第22話 ヤンヤン、占領された国でお茶を淹れてもらう!

 コサック軍の華国要塞が位置はあからさまなのだ。

 環太平洋連合軍本部があった場所を、そのまま使っているから。


 向こうのほうが数が多いし、技術力も高いから、こっちが攻めてきても大したことないとたかをくくってるんだろうか。

 艦長の話では……。


「コサック共和国には凍らない港が無いんだ。だからあいつらは、不凍港に固執する。どれだけ危険だと言われても、一度落とした華国から離れる気はそうそう無いのだろうな。奴らの習性みたいなもんだ」


 だって。

 つまり、離れたほうが合理的でもそれができないってことらしい。

 ふむふむ……。


 じゃあ見に行ってみようということで、私はスアで出発した。

 バックパックにタイヤをつけて、足でよちよち歩くとびっくりするくらい燃料を消費しない。

 ついでにスアのお弁当代わりに、燃料槽と武器なんかも荷車に詰めて引っ張っていく。


 私もお弁当持参だ。

 普段は一緒に動く、ウーコンとサーコンは……。


「自分たちは艦を守るっす!」


「かーっ、残念すなー。ここで手柄を立てるチャンスすけど、艦のためには動けないすなー」


 うおー、相変わらず役に立たない人たち!!

 いや、落とした機体の解体とかはやってくれてるか。

 今回は自分でやることにしよう。


 ということで、ガラガラと車を転がしていたら、山間からとんでもなく大きな都市が見えてきた。

 な、なんだあの都市はーっ!!

 いや、華国の都会でしょ? 知ってる知ってる、知識では……。


 産まれて初めて見る規模の、めちゃくちゃ大きい都市だ……。

 ひええええ、なんだこりゃあ。

 なんか全体的に砂色っぽい感じだけど、これは黄砂というのが吹き付けてくる時期だかららしい。


 あまり元気がない感じで人が歩いている。

 私は手近な森の中にスアを停めて、草木を被せて隠した。


 虎縞、案外こういう陽の光が差し込む森だと完全に保護色になるんだよね。

 ほら、見えなくなった。


 お弁当片手に都会にやってくる私だ。


 そうしたら、おじいさんが道端にへたり込んでいた。


「あたたたた、腰をやっちまった。参ったのう……」


「大丈夫ー?」


 村でお年寄りとの接触には馴染みがある私。

 こういうのは大概腰痛で動けないのだろうと声を掛けてみた。


「おお、今どき道端の老人に声を掛けるなんて、殊勝な若者だ……。どこかのアホな年寄が心配してくれた若者を訴えて金をむしり取ってから、誰も困ってる年寄を助けなくなってしまってのう」


「ひい、都会はなんて恐ろしいところなんだ……」


 いきなり都会の洗礼を浴びてしまった気がする。

 私はおじいさんに肩を貸しながら、家まで送ってあげた。


 ほえー、街のどこからでもコサック軍の本部が見える。

 そして、途中で街を巡回するコサック兵に会った。

 兵士は私たちをじろりと見ると、ふんと鼻を鳴らして通過した。


 なんかぶつぶつ言ってた。


「なんだあいつ」


「じじいとガキか、と言っておったのじゃ。お前さん、幼い見た目で助かったのう。あいつら、女と判断したら見境がないからのう」


「ひえ~」


 私は震え上がった。

 もうコサック兵滅ぼした方がいいんじゃないか?


 おじいさんの家は、古びた砂色のコンクリ製マンションで、その三階だった。

 この年で三階はつらいなあー。


 部屋まで戻ってから、おじいさんはありがとうありがとうとお礼を言ってきた。

 部屋は狭いなー。

 コンクリ打ちっぱなしで、一部屋しかない。


 二段ベッドが二つある。


「家族いるんですか」


「いや、わし一人だよ」


 なんかお茶を淹れてくれるらしい。

 腰をさすりながら、お湯を沸かしている。


「妻は娘をかばってコサック兵に殺されたよ。娘はあいつらに乱暴されて殺された。息子はコサック兵を殺すって息巻いて出て行って、それっきりだ」


「ははあー」


「くううう、コサック兵殺してえええ」


 本音が出た!!


「やっぱり?」


「当たり前じゃよ。外では監視と盗聴が怖くて何も言えないが、家の中なら本音も出てくる……」


 怒りにわななわ震える手で、お茶を淹れてくれた。

 お弁当にお茶がつくとゴージャスだね。


 シェフ謹製の弁当は多めに作ってもらったので、おじいさんに半分分けてあげた。


「おお、ありがたい……! こりゃあごちそうじゃなあ」


 ニコニコするおじいさん。

 二人で汚れた窓ごしに、遠くのコサック軍基地を眺めた。


「これは信じても信じなくてもいいんですけどねー」


「うんうん」


「私は実は強いパイロットで、すぐそこにMCを停めてあるんですよ」


「わっはっは」


 冗談だと思ったようで、おじいさんが腹を抱えて笑った。


「そりゃあ頼もしい。だけどどんなにあんたが強くても、コサック軍は数が多いんだ。一機じゃなんにもできんさ」


「なるほど……。でもコサック軍をなんとかしないと、街はしょんぼりしたままですよねえ」


「そうじゃなあ……。みんな下を向いて生きておる」


 おじいさんはため息をついた。

 そして、「美味しいお弁当だったよ、ありがとう」とお礼を言ってきた。

 不満は口にするけど、実行はできないもんねえ。


「しょぼくれている男は私も魅力を感じないなあ……。これでは婚活どころではない」


「婚活? 旦那さんになる人を探してるのかい」


「そうですそうです」


「そうかあ……だが残念だが、この街の若いものはみんなコサックに使われて歩兵をやらされたり、奴隷みたいな扱いをされておる。お前さんはまだ若い。早く外に逃げた方がいい」


「そんなにひどいことに」


 私は唸った。

 お弁当の味がわからなくなってしまった。

 あー、仕方ない。


 パイロットの腕が凄くても、なんにもならないなーなんて思っていたんだが。

 コサック兵を蹴散らすことくらいはできるもんなあ。


「じゃあ私行きますね。お茶ありがとう」


「ああ、こちらこそありがとう、優しい娘さん。久しぶりに娘と話せたみたいで嬉しかったよ。いや、娘はわしの下着を同じ洗濯機で洗わないでって言ってたな……」


 おじいさんが遠い目をした。

 人に歴史ありだなあ。


 じゃあ、いっちょやりますかあ。

 初めてちょっとやる気になった私は、トコトコとスアを隠した森に戻っていったのだった。


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