14なる物語 毒大ハリネズミ

 数時間が過ぎた頃、ベルティアは、ゆっくりと目を開けた。


 そこには、心配げな表情で自分を見下ろすゲオンの顔があった。


 みっ……見られた! 思いっきり格好悪い所を、ゲオンに見られたっ!!

 ベルティアは、ゲオンから目をそらした。


「……見たか?」

 バツが悪そうに、やっとの想いで言葉を放つ。

「ああ」

 ゲオンが返事のみをする。その後の言葉は、発せられない。


 自分のめっちゃ格好悪い所を見られ、ベルティアは、言葉が出てこない。ゲオンも、詳細について聞いてこない。


 しばしの沈黙が流れた。

 ゲオンは不思議そうに、そしてベルティアは、心の底から気まずそうに、互いに顔をそらしている。


「……時々、さっきのように、格好悪くなる……。誰にもあんなところ、見られたくなかった……!」

 ベルティアは、言いにくそうに、だが、確実に言葉を綴る。


「聞いていいのかな……? その……さっきのは、何なんだ?」

 ゲオンがしどろもどろに、聞いてきた。


「それは、聞かないでほしい! ……絶対に言いたくない!!」

 ベルティアは、顔がこわばるのを隠せないまま、強く言葉を放つ。


 さっきの「あれ」について、この男に知られることは、絶対に嫌だった。


「分かった。話したくないんなら、話さなくていいぜ」

 ゲオンがベルティアの方を向き、静かに言葉を放つ。


 それ以上深く、追及しようとはしてこない。


 その優しさと思いやりに触れ、心が熱くなる。 


 やっぱ、その……ゲオンのこと、ちょっとは、好きかも?


 再びベルティアは、ゲオンに好意を感じ、そんなことを感じてしまったのが恥ずかしくて、顔を赤らめる。

 すっ……好きって、でも、そんな恋愛の「好き」じゃあ、絶対に無いんだからねっ!!


 ベルティアは、自分自身に、強くそう言い聞かせる。だって、私には、ミリアがいるんだからっ!!


「とっ……とにかく行くわよ!」

 恥じらいを隠すため彼女は前を向き、ダンジョンのさらに奥深くへと歩き出す。


 そのあとを、ゲオンが黙ってついていく。



 ダンジョンも奥深くまで進み、だいぶ強い魔物のみとなっていた。




 しばらく行くと、2匹の毒大ハリネズミが現れた。


 一匹の大ハリネズミが、ゲオン目掛けて襲い掛かった。炎のような真っ赤な目には、ゲオンの姿が映し出されている。


 ゲオンは思いっきり左へ回転すると、大ハリネズミを交わし、剣を柔らかい腹めがけて突き刺さんとする。


 だが、次の瞬間、ゲオンの口から、いきなり鮮血が吐き出された。

「ゲオン!!」

 ベルティアの顔が青くなる。


 ゲオンは、大ハリネズミの多数の針に腹を貫かれ、その顔は毒で紫色に変化している。


ゲオンは、大ハリネズミを交わしたつもりになってたが、大ハリネズミの動きが、ゲオンの動きを上回っていたのだ。


 やばいっ! 大ハリネズミの毒を受けたら、5分程しか命が持たないっ!


 一瞬、ベルティアの表情が焦りに包まれる。

 その隙を、毒大ハリネズミは、見逃さなかった。


 


 毒大ハリネズミが2匹共に、ベルティアへと向かってゆく。

 しかも、台風の中を吹く大風のような、すさまじい速さだ!


 機敏に動ける魔法少女姿へ変わったベルティアは、その速度に追いつき、体を右へ、左へと回転させ、絶妙に、毒大ハリネズミの攻撃を交わしていた。


 ダンジョンの奥深くへ来て、魔物が強さを増してからというもの、ゲオンはかなわず、何度もベルティアに癒してもらいながら進んでいる。


 このままじゃあ、ゲオンがあと少しで死んじゃう! どうしても、5分以内にこの2匹の毒大ハリネズミを倒さなきゃっ!!


 ベルティアは、内心焦っていた。


 毒大ハリネズミは、巨体のわりに、素早い。


 瞬足で動く毒大ハリネズミを避けつつも、心の中は焦ってゆく。


 そんな彼女の心を察したのか、毒大ハリネズミの2つの体の動きが、ますます速くなる。


 ベルティアは、オヤジのステッキを出さずに、ただただ、2体の大ハリネズミの体を除け続けている。


 背中に生える毒針に触れたが最後、毒が全身へと回ってしまうため、ハリネズミの足の速さに合わせ、機敏に右へ左へ、後ろ、前へと体を動かし続けている。


 時間がない! でも、2体もいるっ……!!

