13なる物語 ベルティアの変化
ゲオン目線
しばらく2人で歩いていると、ベルティアの顔がなぜか強張っているのに、ゲオンはいち早く気付いた。
「どうしたんだ? 何か悩みでもあるのか?」
彼女の顔の強張り具合に、ゲオンは心が苦しくなる。
すると、ベルティアは無言で黙って首を横に振った。
何もないのかな? 俺の気のせいだといいんだけどな……。ゲオンは、あえて意識して、気にすることをやめてみたのだった。
それから数分の時が流れただろうか。
「ゲオン。ちょっとトイレへ行ってくるね」
そう言うや否や、ベルティアはゲオンから去っていった。
ゲオンは何となく嫌な予感が胸にこみ上げるのを感じていた。
嫌な予感というものは、たいてい当たるものだ。ベルティアが何か、大変なことにまきこまれなければいいのだが……。
心の底から彼女の心配をしながらそこで立って待っていると、かなりの時間が流れていった。
もう1時間ほど経つだろうか? ベルティア、ずっと戻ってこないけど、どうしたんだろうか……? 時計を持ってこなかったので、いまいち感覚がつかめない中、ゲオンは、鼻をひくひくと動かした。
あれからだいぶ経つのに、ベルティアが戻ってこない。
心配で内臓が絞られるかのような気持ちになり、ゲオンはまた、鼻をひくつかせ、このダンジョン内に漂う香りに、全感覚を傾けた。
ゲオンは、ダンジョンの中で1人戦い続けるうちに、鼻の感覚が鋭くなったのだった。
つまり、戦ううちに、危険を察知できるよう、魔物の臭いとかも、感じられるように鋭くなっている。
だが、今回は最初からベルティアに夢中だった。特に彼女の短いスカートがめくれる瞬間とか、彼女の可愛らしさとかに夢中すぎた。そのため、今まで鼻の感覚を研ぎ澄ますことは、どこかへ吹っ飛び、忘れていた。
つまりずっと、ベルティアの可愛らしさに悩殺され続けていたのだ。
ゲオンは黙って感覚を研ぎ澄ませ、鼻に集中する。ベルティア、どこにいるんだ……? 生きているよな? ゲオンの黒い心配が、頭をもたげる。
苔むした場所に水がたれるかのような湿った匂い、それから石、土の僅かなる匂いに鼻を向け、目を閉ざし、感覚を研ぎ澄ます。全ての匂いに意識を傾ける。早くベルティアを発見したい! とにかく、心配でならないのだった。
彼女を探し出したいっ! ゲオンは焦った。
焦れば焦るほど、鼻の感覚は色あせていく。焦ってはかえって、事実を見失うだけだっ!
ゲオンは大きく深呼吸をすると、再び鼻に意識を向けていった。
ゲオンが夢中で鼻に意識を集中させていると、僅かにだが、ベルティアがつけている香水の匂いが入り混じっていることに気付く。
その瞬間、ゲオンの胸に安ど感が込みあげた。よかった、彼女が生きているっ! 胸を撫でおろし、心からほっとする。
ベルティアがいる! その匂いが漂ってくる方向へと、ゲオンはゆっくりと歩いていったのだった。
ゲオンは、1つの洞窟の入口へとたどりつき、そっと中を覗き見た。
中ではベルティアが、巨大なヒマワリの花の上に横になっていた。いつもなら、このぐらい近くへ来ると、ベルティアは人や魔物の気配に、敏感に気づく。
だが、どうしたわけか、今のベルティアは、ゲオンが近くで隠れて見ていることに全く気付かなかった。不思議だな? 一体どうしたんだろうか? いつもと違う様子の彼女のことが、またもや心配になってゆく。
巨大ヒマワリが、生えていた。その大きな花の上に、彼女が1人横になり、目を閉じている。
「ベルティ……!」
「来るな!!」
腹の底からしぼり出す声が、ゲオンの言葉を打ち消した。
ゲオンが近づくやいなや、ベルティアが、目を開け、ゲオンを威嚇した。
ベルティアは、狼が威嚇するかのような鋭い表情を浮かべ、ゲオンを睨みつけている。
一歩出たら、噛まれるか、爪で引っかかれそうな勢いだった。
彼女が、なぜ豹変してしまったのだろうか?
気配に敏感な彼女が、自分が洞窟を覗いているのさえ、全く気付かないようすだった。ベルティアに、何が起こったんだ?
