第2話 ヤンヤン、戦場に立つ!2

 そいつは、私がペンキで黄色と黒のしましまに塗ったMCだった。

 虎縞だ。

 強そうでしょう。


 名前はスア・グラダート。

 張子の虎、みたいな意味。


「一発当てられたら落ちるぞ! 装甲なんぞ全部引っ剥がしてるんだ! それに三十分以上動かすと空中分解だ! 第一お前、少尉に訓練を付けられてる時はとんでもないへっぽこだっただろう!」


 他の整備の人たちにお願いして、ハシゴを借りた私。

 整備長の怒鳴り声を背にしながら機体に乗り込む。


「それはほら! マクフィー少尉がかっこいいんで見とれて! でもほら、射撃は全部当ててるんで! っていうかもう私しかMC操縦できないじゃないですか! じゃあ出るしかないんでは!」


「そ、そりゃあそうだが!」


「親方! 二号機と三号機も戦闘不能です! 敵が多いらしい!」


「なんだと!?」


 他の整備員の言葉に、整備長が怒鳴り返す。

 整備長はいつも声が大きいなあ。


 私は起動シークエンスを進めた。

 ここは少尉に教えてもらって慣れてるもんね。


 スアの癖も完全に覚えてるし。

 というか、前回の訓練でようやく、完全に掴んだ感じ?


「だがやめろ、ヤンヤン! お前じゃ無理だ! ただでさえ今はガキが少ない時代に、お前が前線に出てどうする! 俺は許さん……」


「親方! 艦長から許可が出ました! あるだけの戦力出せとのことです!」


「あのバカ! むざむざ小娘一人、死ぬために送り出すってのかよ! むきーっ!!」


「あっ、親方ー!」


 整備長が怒りすぎてぶっ倒れてしまった!

 仕方ない。


「じゃあ出まーす!」


 私はスア・グラダートを滑走路に進ませた。

 MCはバックパックが大きすぎて、まともに歩けない。

 基本は空を飛ぶか、背中に補助車輪を付けてゴロゴロ歩くんだよね。


 私、一歩目でめちゃくちゃよろける。

 この機体、整備の人たちが練習台代わりに色々いじったので、バランサーがめっちゃくちゃなのだ。


 だけどその癖も覚えてるから大丈夫。

 ちょっと変わっててもすぐ慣れるし。

 ほら慣れた。もうよろけなくなった。


「すげえ、あのジャンクがマトモに歩いてる……!」


「少尉だって扱えなかったガラクタだぞ? それがなんでまともな機体みたいな動きをしてるんだ!」


「やっべえ! あいつのエンジンいじったばっかだ! みんな道を空けろ! ジャンクがぶっ飛んでいくぞ!」


 私は操縦桿を押し込んだ。


「出発!!」


 ちょっと遅れて、スアの反応がある。

 バックパックが火を吹いたと思ったら……。

 急にめちゃくちゃな加速をした。


 速くなってるー!

 あ、でもこんな感じか。覚えた。


 滑走路を飛び出していく、スア・グラダート。

 武器は……。

 いっけない、武器を持ってきてない!


 まあいっか。

 敵のを奪えばいいし。


 滑走路を抜けて、空に飛び出した。

 思わず振り返る。


 背後には、三本角の超巨大カブトムシ。

 これが私たちの乗ってる船、私たちの家。

 陸上戦艦グワンガンのバトルモード。


「みんな連れ帰ってくるからねー!」


 私は叫びながら、前に向き直った。

 あ、もう敵がいる!


 青と白に塗られた機体は、北欧純血連邦のMCだ。

 空が晴れてると保護色になって、よく見えなくなる。


 だけど同じ空にいるとよく見える……。

 あれっ?

 私の虎縞は物凄く目立つのでは……?


 ま、いいか。


 眼の前の機体が、マシンガンを向けてきた。

 バババババ、と射撃が来る。

 狙いが物凄く甘いんですけど!


