第30話  ヤンヤン、友達と再会する!

 どこまでも続く砂の直上に、巨大な月が輝き出していた。


 少女兵士、マリーヤは目をつぶって思い出す。

 先程の環太平洋連合との戦い。

 いや、戦いと呼ぶには一方的過ぎた。


 マリーヤの乗機、超大型MCゴモラーは改修を施され、AIによる関与が可能な限り駆動系制御に限定されていた。

 つまり、マリーヤの意志のままに動く。


 死角なき動く要塞と化したゴモラーの前に、技術力で劣る環太平洋連合は成すすべも無かった。


「他愛もない、というらしい。全然やった気がしなかった」


 ため息をつく。

 首長国の研究所から出て、何度も戦った。

 そのほとんどの戦闘でマリーヤは勝利していた。


 ついにこの超大型MCを授けられ、これを駆る事となった。

 ゴモラーの猛攻を凌げたものはいない。

 ただ一人を覗いては。


「あの虎と……また戦いたい」


 マリーヤは呟く。

 そこは、既に戦場ではなくなった砂漠のオアシス。

 侵攻していた連合のMCたちは、砂の下に覆い隠されようとしている。


「退屈。私は戦うことしかできないのに、私でなくてもいい戦場にしか会うことができない」


 南部大陸同盟最強の戦士、マリーヤは戦いに飽いていた。

 あの、ただ一度だけ自分と互角にやりあった、虎縞のMCにまた会いたい。


 彼女はそう願った。

 砂漠の地平線に太陽が沈んでいく。

 背後から、夜が迫ってくる。


 月の輝きが増していく。


 明日もきっと、退屈な戦いに駆り出されるだろう。

 これほど退屈な日々を送るなら、いっそ寝返ってしまえば……などと考えるマリーヤなのだった。


 そこへ……。


「あれ! マリーヤじゃない! 久しぶりー!!」


 ガッチャンガッチャン言う騒々しい足音とともに、MWが駆け寄ってきた。

 その上には、以前に出会ったことがある少女の姿。


「ヤンヤン? ヤンヤン!」


 お互い言葉は通じないが、MW暴走事件の際に協力してこれを収めた仲だ。

 一緒に遊び、冷たい飲み物を口にした。

 あの思い出は彼女の中で黄金のように輝いている。


 これがきっと友達なのだろうと思った。

 そんな彼女と、まさかまた会えるなんて。


「ヤンヤン、久しぶり。どうしてこんな砂漠に? ううん、そんなことどうでもいいわ。また一緒に遊びましょ」


 MWに手を掛けると、マリーヤは一息に飛び乗った。

 ヤンヤンも楽しげに何か言っている。

 お互い全く言葉は分からない。


 だが、互いに出会えたことが嬉しいのはよく分かった。

 じゃあ二人でご飯でも食べようということで、オアシスの町にあるレストランに入った。


 マリーヤの身につけた軍服を見て、一瞬町の人々が警戒する。

 だが、ヤンヤンがメニューを開いて「うほー!」とか歓声を上げたので、店内の緊張が解けてしまった。


 オアシスの民の言葉は、マリーヤは少しだけ分かる。

 ヤンヤンのジェスチャーを見て、気になるメニューの説明をウェイターに聞く。


 チップを弾むと、ウェイターの態度も柔らかくなった。

 友人と楽しい食事をするのだ。

 店の空気を悪くするつもりはない。


 野菜と羊肉と混ぜ込んだ麺料理、具材を小麦粉で作った皮で包んだ蒸し料理、スープなどを注文し、二人で通じない言葉を交わし合う。

 仕草だけでも楽しい。

 どうして彼女といるとこんなに楽しいのだろう。


 食事の後、甘味を出してくれる店をはしごした。

 年若いのもあるが、マリーヤは宗教上の理由で酒を飲まない。

 だが、甘味だけは別だ。


 親愛なる友、ヤンヤンと一緒に食べる砂漠の町のシャーベットは格別だった。


「もう時間。また会おうヤンヤン、きっと」


「何言ってるか分かんないけど、また会えるといいねマリーヤ!」


 互いに握手を交わして、町の入口で別れた。

 ヤンヤンはMWに乗って、どこかに走り去っていく。

 不思議な娘だ。

 商人か何かだろうか?

 いや、素性を詮索はするまい。


 いつかまた、彼女とは会える気がしている。

 世界は広いのに、狭い。

 唯一自分にとって友と言える彼女と、こんな場所で再会できるのだから。


 砂漠の夜は、急激に寒くなる。

 少し星を眺めたら、凍える前に戻ろう。

 そうマリーヤは決めた。


 そんな彼女の耳に、大きな物が動く音が聞こえる。

 マリーヤは振り返った。

 そこには……。


 六本の足を動かし、砂漠を横断していく巨大な影がある。

 陸上戦艦……!

 あのシルエットは、南部大陸連合のそれではない。


 三本の巨大な衝角と、重装甲。

 明らかに接近戦を主眼としている作りは、旧世代の設計だ。


 見た目をやたらと気にする者が多い、北欧純血同盟はもう使ってもいないだろう。

 で、あれば……あれは環太平洋連合の船。


 まだいたのか……!

 いや、あれは見たことがない。


 恐らくは新手だ。


 マリーヤは己の母艦に連絡を取る。


「敵陸上戦艦を発見。環太平洋連合の船。私たちには気付いていない」


『了解。新型ゴモラーとアタリ・ディッブンの試験には丁度いい』


 砂の中に隠れていた、南部大陸同盟の陸上戦艦が姿を現す。

 長大な尾が伸び、先端の衝角が月光を浴びて煌めいた。

 砂をかき分ける、二本の巨大なハサミ。

 六本の足が激しく動き、巨体を浮上させた。


 陸上戦艦、アラッグラブラズィム。

 サソリ型の最新鋭格闘型陸上戦艦である。


 環太平洋連合の部隊を易々と壊滅させた、同盟宗主である首長国が、新たな獲物に襲いかかろうとしていた。


 ※


「ヤンヤン妙に機嫌いいすね」


「分かる? 買い物行ったら友達と会っちゃって。ご飯ごちそうになっちゃった! あ、整備長~! これ、頼まれてたオイル! スアに塗るの?」


「おうよ! 関節がヌルッヌルになるぞ。滑ってとてもまともに立ってられなくなりそうだが、ヤンヤンならそれくらいでちょうどいいだろ」


「楽しみー。もう、いつ相手が来ても万全だもんね」


 常在戦場、環太平洋連合のはぐれ陸上戦艦グワンガンは、いつでも受けて立つ構えなのであった。

 


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