 ベルティアの焦りを喜ぶかのように、ハリネズミ共が、キーキーと、ネズミ特有の、きちがいのような声を張り上げる。


 大ネズミ共が、嬉々としていっているのが、ベルティアの目に映る。


 ゲオンが……っ!! 彼のことが心配でたまらない……! 早くゲオンの元へ行きたいが、機敏な毒大ハリネズミの針に触れぬように動き回るのが精いっぱいだった。


 とてもじゃあないが、ゲオンの所へ行けない。


 ここは一旦、ゲオンのことは、頭から外そう。まずは、2頭をどうやって倒すかだけに、全集中っ!


 ベルティアは、目を閉ざした。


全神経を使い、ハリネズミの動きを気配だけで感知し、避けつつ対策を練る。


 ベルティアの中に「熱きひらめき」が生まれた瞬間、彼女の2つのマリンブルーの大きな目が見開かれる。

 目の中には、炎が揺れていた。


「アラーク・キング・ソード!」

 彼女の右手に、金色の剣が現れた。


 一匹の毒大ハリネズミが、金色のその「光」を追う。またもう一匹の大ネズミは、ベルティアの柔らかな体を追いかける!


 ベルティアは目を閉ざし、右左に移動する2匹の大ネズミの体を感覚で除け、針に触れぬように、機敏に動き回る。


 心を沈めなきゃ。そうしなきゃ、ゲオンを助けることもできないっ!!


 彼女は瞑想に近い無の状態で、感覚を奮い立たせ、2体の攻撃をよけ続けている。


 その速さは、普通の人間には、まるで風が吹いているかのようにしか映らない状態だ。


 ベルティアは、毒大ハリネズミの急所である心臓に、狙いをさだめる!


 一瞬で右手の剣を一匹の毒大ハリネズミ、そして左手の拳を、もう一匹の毒大ハリネズミの心臓へと打ち込む。

「「ギギギィィィィーーーーーーーっ!!!」」

 2匹の毒大ハリネズミは、断末魔の叫びをあげるとその瞬間、2匹同時に塵となり、消え去っていった。


 大ハリネズミの心臓を握りつぶしたベルティアの左手が、真っ赤な血にまみれている。


 だが、血をぬぐうことなく、急いでゲオンの元へと寄っていく。


 ゲオンの体全体が紫色に染まり、毒がかなり浸透しつつあることを示していた。


 ベルティアの心臓の鼓動が速まってゆく。早くしないと、ゲオンが死んじゃうっ!

 すぐさま、両手をゲオンにかざすと、金色の光をゲオンに流れさせる。



 すると、しばらくして、ゲオンがゆっくりと目を開いた。


 ゲオンの肌の色が、元の健康な色へと変化すると、ベルティアは、心の底から安堵した。


 そのとたん、がっくりと倒れこむ。

「ベルティア!?」

 倒れ込んだベルティアを、ゲオンが支えた。



 ダンジョンの奥の深淵へと近づくにつれ、強敵が増え、ゲオンを守って戦う形となっていた。

「ゲオン!」

 ベルティアが、厳しい顔を彼に向ける。


「これから先、強い敵ばかりよ。お願いだから、帰って!」

 ベルティアは、心の底から真面目な顔で、ゲオンに言葉を放つ。

 

 これ以上、ゲオンが倒れる所を見たくはなかった。ゲオンの苦しむ様子も見たくない。


 だから、帰ってほしかった。


「いや、俺は帰らねぇ!」

「何で!?」

 ゲオンの頑固な言葉に、ベルティアの顔が鋭くなる。


「ベルティア。君は強い。ものすごく強い! そして、癒しも瞬時にしてできる。でも、俺は心配でたまらねぇんだ。君が危険な所へ1人で行くことを考えると、いてもたってもいられねぇんだ! だから、君に癒されることが多くなっても、最後まで一緒だ!」


「でもね、ゲオン! はっきり言うけど、あなたは、足手まといにしかなっていないわ! だから、あなたは帰って!」


「いやだね! 俺も君といっしょに行くよ! 心の中で応援していたいんだっ!」


「……ゲオン……。ほんと、頑固なんだからっ!!」

 ベルティアは、あきれ顔で、ため息をついた。


「俺、格好悪いけど、でも、君のことが心配でそれでついていきたいんだ。お願いだから、俺も行かせてくれっ! 強すぎる敵が来た時は、足手まといにならねぇよう、岩陰に隠れたりするからさ。……って、男の俺、格好悪いセリフだぜ」


「ほんと、石頭でしょうがない男……!」

 苦笑するゲオンを、ベルティアは、心の底から想い、心配しているのだった。


 これから、強い敵にずっと遭遇し続けるだろう。それは、確かだ。そんな強敵から、この男をずっと、守りきれるだろうか……。


 いや、守りたい、守ってみせるっ! ベルティアは、頑固なゲオンに呆れ果てながらも、彼を守りぬくことを、固く決意したのだった。



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