第20話  ヤンヤン、罠を踏み潰す!

 内通者が差し出してきた、ガリア軍派遣部隊壊滅の原因。

 それが目の前の旧式陸上戦艦、グワンガンだ。


 コサック共和国軍は、拍子抜けしていた。

 たかが一隻の陸上戦艦。しかも、この型は格闘能力に艦の容積を割いたため、わずか四機しかMCを搭載できなくなってしまったタイプだ。


 つまり、今出てきた三機のMC以外に敵戦力が存在するとしても、あと一機。

 その程度では、数によって敵を押しつぶすコサック軍に対抗などできるはずがないのだ。


「先頭にいる、あれが虎か。なんのことはない。アルバトロス型の改修機ではないか」


 コサック軍の旗艦に乗り込んでいた上級将校。

 彼が鼻を鳴らした。

 陸上戦艦三隻、MC五十四機からなる大部隊である。


「同志から通達が来ている。友邦たるガリアの顔に泥を塗った部隊なら、我らコサック社会主義共和国にとっても敵同然。完膚なきまでに蹂躙し、散っていったガリアの友の墓に捧げよ、とのことだ」


 上級将校が言葉を発すると、艦隊全体がピリッと引き締まった空気を纏う。

 この通達とは、絶対的命令に等しい。

 すなわち、蹂躙が決定されたということは、敵の一兵たりとも残さずに殺し尽くせという意味である。


 資源が乏しく、人が生まれづらくなったこの時代において、捕虜という存在は伝説上の生き物程度の意味しか持たない。

 彼らを確保する空間も有限だし、運ぶための燃料、そして食わせる糧食も馬鹿にならない。

 それならば事故に見せかけて殺してしまえ、というのが戦場ではまかり通る。


 コサック共和国は、これを忠実に守ることで大変悪名高かった。

 ちなみに彼らの自負としては、世界で最も慈悲深き軍隊というものである。


「敵艦に告げる。これより、我らコサック共和国バルス(ユキヒョウ)艦隊は正々堂々。貴君らに宣戦布告するものである。正しき戦闘をここに示さん。尋常に勝負をされたし」


 何が正しき戦闘だ。

 三VS五十四。

 完全な蹂躙劇ではないか。


 コサック軍の誰もがそう思った。

 敵艦は、連合軍の身中に潜んでいた間者に生贄として捧げられた存在だ。

 こんなもの、勝負にすらなりはしない。


 例え降伏したとしても、コサックはその言葉を聞き流す。

 終わりだ。

 彼らは大地の染みとなって消えることであろう。


 ここがグエン共和国の大地であることが唯一の救いだ。

 肥沃な大地は、血も油も吸い取り、後には何も残さぬであろう。


 彼らは皆、神に祈った。

 願わくば、眼前の異教徒どもが死の瞬間だけでも神の教えに目覚め、安らかに召されんことを。


 だがしかし。

 状況は急激な進展を見せた。


 まず、虎縞の機体が無造作に飛び上がった。

 圧倒的多数の敵を前にしているのである。

 そこで飛び上がるなど、的にしてくださいと言っているようなものだ。


「愚かな。アムール虎の勇猛さに及ぶべくもない。偽物の虎を仕留めよ! 虎狩りだ!!」


 上級将校の号令とともに、MC部隊は一斉に射撃を開始した。

 あわれ、虎縞の機体……純血連邦の旧式機を鹵獲したものであろうそれは、十字砲火の中で鉄くずになってしまうかと思われた。


 だが。

 弾が当たらなかった。


 しばらく射撃が続く。

 当たらない。

 どんどん、虎縞の機体が近づいてくる。


 隙間が無いような砲火の中を、当たり前のような顔をして飛んでくる。

 ちょこちょこと軌道修正しつつ、まるで砲火に空いた隙間がここだと分かっているかのように、虎縞の機体は飛んできた。


「何をしている! 撃ち落とせ! 撃ち落とせと言っている!!」


 上級将校が叫ぶ。

 叫ぶがどうにもならない。

 何しろ、誰一人として手心など加えていないからだ。


 最前線に立っていたコサック機が、虎縞と接触した。

 デスマン-3と呼ばれている機体だ。

 それが、唐突に腕をもぎ取られた。燃料槽を引っこ抜かれた。

 挙げ句、友軍からの砲火の盾にされ、穴だらけになって地上へ落下していった。


 後に残るのは、悠然と燃料交換を行っている虎縞。

 ついでのように、デスマン-3の持っていたライフルを斉射。

 これが、最小限の射撃で二機のデスマン-3を撃墜した。


「は?」


 上級将校が唖然とした。

 何が起きているのか分からない。

 いや、分かってはいるのだ。友軍機が三機撃墜された。


 あ、今さらに二機落ちた。

 さらに三機。

 既に虎縞は、友軍機の只中に入り込んでいた。


 同士討ちを恐れ、デスマン-3は射撃を控える。

 それに対して、虎縞からは周囲全てが敵である。

 適当に撃っているようで、引き金を引けば機体が落ちる。

 落ちる落ちる落ちる。

 落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる。


 MCの残機数は半分となった。


「おい!! 何だ! 何だこれは!! 同志になんと説明する! 相手はたかが三機のMCなんだぞ! しかも一機は旧式の……」


「失礼ですが同志」


「なんだ!」


「あと二機は陸上戦艦に張り付いて動いていません。我軍はたった一機に蹂躙されています」


「ムキィ!」


 銃撃音。


「ウグワーッ!」


 上級将校に進言した男が撃たれた。


「ええい、言い訳はいい! 同志は結果だけを評価する! やれ! やれやれやれやれやれ! 撃て撃て撃て撃て撃て!! なんとしてでもあの旧式を落とせ! あの偽物の虎を……。お、おい! なんだお前たち! どうして逃げる! 持ち場を離れるな! 離れたら射つぞ! 俺の言葉は同志の言葉である! おい、やめろ、止まれ、どうして逃げる……!」


 一人が上級将校の横を駆け抜けつつ、窓の外を指さした。

 上級将校がそちらを向くと……。


 コクピットを潰したMCをまるごと弾頭にして、虎縞が艦橋目掛けてぶっ放すところだった。


「えっ」


 燃料槽から火を吹きながら、機体が艦橋に突っ込んできた。

 そこに的確な射撃が当てられ……。


 陸上戦艦の艦橋が爆発した。

 今、コサック軍バルス艦隊は頭脳を失った。




「艦長、向こうの艦橋三隻ともぶっ飛ばしたんですけど、後はどうしたらいいです?」


『そのままにしといてくれ。グワンガンで三隻ともひっくり返すから』


「はーい」


 カブトムシ型になったグワンガンが、ノシノシ歩いてくる。

 周りのMCたちは完全に腰が抜けてしまったみたいで、地面に降りたまま呆然とこっちを見ている。


「それじゃ的だよう」


 私はお残しはしないので、ちゃんと全部コクピットを撃ち抜いておいた。

 悪いね、捕虜に食べさせるご飯は用意できないのだ……。

 グエン共和国でも、余裕があるわけじゃないからね。


 なむなむ。

 成仏してくださいよ……!


 仏様は寛大だから、きっと極楽浄土に迎え入れてくれますよう。

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