第45話


 神武歴496年が最後の日を迎えた。

 ノウスフォール地方に住む人々は、この闇月の最後の日に1年を振り返り、次の1年を迎える準備をしていた。

 イアルは、アイラの研究室で、アイラと2人でその日を迎えていた。


 魔法学園もすでに休みに入っていて、ほとんどの生徒は家に帰っている。イアルは、今もエモット家の家人という扱いのために、一度、ゼーレンの元に顔を出そう屋敷に戻ったが、タイミングが悪くルーカスと出会ってしまい、あうことが出来ずに追い返されて寮に戻っていた。

 後から聞くと、ゼーレンの体調はよくも悪くもなっていないということで、戻っても会えたかどうかは分からない。

 アイラも、しばらくゼーレンの看病を手伝っていたようだが、もう学園に戻って来た。

 他の寮生の3人も、それぞれ家や教会などに帰っていて、イアルが寮に1人でいたので、アイラがイアルを呼んでくれたのだ。

 2人で、イアルの取り巻く状況が大きく変わったこの1年を思い返しながら、ゆっくりと過ごした。


 特に、魔法学園に入学してから、イアルの生活は様変わりをした。

 これまでエモット邸だけでの生活だったものが変わり、多くの人と接することになった。

 それでも、イアルの立場がその場所で一番低いことには変わりはなかった。

 当然、立場が低い言えるに対する風当たりは強い。

 最初の演習試験を終えてから、イアルに対する、クラスメイトのあたりは更に厳しくなった。

 あの試験までは、クラスでは話しかけられないだけで、特に何かをされることはなかった。教室の中で孤立はしていても、イアル自身がまったく気にしていなかったため問題はなかった。

 だが、試験で、目立ってしまったイアルは、以降はことごとく、授業中や休み時間、果ては放課後まで、まとわりつかれ、嫌がらせを受けるようになった。自由に過ごせる時間は削られて、監視状態のため寮と教室の行き帰りしか出来なくなった。もしもアイラの研究室にも顔を出していることが知られたら、アイラの立場が悪くなりそうだった。

 マリーネが一度見かねて、ノエルを通じて動こうとしてくれたが、それはイアルが辞めてくれと頼んで断った。

 そんなことをしても意味がないとイアルは分かっていた。上の立場の人間が、王族が口を出したら、少しの間表面上は収まるかもしれない。けれど、人が集団で集まる以上は、絶対に上下が発生する。それが無くなることはない。今は、イアルの立場が低いから堂々と嫌がらせをしてきているが、これが陰でこそこそやられるようになるのが一番嫌だった。それは、精神的にきつい。

 そのことを、イアルは、前世の黒斗が受けていたイジメから知っていた。

 ジャン達クラスメイトの行為は、地球で、天谷黒斗が、小学生の時に受けていたイジメを思い起こさせていた。


 たとえ、世界や文化が違っても、人間は変わらない。

 イアルはそのことを痛感し、そして、自分の中にある曽我黒斗の記憶が夢などではなく間違いなく、本人が経験したモノだと変なところで実感していた。


 それでも、イアルには、貴族というしがらみがない分、まだ、マシだった。

 既にジャン達は、同級生の中で下を作って、その人間を馬鹿にして見下すことが日常になっている。そんな彼らは、イアルがいなくなったら、次にいじめても問題ない人を探す。

 貴族のしがらみもあるその人はもっとヒドいことになってしまうだろう。だから、イアルは自分がいる間は、憎悪を一身にまとめておいておけばいいと思っていた。

 どのみち、イアルは同級生の評価はまったく気にしていないのだ。


 一方で、上級生との絡みは意外に思うほどなかった。

 オルガンからは何も言ってこないので、アイラとの婚約話がどうなったのか聞けていない。アイラに聞けば分かるのだが、聞きづらくて聞けいていないイアルだった。

 また、アウグストに関しては、イアルが不自然に思うほど、学園内でまったく絡んでこなかった。

 これには、ジャンも不審がっていた。ただ、それも、イアルの行いが悪すぎたせいらしい。イアルの非常識に行動に呆れて言葉もでないのだとジャンは言っていたが、恐らく、ヨアヒムが何かを言ったのだと、イアルは思っている。


