第25話


 会話をしながらアイラの後について学園の中を歩いていくイアル。

 しばらくすると、アイラが扉の前で立ち止まった。

 扉の向こうからは、話し声が聞こえる。


「着いたわ。ここがこれからイアルが通う教室。今日はまず、入学式をするから。国王陛下の挨拶もあるからしっかりね」

「はい」

「でも、相変わらず、イアルは緊張はしてないみたいね」

「そんなことないですよ。緊張してます」


 イアルは否定するがアイラは信じてくれない。


「屋敷にいるときと変わらない、いつも通りの涼しい顔をしてるわよ」

「表情にでないようにしてるだけですよ」

「そう。まぁいいわ。入るわよ」


 言って、アイラが扉を開ける。

 扉が開いた瞬間、中の声が一斉にやむ。

 中には30人程度の生徒が既にいて、みんなが一斉に入ってきた人間を見る。

 アイラは、イアルに生徒が座る席を示すと、講師の席に向かった。

 席に指定はないようだ。


 イアルは視線を浴びても気にせずに、最前列の席に着く。


 今、ここの教室にいるのはイアルと同じ今日から魔法学園に通う新入生だ。

 ヴァルターもいずれ、来るはずだが、まだ来ていないようだ。


「今入ってきた方、どなたかご存知ですか?」

「いえ、見たことない顔です」

「年も、俺たちと同じには見えないな」

「そういえば、急遽、平民の子供の入学が決まったと父上が言っていたような」

「そんな。幸い、今年の入学者には、平民はいないと聞いていましたのに」

「では、あの男が?」

「そうじゃないですか」

「ああ。仕方ないとはいえ、平民と同じ教室で学ばないといけないとは」


 いろいろ言われているイアルだが、何か反応したら負けだ。

 特に、積極的に友達を作るつもりがないので、席でじっとしている。

 

 後ろの方では、元々の知り合いらしい貴族が既にグループを作って話している。一部の生徒はイアルのことを指差して笑っている。なにやら、盛り上がってるようだ。

 アイラが、怒ったようにその様子を見ている。


 他の生徒と仲よくしようという気がないないイアルにも、イアルのことを指差して笑っている生徒にも腹を立てているようだ。


 しかし、平民のイアルの方から、他の生徒の集団に積極的に話しかけることは、この場にいるアイラ以外の全ての人が不敬だと思うだろう。


 イアルがそんなことを考えていると、扉が開く音がした。

 また、教室の中が静かになる。

 新しい生徒がまた、入ってきたようだ。


 すると、教室の中にいた、新入生のざわめきが聞こえた。


「なんで、あの人が」

「今日は、新入生だけのはずでは」


 後ろの生徒の声の意味が分からないイアルは、入ってきた生徒を見る。


 年齢は恐らく、イアルと同じ年か少し下。青い色の短い髪。


 そう観察していると、その女の子は、イアルの前に立ち、顔をのぞきこん来る。

 いきなり身近に現れた、きれいな顔に、おもはず、顔をのけぞらせるイアル。

 その顔は、この前見た、ヴァルターに似ている。もっと言えば、マリーネに似ていた。


「あ、あの」

「ああ。ごめんなさい。あなたがクロト、で合ってる?」

「は、はい」

「そう」


(そこで黙らないでくれ)

 

 観察するように見てくる彼女にイアルはどうしたらいいのか分からない。正体に見当がついているだけに余計にやりにくい。


 それまで騒がしかった後ろの生徒達の声も一切聞こえない。

 

 彼女がイアルから目をそらさないため、イアルもそらせなくなっている。


 すると、彼女に影が差した。誰かが彼女の後ろに立ったようだ。


「痛っ」


 悲鳴のような声を上げると、彼女は後ろに飛び下がった。


「痛いなあ。何するの」

「テーニア。あなたこそ、何をしてるのよ」


 そこにいたのは、さっきまでいた彼女と似た顔の女性、マリーネだ。

 頭をはたいたようだ。

 そして、マリーネがテーニアと呼んだということは、彼女は、先代国王・ハインリヒの娘で、ヨアヒムの妹になる。

 つまり、マリーネやヴァルターの従姉だ。


「だって、噂のクロト君見てみたかったんだもん」

「何故、入学式の前の教室に入ってまで、確認する必要があるの。これから、同じ学校に通うことになったんだから、いつでもいいでしょ」

「相変わらず分かってないなぁ、マリーネちゃんは。少しでも、早く見てみたいものでしょ」


 仲よさそうに言い争っている2人に口を挟むことが出来ないイアル。

 教師を含めて、教室中の視線が2人の王女と傍にいる平民に向けられている。


(ほんと、なんでここにいるんだ。今日は、新入生だけで、在校生は来ないはずでは)


