第4話 エデン王国④

 

 イアルの目からまた涙がこぼれそうになる

 それを必死に堪える。

 今、泣き出すわけにはいかない。

 まだ、ジョアンの最後の頼みを聞いていない。


「ジョアン王子。最後の、4つ目の頼みは、なんですか」

「ああ。一番大事なことだ。イアル。お前は、オレの分まで生きてくれ。俺が出来なかったことをしてくれ。妻をめとり、子を育て、そして、エデン王国が亡くなった後の、この世界の行く末をずっと見守ってくれ。これが、最後の頼みだ。もしも、自分の命が危ないと少しでも、思ったなら、さっきまでの俺の頼みなんか無視して構わない」

「王子・・」

「イアル。俺の分まで、幸せになってくれ」

「ジョアン王子・・ジョアン王子ぃ」

「だから、そのために、俺の力を、お前に託す」


 ジョアンの言葉と同時に、イアルとジョアンの身体が不思議な光に包まれた。その不思議な光が消えると、イアルが自分自身にかけていた魔法は解けていることが分かった。今のイアルは、金髪のジョアンの姿ではなく、本来の銀髪の姿に戻っていることが、見なくても感覚で分かる。背も、元の自分に戻り縮んでいるため、服が大きい。

 そして、


「これ、は?」


 思はず、そんな言葉がこぼれる。

 イアルの目に映るのは、とても、小さくて、そして、綺麗な光。

 赤、青、黄、緑。それぞれが、精霊術を司る、火、水、土、風の四大精霊を表す、4色の色が、丸い小さな球体の形をして目の前に浮かんでいる。


「俺の力の根源。今、イアルの目の前にいるのは、俺に力を貸してくれている、精霊達だ。この子達を、お前に託す。必ず、お前の力になってくれる」


 ジョアンが指をイアルの額に当てる。

 そして、何かを呟いた。

 ジョアンの言葉が終わると同時に、小さな光の球体に過ぎなかったそれが、姿を変える。

 小人。

 4人の小人が目の前に浮かんでいる。

 彼らは、口を開いて、何かを言っているようだが、イアルには何も聞こえない。

 イアルが、ジョアンを見ると、ジョアンは頷いた。


「今、イアルにも、4人の精霊が見えているはずだ」

「これが・・」

「ああ。彼らが、俺の契約精霊だった。彼らが力を貸してくれたから、俺は、最強の精霊術師だった」


 ジョアンの力の根源。それは、そのまま、ノウスフォール地方最強の精霊術師の力を意味するが、目の前の小人の姿を見てもまったく実感がわかない。

 イアルは初めて見る精霊の姿に困惑する。


「契約者ではないイアルでは、この子達を使いこなすことは一生出来ない。使えても、俺の半分の力も出せないだろう。それでも、役に立つことはあるはずだ」

「ジョアン王子・・」

「そんな顔をするな。イアル。もしも、自分の命が危ないと思ったなら、俺の頼みなんか無視をしていい。たとえ、他の何を犠牲にしても、お前は、自分の幸せを掴んでくれ。そして、自分のために生きてくれ」


 こぼれる涙を抑えることが出来なかった。

 ジョアンの言葉にイアルは何かを返すことが出来なかった。


 ただ、絶対に、この大切な主の最後の頼みを果たす。それだけを胸に誓う。


 ジョアンがその場を立ち去った後も、イアルは、じっとその場に立っていた。

 そんなイアルの周りを、4人の精霊達はクルクルと飛び回っている。


 次の日の朝、侵攻軍の攻撃が始まるまでに、人類の歴史上、初めて自由に空を飛ぶ精霊術を開発した、ジョアンが、空中に飛び侵攻軍にエデン王国の降伏を告げた。


「我が名は、ジョアン・エルドラド。我がエデン王国の滅亡を望むモノたちに告げる。今後、エデン王国の国民に一切の手出しを禁ずる。これを呑むのなら、エルドラド王家は、第1王子フィリペ・エルドラドと第2王子たる我、ジョアン・エルドラドの首を持って停戦に応じよう。しかし、もしも、これ以上、我が民に手を出すというのなら、我が最大の精霊術を持って、今ここにいる10万を超える将兵の命を奪う」