 いろいろと思うところはあっても、魔法学園に入学してよかったとイアルは思っていた。

 エモット家にいては知れない、エルザス王国の内側に着いても少しは知ることが出来た。

 学校で、年が近い人達と、机を並べて学ぶ。

 イアルは、そんな経験を自分が経験出来ると思っていなかった。

 実は、クロトの記憶にあったそんな学校風景を見て、憧れを持ってもいた。

 残念ながら、友達と言えるような人とは巡り会えていないが、それでも、この数ヶ月は無駄ではなかったと思っていた。


 ジョアンが言っていた異世界から勇者がくるまで、後1、2年しかない。

 そろそろ、動き出すべきかもしれないとイアルは考えていたが、マリーネの精霊の言葉が気がかりだった。

 妖精について、何か手がかりを得たくて、マリーネに頼んで精霊と話をさせてもらおうとしたが、まったく相手にしてもらえなかった。

 なので、その時が来るまでは、エルザスにいようと決めた。



 そして、日付が変わり、神武歴497年になった。

 聖戦の終結から、6年が経ち、ノウスフォール地方の各国が、それぞれの形で、混乱から脱却をして、今年はこそは、力強く、発展する年になる。

 そんな人々が希望を抱きながら、迎えた。

 

 けれど、その新年は、人々の願いもむなしく、最悪の幕開けを向けた。


 1年の始まりの日。

 この日は、本当なら、各国が新しい年を迎えて賑やかに過ごす日だ。

 けれど、今年は誰にも、そんな余裕はまったくなかった。


 ノウスフォール地方のある場所では火山が噴火をして、大規模な火災が起こった。同じ時に、他の場所では、大雨が降って、川が氾濫し、濁流が流れた。また、別の場所では、地面が揺れて、大地が裂けた。そして、風が樹木をなぎ倒し、人や家畜はおろか、家までも吹き飛ばした。

 その日様々な災害がノウスフォール地方の各地を襲った。


 イアルがいるエルザス王国でも、様々な災害が起こったが、特に、雨による被害が大きく、いくつかの村が流された。

 同時多発的に起こる自然災害に人々は、精霊の怒りだと、不安に怯えた。

 そして、噴火も、大雨も、地震も、台風も、たった数時間で、不自然なほど一気に治まった。

 それが、人々には精霊からの何らかの警告のように感じられた。


 多くの人が死んだ。多くの人が家族を失った。家を失った。生きていく糧を失った。


 人々は、次はいつ同じような災害が起こるのかと怯えながら毎日を過ごすことになった。


 人々は、魔物の脅威に怯えていた時や聖戦が始まった直後と同じように、生きていくのに必死になった。


 ほんの数時間だけ発生し、信じられない被害を出しながら、あっという間に治まった災害。

 各国はその後始末の対処に追われた。


 それは、イアル達、魔法学園に通う生徒にも影響を与えた。

 魔法学園に生徒の中には、領地を持っている貴族の家柄の人間が多く通っている。

 彼らは、この非常事態に対して、学園を休学して、自分たちの領地に戻り、その対応に当たった。


 その結果、学園に残った生徒達は半数を切っていた。

 そして、残った生徒の中には実習という名の下で、被害にあった村などを回り、救助にあたる生徒もいた。

 イアルは、ここで、積極的に働いた。

 天地を揺るがす、災害が起こった状況下で何もしないということを、イアルの中にある、曽我黒斗の記憶が許さなかった。


 イアルは、すこしでも犠牲者を減らすために尽力し、他の人々も、目の前にある出来ることを精一杯行っていた。


 エルザス王国だけではなく、多くの国で、同じような状況が起こっていた。


 だから、気づくのが遅くなった。


 各地で、魔物による被害が出ていることに。

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