38なる物語 ミリファエルとの出会い
「わしは間違っていない! 風紀を乱す輩をこらしめているだけだ!」
そう強く想いこむベルトルス王の元へ、ある時1人の天使がやってきた。
外見が16歳ほどのピンク色の長い髪に、金色の目をした美しい少女姿の天使。その天使こそが、ベルトルスにとって、後に特別な存在となるミリファエルだった。
「ベルトルス王! 恋はとても素敵な事です! 恋をした天使たちも、それによってできた子供たちも、神に祝福された、愛すべき天使たちです! ですから、彼らを人間の永遠の輪廻転生の輪へ落とすことを、やめてください!」
甲高く凛とした声で、天使のミリファエルが、真っすぐにベルトルス王を見つめながら言葉を放った。
「そのような考えを持つことこそ、汚らわしいことだ! 出て行け! さもなければ、無理やりお前を追い出すまでだ!」
「いいえ、恋は、汚らわしいことでも何でもありませんっ!」
ミリファエルの美しい金色の瞳が、ベルトルス王を睨みつけた。
「恋することは、汚れでしかないではないか!? そんな汚れたものが美しい天上界へ流れてきてしまったかと思うと、わしはぞっとする!」
顔を歪めて言葉を放つベルトルスに、
「恋は、汚れでもなんでもありません! 自然の中の美しい流れです! 罰をくだすことは、間違っています!」
凛とした口調で、ミリファエルは言った。
その言葉に、ベルトルス王は、怒りに顔を歪める。恋をし、子供を作るという行為は、動物のそれでしかないではないかっ! この娘は、天使に「動物になれ」と言っているのか!? ベルトルス王の胸に、さらに怒りがこみあげていく。
「罰をくだすのは、正しきことである! 天使から動物へと落ちた輩を、正しき人間という名の動物の世界へ送っているのだ!」
「王は、そんな見下した目で人間を見ているのですか!? 人間も動物ですが、人間は高貴な魂を持つ気高い存在です! 天使たちと変わらない気高い存在です!」
「しょせん人は、動物だ! 我ら天使の方が、清らかで優れた存在なのだ!」
「この分からずやのアンポンタンがっ!」
ガンとして認めようとしないベルトルス王に、思わずミリファエルが叫んだ。
「また、来ます!」
観念したのか、また日を変えてこようとするのか、その日彼女は、去っていった。
それから、ミリファエルは、何度かベルトルス王へ、恋愛の許可を願ったのだった。が、ベルトルス王は、全く聞き入れることはなかった。
ある時、いつものように、天使に割り振る仕事を言いつけ続けたベルトルスは、心身が疲れたため、キラ街へと1人出ていった。
うまい飯でも食べて、疲れを癒そう。ベルトルスは、羽を広げ、丘の上の宮殿の窓から飛び立ってゆくと、常連となっている飯屋の扉を開けた。
「!!!」
その瞬間、ベルトルスは、心臓が止まりそうになる。
何と、この前宮殿へ来たミリファエルなる美しい少女天使が、扉を開けるなり、その場に立っていたのだ。
「あら? お忍びでお出かけですか?」
もちろん、ミリファエルは、良い顔をしなかった。
「そこを、どいてくれないか? わしは腹がすいている!」
食べ終わり、店を出ようとしていたのであろうミリファエルを手でどけると、ベルトルスは、強引に店へ入ってゆこうとした。
「待った! 行かせないわよ!」
ミリファエルは、いきなりベルトルス王の利き手である右手をつかむと、その店を彼と共に出たのだ。
「いまから、いいもの見せてあげるっ!」
ミリファエルは、いたずらっぽい目をすると、12歳の外見のベルトルスの手を引いて、走ってゆく。
「手を放せ! 腹が減っている! わしは、飯屋へ戻る!」
ベルトルスの話など、一切聞くことなく、ミリファエルがベルトルスを引き、どこかへ連れて行こうとする。
「よかった! ちょうどいい時間だわ! もうすぐ開演の時間よ!」
彼女は、訳分からぬ言葉を言い、ベルトルスの手を引いていく。
彼は、混乱していた。この娘は一体、何をしようとしているのだろうか? ちょっとだけ好奇心もあったベルトルスは、大人しく彼女に引っ張られていったのだった。
