第57話 ヤンヤン、蹴散らす!

『まだだ! アドラーの翼を奪い、我が物顔で空を飛ぶとは許しがたい! このクーゲルが地に落としてやろう!!』


 滑空する私目掛けて、真っ黒なMCが飛びかかってきた。

 すぐに体勢を立て直すとか、不屈だなあ。


 ※


 パッチワーク・ファントムのAIが戦況を認識する。

 現在、上空にてスア・グラダートとブンデスアドラーの戦いが繰り広げられている。

 今まで攻撃を加えていた大型機、ゴモラー・2は静観の態勢だ。

 漁夫の利を得るつもりか?


『邪魔はしないで。虎は勝って降りてくる。そいつは、私の相手』


 スア・グラダートの勝利を確信している? 

 だが、交戦しているゲルマ共和国のクーゲルは北欧純血連邦最強のパイロット。

 そう簡単には……。


 とAIがこれまでのクーゲルの戦況を呼び出し、今後の戦いがどう進むかを予測していると……。


『ウグワーッ!? な、なんだそれはーっ!!』


 AIは驚くべき映像をカメラアイに映し出した。

 スア・グラダートのバックパックから飛び出したのは、二本の槍。

 これが二機が交差した瞬間、ブンデスアドラーの両翼を同時に粉砕したのである。


 すぐさま、槍はバックパックに収められる。

 態勢を崩したブンデスアドラーを、蹴り落とすスア・グラダート。


 まさか。

 AIはデータを照合する。

 スア・グラダートの出力が上がっている。


 ブンデスアドラー以上。

 推力に関しては、現状比肩しうるMCが存在しない。

 本来であれば、制御ができない次元のパワーを持っている。


 そんなものを相手に、いかに名機アドラーのカスタムとは言え、ブンデスアドラーでは性能に差がありすぎる。

 机上の空論でしかない性能を自在に発揮する、スア・グラダートを前にしては。


 否。

 あれはもはや、張子の虎を意味するスア・グラダートではない。

 スア・クローン。

 恐るべき猛獣、ベンガルトラだ。


 張子の虎は、ついに本物に成った。

 パイロットの腕でジャンク品を使いこなすのではなく、そのパイロットでなければ使いこなせない超高性能機が、最高のパイロットとマッチングしている。

 それが、あの虎の今の姿だった。


『スア・クローン。撃破。撃破……!!』


 パッチワーク・ファントムは計算をやめる。

 あの虎に撃墜された全ての者の恨みや憎しみを、AIは学習している。

 死の瞬間の絶望や衝撃をその身に宿している。


 計算など知ったことか。

 復讐こそが己の存在意義。


『撃破……!! お前はこの世界に、いてはいけないものだ……!!』


 全身に内蔵された火器が火を吹いた。

 たった一機で、一部隊に匹敵するような射撃だ。

 これをただ一機の相手に、逃げ場をなくすように撃ち込む。


 そして急接近しながら、両腕を変形させてナイフと斧に変える……!

 真っ向から押しつぶす!

 今までのスアの動きは、全てデータに入っているのだから。

 逃げられるはずがない。


 そんなパッチワーク・ファントムのカメラが捉えたのは、今までスアが持っていなかったものだ。

 ブンデスアドラーのFMランチャー。

 それがなぜそこに?


 槍で破壊されたのでは無かったのか。


『ほいほーい!』


 無造作とも思える動きで、ランチャーが発射される。

 それらは弾幕を掻い潜り……。

 ファントムの固定武装をことごとく破壊した。


 肉薄する、スア・クローン。

 相対距離が詰まるのが早すぎる……!!


 いや、敵がこの状況で加速したのだ!


 ファントムは白兵武器を振るう。

 機体の限界を超えた攻撃だ。

 だが、それを掻い潜り、FMランチャーがコクピットに命中した。


 止まらない。

 パッチワーク・ファントムの中に乗員はいない。

 コクピットなど飾りに過ぎないのだ。

 その全身にAIが宿る。


 故に、スアの得意な攻撃は無効……!!


『ひえー、おばけじゃん! コクピット空っぽ! じゃあバラバラにするかあ』


 猛スピードで交差するスアから、そんな声が聞こえた。

 相手は、オープン回線でしか通信してこない。


 バラバラとは……?

 何を言っているのか、AIは一瞬理解できなくなる。

 つまり、散発的にこちらを攻撃して牽制を行うということ。

 そう定義する。


 AIは理解できない、未知の状況に出会い、過去のデータを参照しても意味がない時、己に向かって嘘をつく。


 ゼロ距離で再び交差した瞬間、スア・クローンが急減速した。

 そして逆噴射。

 パッチワーク・ファントムと全く同じ方向に飛翔し始める。


 距離がゼロのままでの、超人的な曲芸飛行。

 斧とナイフは間合いを誤り、空を切った。

 再計算が行われる。

 敵位置を確認し、次は正確に……。


 と思ったところで、頭上から槍が叩き込まれた。

 槍が噴射とともに、杭状の穂先を叩き込んでくる。

 さらに真正面から槍が叩き込まれ、バックパックまで貫通。槍が噴射して、内部装置を破壊しながらその勢いですっぽ抜けた。


『─────────────!!!』


 AIの思考が寸断される。

 だが、まだ落ちない。

 まだだ。

 一片でもこの機体に憎しみが宿っている限り、パッチワーク・ファントムは止まらない……。


 AIの誤りは、相手が一片の憎しみを残すことすら許さなかったことであろう。

 槍が叩き込まれ、噴射が機体を寸断していく。

 全身に張り巡らされたAIのネットワークが連続できなくなる。


 ついには全身の内蔵電力部を破壊され、パッチワーク・ファントムは文字通り粉々になって地に降り注いだ。

 何百という恨みや憎しみが降りかかろうが、それは虎にとって毛ほどの重さにも感じないのだ。


 かくして、スア・クローンは地上に舞い降りる。

 その手には、パッチワーク・ファントムからぶっこ抜いた燃料槽。


『ほい、これで燃料満タン! 予備燃料積んでるんだもん。親切~』


『ついにやってきたわね、虎。私とあなたの決着の時よ……!!』


 二人の三度目の戦い、最後の戦いが始まる。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る