10なる物語 巨大タコ

 ……予想通り、金貨千枚の剣は、ダンジョンの相当奥にあるようね……。

 ベルティアは、疲れから、ハァハァと肩で息をしながら歩くゲオンを見つめた。


「ねえ、ゲオン。金貨千枚の剣に近づいているからか、魔物が強くなってきているわ。

 無理しないで帰らない?」

 ベルティアが、ゲオンに声をかける。このまま進んでいくと、ゲオンは、無事では済まないだろう。


「いや。俺は、帰らないよ。君を最後まで守るって約束しただろ?」

 荒い呼吸を吐きつつ、ゲオンがベルティアを見つめる。この頑固者っ!! ベルティアは、ため息を吐く。

 

 たびたび強い魔物が襲ってくる中、ゲオンはかなりの限界に近い形で戦っている。

 

一方、ベルティアの方は、息切れすらしていなく、普通に歩いている。


 ベルティアは、心の底から心配で、そして怖かった。

 ゲオンが、魔物にやられて死んでしまうかもしれない、そのことが……。


 ゲオンが死なないかと心配するその感情の中に、熱を帯びた「何か」があることに気付き、彼女の頬が少しだけピンクに染まる。


 魔物が死んでいった場所に花をそなえていくゲオンに、また、自分の弱点を受け入れてくれたこの男のことを想うと、胸が苦しくなる。


 絶対に、ゲオンを死なせたくないっ!! ゲオンに対し、不思議な感情が芽生えてきた。


「お願いよ、ゲオン。ここは帰って。あなたが死んじゃうんじゃあないかって、心配なのよ!」

「だったら、君が剣を諦めればいい。そうしたら、俺も君と一緒に戻るよ」

「もうっ!」


 ゲオンのしつこさに、ベルティアは、思わずため息を吐く。この男、本当にしつこい! そして、昔の自分のように頑固だ! ベルティアは、過去の頑固だった自分とゲオンを重ね合わせ、苛立った。


 時が過ぎ、2人に再び、危機が訪れた!


 2人が歩いていくと、紫色の霧が漂ってきたのだ。

 その瞬間、ベルティアの頭に、赤い髪を振り乱しながら、ベッドの中で、徐々に死へと近づいてゆく愛おしき人の姿が現れた。……マドレーヌ! 何で死んでしまったのっ!!? 叫び出しそうになる彼女の名を、喉の奥へ飲み込む。


その人を、心の底から愛していた。愛おしくてたまらなかった。それなのに、その人は自分を置いて、死んでしまった……!


 思い出したくなかった悲しい記憶……。まるで、体全体が引き裂かれるかのような痛みが生じてゆく。


 その他、別の辛いだけの記憶が、死ぬ間際の走馬灯のように次々と、ベルティアの頭をよぎる。


 ……なに、この辛い記憶は……?

 ベルティアは、その辛さに座り込んでしまいそうになるのを、記憶を客観視することで、持っていかれないようにしていた。


すると。

「あーーーーーー!! 俺が全部悪いんだっ! 死んでお詫びするっ!!」

 ゲオンが、自らの喉に剣を突き刺そうとしている! どうやら、ベルティアと同じように、マイナスな過去の記憶にやられそうになっているようだ。


「ゲオン、やめなさい!!」

 ベルティアは、辛い記憶たちを客観視して、やりすごしながら、自分よりもずっと体の大きなゲオンの動きを止めた。


 その間にも、ゲオンは剣を喉に突き刺して死のうとする。ベルティアの心に強い焦りが生じた。


 浮かんでくる強烈な負の感情を交わしつつ、大柄のゲオンを抑えこむことで、余裕がなくなっていく。

 そんなベルティアに構うことなく、負の記憶たちは、彼女の頭の中を占領しはじめた。


 沢山の負の記憶が次々と流れ込んできて、次第に心が苦しく、切なくなってゆく。

彼女の胸が、苦しみに疼き出す。

 

そんな中、とてつもなく巨大なタコが現れた。


 タコの口のような部分から、紫色の霧が吐き出されている。紫の霧は、この大ダコが出していた。


 ゲオンは、今まさに死のうとしている。

「やめてってば!」

 必死になって、ベルティアがゲオンの動きを封じる。だが、ベルティアの心も負の記憶でいっぱいで、ややもすると、苦しみで心が持って行かれそうになる。


体全体が破裂してしまうかのような苦しく悲しい記憶、過去犯した罪の記憶たちが、ベルティアの胸を占拠していく。

それらは、客観視しても、彼女の心を痛めつけていった。


そんな中、ベルティアに隙が生じた!

「!!」

 ベルティアの想像を絶する速度で、大ダコの8本のうち1本の腕が伸び、ゲオンの体を掴み上げた。


「あああああ~~~~~~~~っ!!」

 空中に放り出されたゲオンが、空間中に響き渡るかのような悲鳴をあげる。


「ゲオン!」

 いますぐに体を動かさねばっ! けど、ネガティブな辛い念が頭の中でねっとりと絡み、体を動かすことさえ苦痛だった。


「ビィビィビィビィビィィィィ~~~~~~~~!!」

 巨大タコが珍妙な鳴き声をあげ、次の瞬間、もう1本の腕を、ベルティアへ向けた。


 ベルティアは、負の感情に飲まれそうになりながらも、よけた。


 だが、ネガティブすぎるほどにネガティブな記憶が、その邪魔をした。ネガティブな記憶は、言い知れぬ不安と苦しみと強い自責と、そして自殺願望のような黒い念を誘発する。

その黒すぎるほどに黒い念に、一歩遅れ、大ダコの腕の中に囚われてしまう。


大ダコの腕は、まるで固いグミのようにぷるんとしていた。そのぷるんとした腕に、次第に力がこもり、ベルティアの小さな体に圧力がかかっていく。


辛い記憶の中、ベルティアは、巨大タコの腕から抜け出すその気力を失っていた。


 大ダコは、心をネガティブに蝕む霧を発生させ、まいらせてから、8本の腕で巻き上げて攻撃するらしい。


 ベルティアは、初めて目にする魔物だった。

 ゆえに、推測して戦うことも難しい。

 それよりも、負の念が戦う気力をそぎ落としてゆく。


 ベルティアもゲオンも、大ダコの腕に囚われ、絶体絶命のピンチとなってしまったのだった!


 

 

 

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