やがて、街の劇場へ行くと、ミリファエルはベルトルスの分のチケットも買い、2人で劇場へ入ることとなった。
真ん丸い舞台を囲んで観客席が丸く段になって取り巻いている。その観客席に、ミリファエルとベルトルスが座った。
「何の演劇なんだ?」
訳分からぬベルトルスは、楽しそうにほほ笑むミリファエルを見た。
「始まったら分かるわよ!」
そう、いたずらっぽい笑みを浮かべ、今から始まる演劇の舞台を見下ろしたのだ。
やがて時間になり、演劇が開催された。
ベルトルス王は、戻りたかったが、天使たちがいっぱい、すし詰め状態に入ってきたため、その場から立ち上がることができなくなり、演劇を、無理やり見る形となった。
ああ、このようなどうでもいい演劇など見るよりも、飯を食いたかったのだがな……。
ため息をつきつつも、前方を見下ろすと、劇がはじまった。
その劇が恋愛ものだと知るやいなや、ベルトルス王の胸に怒りが込み上げてきた。
すぐに、そこから立ち去ろうとしたのだが、劇場が混んでいて、立ち見客も多いため、その場から動けない。
演劇の世界にまで、恋し合う天使の話を持ち込みやがって、イモ劇作家めが! その劇作家見つけたら、あとで藁人形の刑にして、人間の輪廻転生の輪の中へと、ぶち込んでやるからな!
深く罵ったのだが、そのイモ劇作家に届くでもなく、ベルトルスは、演劇を無理やり見るはめとなる。
その作品は、悲恋譚だった。
美しい男の天使と女の天使が、恋に落ちる。
だが、2人の想いが互いに通じ合った時、男の天使が魔界から来た悪魔に食われてしまうのだ。
2人の元へ悪魔がやってきて、男の天使は、女の天使をかばった。それで彼は、女の天使を逃がすことと引きかえに、悪魔に飲まれてしまった。
ベルトルスは、深く感情が揺り動かされた。だが、一方では、自分が悪魔たちを倒しているではないか? 何で悪魔にやられる設定になっているのだ? おかしい……。そう思っていた。
ミリファエルは、涙を流しながら、美しい恋の話を見つめていた。
そうして、美しい恋の話の演劇が幕を閉じた。
「えっ!?」
ミリファエルが、声をあげた。
ベルトルスが、涙を流していたのだ。
ミリファエルがこちらを見ているのを知ると、ベルトルスは、急いで涙を拭った。
「泣くほど、感動したでしょ!?」
嬉しそうに、ミリファエルがベルトルスへと声をかける。
「なっ……何を言うか!? 泣いてなどいない! これは汗だ! 劇場が暑っ苦しいから、汗が出ただけだっ! だいいち、わしがいつも、悪魔を倒しているではないかっ!? 設定がおかしいぞ! こっ……こんなことで、わしの決心は揺らがないからな!」
ベルトルスは、必死になって、言いわけしようとしていた。
そんなベルトルスを見ながら、ミリファエルが、嬉しそうな表情をしている。
「また、王宮へ行くからね!」
約束も何もしていないのに、ミリファエルが、ベルトルスへ言葉を投げる。
それからミリファエルは、恋し合う天使たちやその子供たちを輪廻転生の輪に落とすことをやめてほしいと、一切言わなくなった。
ただただ、ベルトルスのいる王宮へと、何度もやって来るようになったのだ。
ベルトルスは、不思議な感覚を感じていた。
ミリファエルが来る日は、とても心がウキウキしているのだ。
ベルトルスがやっていることを、面白く思っていないそんな天使と会うというのに、心がウキウキしている自分に気がつき、驚いた。
なぜか分からないけれども、ミリファエルといると、とても楽しい気分になるっ! なぜなんだろうか?
事の真相が全く分からぬまま、ミリファエルが来るのをベルトルスが心待ちにするようになった時、
「遊びに行こうよ!」
彼女からのその言葉で、ベルトルスは、ミリファエルと、2人で食事へ行ったり、物見遊山に行ったりするようになっていった。
ベルトルスは、スケジュールに追われ、忙しい日々を送っていた。だが、ミリファエルに会いたいがために、頑張って忙しい中、時間を作っていたのだった。
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