 少しの恨みをこめて、アイラを見るが、全力で首を振られた。

 当然だが、王女の行動をアイラが知っている訳がない。


 改めて、イアルは、2人を見る。


 マリーネは、この前あったときは、疲労で体調を崩して倒れたが、もう問題ないようだ。元気に、テーニアを怒っている。

 テーニアは、マリーネの言葉を気にした様子もなく、怒られているはずなのにニコニコと笑っている。


 どうしようか悩んでいたイアルだが、いつの間にか、2人の会話も止まっていた。


「クロト。この前は、ヴァルターを助けてくれたお礼も言えずにごめんなさい。改めてヴァルターを、弟を助けてくれてありがとう。そのことにはお礼はする。けれど、私たちとあなたの間にははっきりとした身分の差がある。ヴァルターとは座学と実技両方同じクラスだと思うけれど、これからは、そのことを自覚してくれるかしら」


 マリーネは、まっすぐにイアルを見て言った。

 その瞳は透き通っていて綺麗だが、力強い。そんな場違いな感想をイアルは持ってしまう。


「マリーネ様。わざわざ、私のようなものにお声がけいただきありがとうございます。ご助言まで・・」

「マリーネちゃんたら、そんなこと言っちゃって。最近ヴァルターがクロト君の話ばかりするから嫉妬しちゃって。八つ当たりはよくないよ」


 イアルの返事にかぶせるように、テーニアがマリーネに絡んでいる。イアルが困ったように、マリーネは呆れたようにテーニアを見る。

 しかし、その視線を気にすることなく、テーニアはマリーネの顔を覗き込んでいる。


「はぁ。テーニア。もう帰るわよ」

「はぁーい。それじゃあ、クロト君。またね」


 結局、イアルは、何も言えずに、マリーネとテーニアは教室から出て行った。

 教室にざわめきが戻った。


「今の、マリーネ様とテーニア様だよな」

「なんで、このクラスにいらしたのかしら」

「ヴァルター様がこのクラスに入られるのは聞いているが」

「あの平民と何を話されていたんだ」

「あの男、何者だ」


(何をしにきたんだ)


 イアルもそう思っていた。

 本当に、イアルの顔を見に来ただけなのか、何か裏があるのかテーニアからは何も分からなかった。

 分かったのは、テーニアの自由奔放さと、それに振り回されているマリーネの真面目さぐらいだ。

 彼女達も、水のクラスなので、実技では一緒になる。


 マリーネが関わってくることはないだろうが、テーニアの動きは読めそうにないのでまた、どこかであうことがありそうだ。


 それからも、ぽつぽつと、生徒が入ってきたが、もうすぐ指定されていた時間という時に、ヴァルターが入ってきた。


 テーニアが入ってきた時よりは小さいがざわめきが起こっている。

 やはり、王族は注目度が他の貴族とは違う。


 ヴァルターは、緊張した様子で教室に入ってきたが、イアルに気がつくと、少し嬉しそうに笑っていた。

 それから、一緒に入ってきた人と並んで席に座る。

 恐らく、一緒に入ってきたのは、国王派の貴族なのだろう。幼いころから、ヴァルターの側近になるべき育てられてきたに違いない。

 イアルがジョアンの傍にいたように。

 しかし、ヴァルターが彼に向ける顔には緊張がある。まだ、それほど、

親密な関係は作れていないようだ。


 ヴァルターが最後の生徒だったらしくそれからほどなくして入学式が始まった。


 年に1度の魔法学園の入学式だ。

 この場には大勢のエルザス王国の貴族が顔を見せていた。


 エルザス王国国王、エヴァルト=エルザス。現在の最高権力者と呼んでいいグラフ公爵に、彼に対立している派閥の主、ザルムート公爵。そして、5年前に大きく当主が亡くなり、力を落としてたため権力争いから離れてしまった、魔法学園学園長を務めるウィンテール公爵。

 イアルが名前を知らないだけで、他にも錚々たる顔ぶれが参加しているんだろう。


「今日、歴史あるエルザス王立魔法学園に新しく将来ある若者である諸君を迎え入れることを嬉しく思う。そして、入学した諸君が、学園で多くのことを学び、身につけ、エルザス王国をより発展させ、エルザス王国の新しい歴史を築いてくれることを、また、それを次世代へとつないでくれることを願う」


 エヴァルト国王の挨拶が終わった。

 挨拶の途中でイアルはエヴァルトと目が合った気がしたが、気のせいだと思うことにした。

 そう、思いたい。

 それよりも、イアルが気になったのは、学園長のガウフ=ウィンテール公爵だった。

 彼が、壇上に立った時から、イアルは全身に鳥肌が立った。そして、話を始めると、ジョアンから与えられた精霊達が何かに怯えるようにざわめいた。

 不気味な何かを、ウィンテール公爵にイアルは感じたが、その正体は分からなかった。

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