12なる物語 ゲオンの負傷

 塵となって消えた大ダコの中から、美しい短剣が現れた。


 だが、短剣のことなど気にならないほどに、今のベルティアは、ゲオンが心配でならなかった。


 スター・エンジェル姿から、元の姿へ戻ると、ゲオンの元へと向かう。


「ゲオン!!」

 倒れたゲオンをゆさぶると、彼が灰色の目をゆっくりと開く。


「……体中が、痛ぇや……。」

 大ダコに握り潰されそうになった時に、いくつもの内臓が潰れてしまったようだ。


 ゲオンは体を動かすことができず、脂汗をかいている。ベルティアの小さな胸が、大きく痛む。


「とうとう、魔物にやられちまった。……俺はもう、死ぬだけだ。あとは、ベルティア。お前だけで進んでくれ。……すまないな。最後まで、女の子のお前についていてやれなくてな……。」


今にも途絶えそうな息と息の合間に、弱い言葉が漏れる。

「そんなこと、言わないでよっ!」

 ベルティアの目が涙目になる。ベルティアの胸の痛みが、さらに増していく。


「ゲオン! あなたを死なせはしないわっ!」

 ベルティアは、ゲオンの体を地面へ置くと、目を閉じ、両の手を彼の体へかざす。


 次の瞬間、金色の光が、ベルティアの両手から溢れだした。その光は、ゲオンの体を包み込んでゆく。自分が負けていたばっかりに、ゲオンに死ぬほどの苦しみを与えてしまった……っ! 悔しいっ!! ベルティアの眼から、涙が流れ落ち続けていく。


「……温かい……光だ。」

 ゲオンが目を細める。


 ミリア、助けてくれてありがとう! ベルティアは、ここにいないミリアに、感謝の念を向けつつも、大ダコにやられてしまっていたその悔しさは、なかなかおさまらないのだった。


 しばしの間、ベルティアの両手から、金色の光が放出されていた。その神秘的な光は、ゲオンの大きな男性の体全体を取り巻いていたのだった。


「終わった……。」

 ベルティアが言葉を発した次の瞬間、ゲオンがゆっくりと起き上がる。


「体が痛くねぇ!!」

 驚いたような表情で、ベルティアを見る。


「大丈夫。私が癒したから、もう、全ての傷は治ってるわ」

 ゆっくりと言葉を綴るベルティアを見ながら、ゲオンが俯いた。


「……また、お前に助けられたな。……ヴォヴゥレでは強いって言われてるのに。……俺は、強くなんてねぇ……。本当、女の子1人守れないどころか、女の子に助けられるなんて、俺は、情けなさすぎるな……。」

 ゲオンのオーラに陰りが現れ、彼が心から落ち込んでいる様子が、伝わってきた。


「あなたは、今はまだ、戦闘力が十分でないかもしれない。

 だけども、1人の女の子を心配して、行った事のないダンジョンの深い所までずっとついてきてくれるって、そういう所、ゲオンは私よりもずっと優しくて、勇敢で、とても強いわよ! ゲオン。あなたは、十分強くて勇敢よ!」

 ベルティアが、微笑みをゲオンに向けた。

 優しくて、明るい笑みだった。

 

 その優しい笑みに、ゲオンは心の底から温かくて柔らかい感情が湧き上がってくるのを、感じていたのだった。

 


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