最終話 ヤンヤン、地に足をつける!

 コムラータの町に、腕のいい整備屋がオープンした。

 若い夫婦がやっている店で、旦那はどんなMWでも整備できる。

 奥さんは試運転させるとピカイチの腕前。


 何しろ、MW(モーターワーカー)なしには何も立ち行かない世の中だ。

 整備士は何人いても足りない。

 たちまち、その店はコムラータにとって無くてはならないものになった。


 さて、北欧純血連邦は今、戦争どころではない。

 所有していた飛行巡洋艦の過半数を失い、連邦三強に数えられるコサック社会主義共和国に至っては、MCとパイロットの大半を戦争で喪失したということで、国内世論が凄いことになっているそうだ。

 国を治めるのに必死で、他に関わっている余裕がない。


 ガリア共和国も大きな戦力を失い、同時にコサックのこの有様を見て、国内はすっかり厭戦ムード。

 ゲルマ共和国も例外ではない。


「実につまらん……」


 乗機はMC故に、中立都市への乗り入れは厳禁。

 不本意ながら作業用のMWに乗り、ゲルマ共和国軍トップエースたるクーゲルは休暇に来ていた。


「だが、あちらこちらに牛がいるな。ここは牛乳がたくさん飲めるのか? それは素晴らしいな!」


 クーゲルは牛乳大好きだった。

 よく冷えた牛乳と、日差しを避けて涼を求め。

 彼はミルクホールの軒先にMWを停める。


「牛乳を頼む。何、付け合せにこのドライフルーツが美味い? どれ……うほう、甘い!! 牛乳も濃厚で美味い!」


 クーゲル、コムラータのデーツと牛乳を絶賛する。

 こうして日陰でのんびりしつつ、いつになったら出撃できるだろうかなどと考えているところで……。


 眼の前をガチャガチャと音を立ててMWが走っていった。


「た、助けてくれえー!!」


 MWに乗った男が叫んでいる。

 あれは走らせているのではない。暴走しているのだ。


「やれやれ、こいつはいかんな! 例えカラード相手とは言え、善良な市民の危機を見過ごすのは軍人の名折れだ」


 クーゲルはコインを何枚か払うと、MWを走らせた。

 地上を走るMWは、MCと勝手が違う。

 さすがの名パイロットも、暴走するMWに追いつくのは簡単ではない。


「おい、止まれ! いや、止まれないのだったな! ここで機銃がついていれば……いやいや殺してしまうか、いかんいかん戦場の癖が抜けないな……」


 ぶつぶつ呟く彼の横を……。


「うおー、今助けまあーす!」


 疾風のように駆け抜けていく者があった。

 一見してツギハギだらけで、だがしかしその速度がとんでもないMWだ。

 あっという間にクーゲルを追い抜き、暴走MWに並んだ。


「ぬおう! なんという勢い! ……ぬぬぬっ!!」


 あとから来たMWは、暴走MWにピッタリとくっついて同じ速度で走る。

 かと思ったら、徐々に速度を緩め……暴走MWも引き摺られるように速度を落としていった。


「見事な腕だが……なぜあのMWは虎縞に塗られているのだ? うーむ、戦いの記憶が蘇る……おっと、追いついた」


 作業用とは言え、軍の使っているものだ。

 クーゲルのMWが前に回り込み、暴走MWを停止させた。

 走れないように、二人がかりで暴走MWを横転させる。


「いやあ、助かりました! ありがとうございます!」


「なんのなんの。善良な市民を守るは軍人の務めだ。気にするな!」


「あっ、もし気にするなら、ぜひぜひこのMWの整備は向こう通りのスア整備店へどうぞ!」


「あっ、もしかして君、あそこの整備店の奥さん!? うわー、噂に聞いてるよー! じゃあぜひお願いします! 軍人さんもありがとうございます!」


「なんのなんの」

 

 スア整備店とやらの奥さん?

 明らかに少女としか思えない年齢の彼女を見て、クーゲルは首を傾げた。


 虎縞のMW、スアという名前。そしてあの見事なMWの扱い。

 まさか……いや、まさかな。


「では、俺はまた休暇を満喫する! ではな! 縁があれば俺も整備店とやらに立ち寄るかも知れん!」


「はーい! どうぞご贔屓にー!」


 スア整備店のMWは、暴走MWのエンジンを切ると、ワイヤーでこれを固定した。

 MWのつま先で、ちょいっと暴走MWを持ち上げる。

 そこに、運搬用の台車を滑り込ませる少女。


 これを何箇所もサクサクと行い、暴走MWは簡単に牽引されていくのだった。


「いやいやいや、普通の腕ではないだろう! もしかすると、もしかするぞ!」


 別に、自分を打ち負かしたあの虎のパイロットをどうこうしようという気持ちはない。

 ただ、好奇心が彼を突き動かしたのだ。


 彼女の後をついていくと、そこにはこじんまりした整備店があった。

 住居を兼ねているらしい。

 横には屋根と壁だけがある大きな空間が設けられており、ここが一応は整備場になるのか。


「スバスさーん! 帰ってきたよー!」


「お帰りヤンヤン! おや、暴走MWか! やっぱりこの町は熱いから、ちょっと防熱処理を怠るとすぐ暴走するんだよね。お金を節約したでしょう」


 整備店MWに相乗りしていた男が、ペコペコ謝っている。

 これを遠巻きに眺め、クーゲルは鼻を鳴らした。


 微笑ましい、どこにでもいる若い夫婦ではないか。

 俺は何を見に来たというのか。


 MWの踵(きびす)を返す。

 すると、つま先の辺りを犬型の小さなMWがパタパタモップがけしてくれていた。


『オソウジシマス、モウチョットマッテネ』


「うむ、ご苦労」


 思わず声を掛けてしまった。

 この小さなMWはパタパタ動き回った後、クーゲルに向かって『オマタセシマシタ』と一声掛けた後、整備店へ戻っていく。


 迎え入れた若い夫婦が、犬型MWを撫でる。

 そんな彼らを越えた、整備場の奥に……見覚えのある槍が立てかけられていた。


「ははは」


 思わず笑うクーゲル。

 そして、「まあ、いいか」と今度こそ彼らに背を向けた。


 虎の牙が振るわれる時はしばらく来ないだろう。

 いや、ひょっとすると、今の虎は二度と空に羽ばたかないのかも知れない。


 それもまたよし。

 戦場に戻りたいと願うのは、戦争が好きな連中だけなのだから、


 あの虎はきっと戦争に興味などなく、もっと大切なものを見つけたから地に足をつけたのだ。

 せいぜい幸せに暮らすがいい。

 そう思って、ゲルマのトップエースは去るのだった。


 その背後から……。


「そろそろ赤ちゃんが欲しいんですけどスバスさん! 作りましょう作りましょう!!」


 という大声が聞こえた。

 MWごとずっこけかけるクーゲル。


 何しろその声は、虎の吠える声みたいに辺り一帯に響いたのだから。



 婚活・ロボ戦記 ~おわり~


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

婚活・ロボ戦記~目指せ最強の旦那さまゲット! だけど最強パイロットが私だったので詰みました。あーあ~ あけちともあき @nyankoteacher7

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画