33なる物語 空の上の遺跡

 葬儀から戻ったベルティアとゲオンは、普段の生活の輪の中へと戻っていった。


 一度ベルトルスとしての姿を目にしたゲオンだが、ベルティアに、そのことについて何かを言うことはなく、時間が過ぎていった。


 過ぎてゆく時の中で、ベルティアは、明るく振る舞うように心がけた。


 ミリアのことを考えてしまうと、心がどうにかなってしまいそうだったため、無理に明るく振る舞った。


「……ベルティア。無理してるんじゃあないか?」

 そんなベルティアに、心配げな顔をしたゲオンが話しかける。


「無理なんて、していないわ。いつもと同じよ」

 ベルティアは、ベルトルスのことを言うことなく、淡々とただただ、明るくゲオンの言葉に答える。


 異様なほどの彼女の明るさは、以前とは確かに違っていた。


「ベルティア。今日、子供たちに留守番を頼んで2人でデートしないか?」

 いきなりゲオンが、そんなことを言い出した。


「えっ? 急にどうしたの?」

「そういえば最近、デートなんてしたことがなかったなぁって思って。たまにはいいだろ?」

「そうね」

 ゲオンは、子供たちに留守番を頼み、ベルティアを連れ出したのだった。



 2人は、無言で歩いた。

 そして、家が見えないところまで来た時、ゲオンが歩みを止めたため、ベルティアも歩みを止める。


「どうしたの?」

「……もう、見てられないんだよっ!!」

 ゲオンが、悲しみを浮かべた瞳を、ベルティアへ向ける。


「ベルティア! 君は、感情を押し殺して毎日を過ごしてる! 俺は、そんな悲しみにくれる君を、ただただ、見ていることが辛いんだっ!」

 ゲオンは、ベルティアの小さな体を抱きしめた。



 ゲオンが彼女をだきしめて、少しの時間が流れていった。


 ベルティアの口から何かが語られることは、ないのだった。その抱きしめた顔が、どのような表情をしているのか、ゲオンには分からない。


 彼女の顔の表情は見えない。こっそり泣いているのかもしれない。


 ベルティアは何も言わず、反応を示さない。そんな彼女の小さな体を、ゲオンは、ずっと抱きしめ続けていたのだった。



 午後の日差しが傾き、オレンジ色の光の混ざる時が訪れた。


 ベルティアが小さく息を吸うのをゲオンが感じ取った次の瞬間、

「……本当の姿に戻ってもいいかな……?」

 ふと、呟くように彼女が言ったのだ。


 『本当の姿』。それは、単なる天使の羽を生やした少女ではなく、ベルトルスという名の少年の天使の姿を現す。ゲオンにはよく分からないけれども、そちらが本当の姿のようだ。


 抱擁をとくと、ゲオンは黙って首を縦にふった。

 次の瞬間、ベルティアの姿が、短い白金髪の12歳ほどの少年の姿となる。


 ベルティアがベルトルスとなった次の瞬間、ベルトルスは、無言でゲオンの体を持ち上げ、羽を出して広げ、虚空へと舞い上がってゆく。


「どこへ行くんだ?」

 ベルティア、いや、ベルトルスに話しかけるが、ベルトルスは、ゲオンの言葉に答えることなく、無言で空高く昇ってゆく。


 空高く登ってゆくと、夕暮れの日差しの中、上空に浮いた小さな島があった。


 ゲオンを抱えながら空を飛ぶベルトルスは、その島にある、美しい大理石でできた神殿の遺跡の上へと降り立った。


「ここは? すごく綺麗な場所だな……」

 ゲオンがうっとりとした表情で、周囲の美しい景色を見まわしている。


 崩れかけた白い神殿の遺跡は、今や美しいオレンジ色の夕日に染まっていた。遺跡の後ろ側の空には、紺と紫とオレンジと黄色のグラデーションが出来ている。


 空気はどこまでも澄んでいた。透明で、胸がえぐられるかのような静寂が、辺りを支配している。とてつもなく美しい光景だった。


「綺麗だろ? ここは、俺がかつていた天界の景色に似ているんだ。でももう、俺は天界へ、帰れないんだけどな」

 自虐的な笑みを見せるベルトルスを、ゲオンの大きな体が抱きしめた。


「何やってるんだ!!? お前、そんな『趣味』は、無かったよな」

 ベルトルスが、驚きに目を見開いた。


「俺の体が勝手に動いた。ふるさとへ帰れないお前にしてやれることは、今はこれしか思いつかねぇんだ。俺、不器用だから。」

「なにも、男の俺を思いっきり抱きしめることないだろ? お前には、そういう趣味は無かったはずだ。……って、お前の体、結構暖かいんだな。」

「今、気づいたのか? でも、いつも俺たち、こうして抱き合ってたじゃないか。」

 ゲオンの言葉で、ベルトルスの頬が赤く染まった。


「いっ……いきなり、恥ずかしいこと、言う……な!!」

 ベルトルスの姿になっても、心臓の鼓動が速くなり、頬が熱くなる。


「俺たちは、互いに愛し合ったから、愛の結晶も生まれた! 俺は、感謝している。」

 その言葉に、ベルトルスの顔が、ますます赤く染まる。


「その……だな。……ええと……。」

 ベルトルスは、急いで言葉を探すのだが、心臓の鼓動の速さと頬の熱さで、なかなか言葉が見つからない。


「とっ……ところでお前、ベルティアの正体が、男の俺だってことに、一切突っ込まないんだな」

 ベルトルスは、やっと浮かんできた想いを、言葉として手繰りよせる。


「お前がどういう姿になっても、俺の愛するベルティアに変わりはない。お前は、俺の子を3人も、お腹を痛めて生んでくれた愛する人だ!

 3人も子供を産んでくれたし、家事も完全にしてくれた。

いつも家へ帰ったら、お前の笑顔に俺は、癒されたさ。そんなおまえのことが、俺は好きだ。俺は、お前の本性の姿がどんなでも、変わらずに、お前を愛し続けるさ。死んで幽霊になっても、お前を求め続けるだろうよ。それぐらい大好きだ!」

 ベルトルスの顔が、真っ赤に染まる。


「……でも俺は、ずっと性別を変えて、ごまかしていたんだぜ」

「でも、お前は、俺のことを愛し、俺の妻になってくれた。感謝する!」

 ゲオンの抱きしめる腕にさらに力が込められる。


 ゲオンは、一切何も聞かずに、ありのままのベルティア、いやベルトルスを受け入れてくれる器の大きな持ち主だった。


「おまえ……。つくづく、器の大きな男だな。」

「まあ、それだけが、俺の取柄だからな。」

 ゲオンは、とても幸せそうに、大きな声でそう言った。


 ゲオンは、何も聞いてこない。何かを計算高く聞き出そうとか、そういった事も言ってこない。何も話さずとも、全てを受け入れんとしてくれている。


 ベルトルスは、ゲオンの計り知れぬほどの優しさを感じ、心が打ち震えた。そして、自分の事も話そうか。そういう気持ちへと変わっていったのだった。

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