第55話 ヤンヤン、狙われる!

 まずは邪魔者を片付けようということか。

 ゲルマ共和国の飛行巡洋艦群と、首長国の陸上戦艦群が戦闘に入った。


 通常であれば、空を飛ぶ側が優勢である。

 空中から一方的に、爆撃することができる。

 だが、首長国側は飛行技術を実用段階にできなかった代わりに、北欧純血連邦の飛行艦を仮想敵にしていた。


 降り注ぐFM弾の雨。

 落下と同時に、FM弾は非可動の機体を目掛けて突き進んでいく。

 周辺の建造物が、木々がFM弾の直撃を受けて破砕、粉砕される。


 この爆発の中、悠然と陸上戦艦群は変形を開始。

 頭上の飛行巡洋艦へと砲撃を行う。

 上面装甲は常に発光と鳴動を繰り返し、FM爆撃弾の対象にはならない。


「落とした方がいい?」


 ゴモラー・2の内部で、マリーヤが尋ねる。

 返答は首長国側の艦から。


『その必要はない。数ならばこちらが優勢だ。アタリ・ディッブンの性能はゲルマのアドラーを上回っている。時間が我々を勝たせてくれることだろう。だが、連合のスカラベは別だ。あれに搭載された虎は、我々で止めることが不可能だ』


「それはそうよ。だって彼、強いもの」


 マリーヤは得意げに笑った。


「彼の前では、数なんか何の意味もないわ。わかった。私は虎が出てくるまで待っているから」


 戦闘が続く。

 爆撃では陸上戦艦への有効打を与えられないということを理解し、飛行巡洋艦は搭載MC群を発艦させる。

 長時間の飛行戦闘を可能にした傑作MC、アドラーである。


 これを迎撃するように、陸上戦艦から砂色の新鋭MC、アタリ・ディッブンが飛び立った。

 まさに、世界でも最新のMCである。

 アドラーが有する、滑空用ウイングの制御機能こそ盛り込めなかったため、翼を持ってはいない。

 だが、空でアドラーに押し負けるようなことはありえない。


 空中でぶつかり合う二つの部隊。

 どちらも選りすぐりのエリートパイロットだ。

 連合の一般パイロットはおろか、コサック軍のパイロットでも遥かに及ぶまい。


「まだあのゾウムシは動かないのか!」


 クーゲルはブンデスアドラーの中で、敵の出現を待つ。


「虎(ティーガー)を名乗るとは、ゲルマの前で実に不遜な。それは我らが誇る古き名機の名だ。先日は不覚を取ったが、今回は好きにはさせんぞ!! この天才、クーゲル様がインフェルノへと突き落としてくれよう」


 誰も、第三軍の存在には気付かない。

 ヘルタイガーと陸上戦艦グワンガンが生み出した、MC戦争時代の怨霊。

 パッチワーク・ファントム。


 彼はじっと、宿敵が現れるのを待った。




「戦争が始まりましたねー。これ、何を目的にしてるんです?」


「分からん」


 艦長が顔をしかめながら、ドリンクホルダーのカップを手にした。

 中身はシェフ謹製のレモネード。

 ずびっと啜ったらかなり酸っぱかったらしくて、艦長の顔がさらにしかめられた。


「巻き込まれたらかなわん。ちょっと後退だ、後退」


「アイサー」


 操舵手の人がグワンガンを後退させる。

 この人、地味ーで自己主張しないんだけど、グワンガンで幾つもの戦艦をひっくり返してきた立役者ではあるんだよね。

 本当の凄腕はあちこちに潜んでいるのだ。


 グワンガンはちょっと後退したり、そこら辺りをチョコチョコ動き回ったりした。

 戦場からするとめちゃくちゃ目障りだったみたいで、爆撃や砲撃がぼんぼん飛んでくる。


 だけど操舵手の人の腕がいいので、いい感じでまともに当たらないところをちょろちょろ走る。

 陸上戦艦が常にちまちま動き続ける戦場!

 新鮮だなー。


「ヤンヤン、そろそろ格納庫に行ってろ」


「そうなんですか?」


「見ろ。首長国側にはあのデカブツが待ち受けてる。ゲルマは黒い機体がお前を待ってるぞ」


「ひえー、こんなモテ方はいやだあ」


「あ、ヤンヤン! さらにモテてるかもよ!」


 レーダー手さんから、全然嬉しくないモテ報告をもらってしまった!


「ええー、なんでですかあ」


「俺さ、周波数を限定しながらソナーっぽいことできるように色々いじってんの。そしたら、あそこ。砂山にしか見えないところにいるの、MCが一機。でかいやつ」


「ひえー! だって私相手じゃないかも知れないじゃないですかー」


「いやあ、グワンガンが動く度に反応もこっちに追随してくるんだよね。絶対ヤンヤンのファンだよあれ」


「あひぇー」


 めんどくさあい!

 私は渋々、格納庫へ向かう。


 こんなモテ方はいやだなあ。

 早くみんな退散してくれないかなあ。


 ※


 全く……虎縞の機体は姿を現さなかった。

 それどころか、機体を搭載している陸上戦艦は、バトルモードになって戦場をちょこちょこ走り回っている。


『ちょっとまだ出てこないの!?』


『まだ出てこないのか!』


『『何をモタモタしているんだ!!』』


 ついに、ゴモラー・2とブンデスアドラーがしびれを切らした。

 単機で戦況を変えうるMCが二機、戦場に躍り出る……!!


『と、止まれマリーヤ! まだその時ではない!』


『その時っていつ!? こちらから攻撃を仕掛けて、虎が出てこざるをえないようにするから! ……ええい、黒い鳥が飛んできてる! 邪魔!!』


『首長国の大型MCだと!? ほう、俺と戦うために出てきたわけか!? 良かろう! まずは虎の前に貴様を血祭りに上げてやろう!!』


 これを見て、パッチワーク・ファントムも混乱した。


『スア・グラダートを狙う二機が戦闘に……!? 計算外だ。だが、彼らが出たということは標的が現れるということ。データによると……データ…データ……。毎回異常な事態しか起こってない。データを照合できない……ぐ、ぐぐぐぐ、もがー!!』


 AIは考えるのをやめた。

 ついに、スア・グラダートを狙う刺客、亡霊MCであるパッチワーク・ファントムが姿を現した!


 そして、まだまだヤンヤンは戦場に出てこなかった。


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