今、目の前にいる彼女は、ゲオンを威嚇しつつ、何かに怯えているかのように見える。
その「怯え」を、必死に隠そうとしているようにも感じられる。
「大丈夫か? 何があったんだ?」
「いいから、あっちへ行けって、言っただろ!? 今すぐ、私から離れろ!! 離れないと、ゲオン、お前を殺すぞ!」
ベルティアの口調は、複数の針で喉をさすかのような勢いだ。
彼女は、蛇がカエルを睨むかのような表情をしている。が、彼女の肌にキラリと汗が光る。ベルティアは、何かに怯えているかのようにも見える。
「こんな状態のお前を放って行けないよ!」
ゲオンが自分の気持ちを口から吐き出すと、ベルティアは立ち上がり、ゲオンを攻撃するその代わりに、そこから去ろうとした。
「ベルティ……!!」
ゲオンの言葉が止まる。
去ろうと立ち上がったベルティアの体が、いきなり金色に輝き始めたからだ。
それは、とてつもなく美しい輝きだった。
ベルティアは、ゲオンへ怖い顔を向けている。が、輝きに包まれたベルティアは、まるで女神のように美しく、ゲオンは想わず見とれてしまった。
ベルティアは、光に包まれたまま歩き出そうとした。その瞬間地へと倒れ、それから程なくして、苦しみはじめた。
今、目の前で、ベルティアが光に包まれながら、苦しんでいる……!
「ベルティア!」
ゲオンは一切迷わず、彼女の身を想い、ベルティアを抱きしめた。
「……放せ!」
なおも抵抗しようとするベルティアを、しかしゲオンは離さなかった。いや、そんな彼女を離すことなんてできなかった。
そんなゲオンに、ベルティアは苦しみつつ、困った表情を向ける。
「……これから、もっともっと、格好悪くなってしまう……。そんなの、お前には見られたくないっ!」
言葉を言い切るや否や、ベルティアが、ますます苦しみ出す。
この苦しみようは、何なのだろうか? ゲオンには、何が何だか分からなかった。が、放っておけないという気持ちから、ずっとベルティアを離さなかった。
ベルティアは、ずっと苦しみ続けていた。
そんなベルティアを、ゲオンが抱きしめている。
「……放せって言ったのに、何で離さない!?」
苦しみの合間に、獲物を食い殺そうとする狼のごとく、ベルティアは、ゲオンを睨みつける。
「これから、もっともっと恰好悪くなるから、離して、ここから去れ!」
ベルティアは、人食い狼のようなギラギラとした目で、ゲオンを睨むのだが、ゲオンはベルティアを離さない。
「どんな君でも、俺は驚かないから、大丈夫」
優しく彼女に告げ、苦しむベルティアを抱きしめ続けた。
ベルティアは、光を発しながら、しばらく苦しんでいた。何度言っても、ゲオンが離さなかったため、ベルティアは何も言わず、ただただ、苦しみに表情を歪めている。
それが何十時間もの長い間続き、さらにベルティアの苦しみは、増してゆくようだった。
何だか分からないけども、俺が変わってやれれば……。ゲオンは心の底から想い、彼女の体を抱きしめ続けた。
彼女の体から発せられる金色の光はさらに強く美しく、そして鋭くなり、ベルティアは、よだれをたらして、苦しみはじめた。
それから後、ベルティアがますます苦しみはじめ、よだれの他に涙を流し、喉をかきむしりはじめる。
「ベルティアっ!!」
ゲオンがベルティアに声をかけるが、声が届かないほどに、彼女は苦しんでいるようだった。
……なぜかは分かないけれども、ベルティアは、とてつもなく苦しんでいるっ! ……でも、原因が分からずに、俺は、目の前の彼女を助けることができない。
……無力だ!! ゲオンは、自分の無力さを恥じた。
この時の彼女のことを、ゲオンはずっとあとになり、知ることとなる。が、この時のベルティアは、ゲオンに何も説明しなかったため、ゲオンには、何が何だか分からないのだった。
やがて、ベルティアが、ダンジョンが壊れ果てそうな勢いの大きな悲鳴をあげはじめる。さらに体の輝きが増していく。
輝きが最高潮へと高まったその瞬間、ベルティアよりも大きな金色の光が、彼女の体全体から分離した。その大きな金色の光は、天井へ上り、ダンジョンの壁を突き抜け、空へと昇っていった。
それからベルティアは、ゆっくりと目を閉じ、気を失ったのだった。
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