苦しいものってお前は言ってるけれども、そんなことはないぜ。俺は、逆に、試練もなにもない退屈そうな天界には、生まれたいなんて思わねぇな。

 だってな。苦しい事があるからこそ、楽しいとか、嬉しい! といった感情が大きく感じられる。だから、人間界で苦しいことっていうのは、楽しいことといっしょで、必須だと俺は思うな。だからよ」

 そこで、ゲオンが優しくベルトルスの肩に、手を置いた。


「そんなに自分を責めるなよ。人間界に落とされた天使たちは、苦しみがある分、きっと、平穏だけだった天界よりも、喜びとか幸せを、天界の数倍多く感じられると、俺は思う」


「つくづく思うが、お前は本当に、良い方にものを考えることがうまいな」

 ベルトルスが、初めて笑みを浮かべた。この男の、ポジティブで優しい気質に長年助けられてきた。


 ゲオンは温かくて、ポジティブで、そして優しい。……俺、男の姿に戻っても、この男に心から惚れているな。ベルトルスは、想った。


「ところで……。産みの苦しみってのは、ダンジョンの中で、お前が苦しみだした『あれ』が、天使を産みだす産みの苦しみなのか?」

 ゲオンが話題を変える。


「ああ、そうだ。俺は、お前とダンジョンに入ってから、何らかの原因で死した天使の魂を宿した。

 あの時、俺から分離していった光が、俺から生まれた天使さ。人間の目には、光にしか見えないが、あの時は、20歳程の外見の女の天使が生まれた」

 ベルトルスが、遠い目をする。


「天使も死ぬんだな?」

 ゲオンが、不思議なものでも見るような目で、ベルトルスを見る。


「ああ、死ぬさ」

「天使の生って、永遠だって言ってたよな? なのに、何で死ぬんだ?」

 ゲオンがますます不思議なものを見る目で、ベルトルスを見る。


「天使も、何か大きなものにぶつかったり、いきなり高い所から落ちたり、何かに潰されたりしたら、普通に死ぬさ。……まあ、俺は絶対に死ねない体に、神にされちまったんだけどもな……。」

 ベルトルスが、悲しく言葉を綴る。


 ……そう。天使だって死ぬことがある。エルフだって、疫病で死んだりもする。


 俺だけ、……永遠に死ぬことができないっ!!


 ベルトルスは、重い気持ちに浸っていた。


 ゲオンが、そんなベルトルスとじいっと見てから、ニヤケた表情で、再び言葉を綴る。

「なあ。男のお前になっても、ぬいぐるみがないと眠れないのか?」

「うっ……! ……それは……! ……そんなこと、どうだっていいだろっ!?」

 ベルトルスは、真っ赤になった。


「やっぱり、ぬいぐるみがないと、眠れないんだな! ……お前、男だけど、なんか可愛いな!」

「……うるさいっ!!」

 ゲオンが、恥ずかしがって頬を染めるベルトルスを、からかったのだった。

 

 

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