 私は射線の周囲をジグザグに動いて、あっという間に肉薄した。

 上から相手MCの手を、


「えい!」


 ぺちっと叩いてバランスを崩させた。

 マシンガンを奪い、銃床で敵機のコクピットをぶん殴る!


『ウグワーッ!?』


 おお、中身が揺れてる~。

 ついでに相手の姿勢制御ウイングを蹴っ飛ばしてへし折り、敵機ごと踏み台にした。


 飛び上がりながら、「お次ー!」マシンガンを射つ!

 向かってきていた他の機体に、弾丸が吸い込まれた。

 あー、煙を吹いて落ちていく。


 なるほど、動いている機体に当てるのはこういう感じか……。

 もうちょっと補正したらコクピットを直に狙えそう。

 よーし、チャレンジしてみるか!


「いやあ……少尉がいないと見惚れるものがないもんね。目の保養ができなくて困る……。少尉ー! マクフィー少尉、ご無事ですかー!!」


 私は全方位に回線をオープンにして呼びかける。

 そうしたら、何故か敵が集まってきた。

 多い多い。


  ※



 あの機体はバカなのか?

 いきなり飛び出してきて、友軍機に取り付いた敵機。

 環太平洋連合の機体は、オープン回線で叫びだした。


 あれでは自分の居場所を知らしめるようなものではないか。

 それにしても、目立つ。


 黄色と黒のストライプに彩色された機体は、晴れ渡った大空の下ならばどこにいてもその姿を発見できる。

 バカだ。

 やはり、バカだ。


 友軍機がやられたのは何かの間違いに違いない。

 戦場には魔物が棲むという。

 いかに優秀な兵士と言えど、ちょっとしたきっかけでやられてしまうことがある。


 だが、相手は単騎。

 恐れるに足らず。


 北欧純血連邦の機体群が、残るただ一機の敵MCへ殺到する。

 接敵する必要もない。

 遠距離からの飽和射撃、これで事足りる。


 ……そのはずだった。

 だが、銃を構えた時には、敵機の姿はない。

 踏み台にした友軍機をつま先で蹴飛ばしながら、その推進力に己の推力を合わせ、猛烈な速度で斜め下へと突き進む。

 

 あれは落下か?

 いや、違う。

 慌てて銃を下方に向けたが、時既に遅し。


 二つの推力が上方を向いていた。

 自軍の只中に、黄色と黒のストライプが躍り出る。


「何だこの動きは!? あれが……タイガーだとでも言うのか!?」


 反応できなかった友軍機が二機、マシンガンの斉射で撃墜された。

 一発目で胴体の半ばを。

 二発目がコクピットハッチを叩き、三発目はハッチの全く同じところを射抜いた。


 射撃するたびに狙いが正確になって行く……!

 次からは、いきなりコクピットに攻撃が来るようになった。

 

 あろうことか、タイガーの色をした敵機は、友軍機の武器を奪い、他の友軍機を撃ち落としていく。


 迎撃しようと武器を向けても、既にそこにはいない。

 落とされた友軍機を踏み台とし、あるいは使い捨ての推進剤とし、敵機が縦横無尽に空を駆け回る。


「なんだ……! なんだ、こいつは……!! まさか、こいつが連合のエース……!!」


 虎縞のMCの攻撃はまさに必殺。

 確実にパイロットを仕留めに来る。

 回線を通し、絶叫がぶつ切りになる。


 それを幾度か繰り返し……。

 既に残るのは隊長機が一機。


「タイガーが……! タイガーが来る……!! ウグワーッ!!」


 射撃音が鳴り響いた。

 北欧純血連合が手に入れた、その機体の情報は音声データのみ。


 後にヘルタイガーと呼ばれるようになる。悪夢の化身の、これが始まりである。



 ※



「いやー、途中で推進剤切れたからめちゃくちゃ焦りましたよー! あ、少尉は死んでました……しょぼーん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る