第6章 悲しみの後に……。

43なる物語 天界のミリファエル

 その頃、天界では、死んで天界へと戻ったミリファエルが、1人、涙を流していた。


 ミリアとして亡くなった彼女の魂は、本来の天使ミリファエルとしての記憶を思い出していた。


 彼女は、美しい桜色に金色の瞳を持つ美少女の天使の姿となっていた。


 ミリファエルは涙を流しながら、ベルトルスが悲しみの中、心を突き刺される想いでいる地上の姿を、鏡のような画面から見つめていた。



 天界から地上界を覗き見ることはできても、ベルトルスのいる地上界からは、天界を覗き見ることはできない。


 そのとてつもない「距離」に、ミリファエルの美しい金色の目からはずっと、涙が流れ続けている。


「ごめん、ベルトルス……。私また、あなたのこと、思い出せずに死んで天界へ帰ってしまったわ……。

何度生まれ変わりを試しても私は、あなたを苦しめ続けている……。こんなにも強くあなたを愛しているのに、どうして私の想いはいつも、届かないのかしら……。

もう、生まれ変わるのを、やめてしまった方がいいのかもしれないわ……!」

 嗚咽を交えながら言葉を絞り出すミリファエルに、

「それでいいのかよ!?」

 後方から、中年男性特有の声がした。


「ジェムっ!?」

 ミリファエルが振り返った先にいたのは、中年男性ではないのだった。


 そこにいたのは、0~1歳ほどの赤ん坊なのだった。


 そのジェムと言われた赤ん坊の背中には、小さな天使の羽が生えている。彼もまた天使なのだった。


「元気出せ! っつーのは、無理かもしれねぇが、諦めんなよっ! 俺だって今、ベルトルスのヤローの所に行ける方法を模索中なんだ。

 ……まあ、今んところ、人間界へ天使が直接物質的体を持って行けるのは、生まれ変わる事だけだが、それ以外の方法もあるって俺は思うぜっ!

俺は、毎日その情報を求め続けてるんだが、これがまた、見つからねぇもんで、全くまいっちまうぜっ!!」

 赤ん坊らしからぬ中年オヤジの声で言うジェムの言葉に、ミリファエルの涙は、まだまだ流れ続けている。


 ベルトルスを想うジェムに、ミリファエルは、涙の中にも笑みを浮かべて言った。

「そうよねっ! ベルの親友であるあなたも諦めていないんですものっ。私も諦めないわっ!!」

 強く言い放つミリファエルの涙はもう、止まっていた。


 中年オヤジの声で話す赤子姿のジェムの暖かな声掛けで、ミリファエルは、心が温かくなるのを感じていた。


 ベルトルスと親友である彼も、何とかベルトルスが寂しくないよう、彼のいる地上界へ行こうと試行錯誤を繰り返し、情報を集め続けている。


 地上界へ、ベルトルスに会いに行こうとしているのは自分だけではないと改めて気づかされた瞬間、ミリファエルの心に、元気が溢れ出てくるのだった。


「マドレーヌだった時も、ミリアだった時も、あなたを思い出せなかった。けどもベル、待っていてねっ! 次、生まれ変わる時にはちゃんと、あなたのことを、思い出すからっ!

 ジェム! 今から私、彼の元へ生まれ変わりに行ってくるわねっ!」

 そう言って、美しい少女天使ミリファエルは、地上界が映し出された目の前の鏡の中へ飛び込もうとする。


「まっ……マジかよっ!? お前、死んでしんどい想いして、帰ってきたばかりだろっ!?

 少しは休めってっ!! 何度連続で人間界へダイブしてるんだよっ!」

 ジェムの呆れた言葉から、ミリファエルのベルトルスに対する強烈な愛が感じられる。


 ミリファエルは、人に生まれ変わり、ベルトルスのことを思い出せずに、死ぬたびに戻ってきては、涙を流す。そして再び人間界へダイブして、生まれ変わる。そのことを繰り返していた。


 時には人間界へ生まれ変わっても、ベルトルスに会うことすらなく、その人としての一生が終わってしまったことも、何度もある。


 だが、彼女は、生まれ変わって彼に会うことを、決して諦めない。

 彼女の愛の深さは分かる。だが……。


「おい! 生まれ変わりは、エネルギーのいることだろーがっ! 少しは休めよっ!!」

 ジェムが、赤ん坊の声とは思えぬ荒いオヤジの声で、ミリファエルへと話しかける。


「ジェム! 気を使ってくれて、ありがとう! でも、私、また行くからっ! 今度こそ、ベルのこと、思い出して見せるからねっ! じゃーねっ!」

 そう言ってジェムが止める間もなく、ミリファエルは、生まれ変わりの中へ入り込んでいってしまったのだった。



「……ったく、この悲しみのダイブを繰り返せば、ミリファエル自身がおかしくなりかねないっつーのに、無茶しやがってっ!!」

 ジェムは1人、心配そうに、彼女が消えていった鏡の中へ向かい、言葉を吐き捨てたのだった。

 


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