 宣言と同時にジョアンはこれまでに誰も見たことがない規模の精霊術を発動させる。精霊の愛し子と称される王子に生み出された漆黒の球体は、先の言葉が単なる脅しではないと思わせるだけの禍々しい説得力と恐怖を感じさせた。

 それを使えば、その術の中にいるモノは人も動物も、植物も、全てが消えてなくなる。

 細かい制御が出来ない術で、エデン王国の国民を必ず巻き込むために今まで使おうとすらしなかったジョアンの秘技。


 ただ、イアルだけは分かっていた。

 昨日、イアルにその力の根源たる精霊を託したジョアンが無理をしていることが。

 そんな、ジョアンの姿を、誰よりも近くで、イアルは目に焼き付けた。


 そこからの展開は早かった。

 もともと、フィリペの行動のせいで、一刻も早く戦争を終わらせて、自国に戻りたいと思っている各国の首脳部は2人の王子の首とエデン王国の滅亡という戦果を持っての終戦に飛びついた。


 まずは、城内にいた人たちが、王都を囲む侵攻軍の外側に出た。

 侵攻軍が、何もせずに、彼らを見送ったことを確認すると、ジョアン・エルドラド第2王子が、全ての人が見ている中で、自ら命を絶った。

 その首を、イアルは、侵攻軍の本陣へと運び、ジョアンの死を証明した。

 エデン王国において、最強の戦力であり、他国にとって、最大の脅威にもなっていた最強の精霊術師ジョアンの死が確実であることを確認すると、城を包囲していた各国は即座に、ほとんどの軍を引いた。

 そして、人が少なくなった、エデン王国の城で、約束を果たすために、フィリペ・エルドラド第1王子も、自ら命を絶った。


 結果、第2次聖戦後に起こった、人類同士の戦いのきっかけとなる戦争は、およそ3月という、期間で終結をみた。

 エデン王国の滅亡と多くの国々の王たちの死亡という人類にとって最悪の、誰も望んでいなかった形で終わりを迎えた。


 

・・・・


 そして、最後まで城に残り、2人の王子の最後を見届けた数少ない人間の一人である、イアルは、その場から、動けなくなっていた。

 イアルは、祖国、エデン王国が滅びる時を見ると、ジョアンの首を抱えたままその場に立ち尽くした。


 初めて自分の手で人を殺した。

 主・ジョアンの命令で、切腹をしたジョアンの介錯をした。

 ジョアンの首を落とした感覚が今も、手に残っていた。自分にはこれから先を生きていく資格がないのではないかと思った。死にたいとも思った。けれど、それは、主の遺言とも言える命令が許してくれない。生きないといけない。

 誰よりも将来を嘱望され、未来を期待されていたジョアンがその先をイアルに託したのだ。

 ジョアンの、そして、エデン王国の最後を見るという、1つ目の命令は既に果たされた。

 これからは、2つ目以降の命令について動かなければいけないのに、イアルの足は何かに掴まれているようにまったく動かなかった。


「イアル」


 ずっと、動こうとしないイアルだが、声をかけられた顔を上げると目に映ったのは見知った顔だ。レオポルド。

 フィリペの側近だった彼には、イアルはジョアンと一緒によく怒られていた。そのため、このような状況でも、その声を聞くと、条件反射で背筋が伸びる。

 他国から逃れてエデン王国に来た立場でありながら、その才能をフィリペに認められ、引き立てられたレオポルドは、孤児から引き立てられたイアルに、王子に仕えるもの同士、色々とアドバイスをくれた。

 イアルにとって、レオポルドは、公私で世話になり、ジョアンや家族の次に、身近で、頭が上がらない苦手な相手だ。


「俺たちは、フィリペ様の遺言を果たすために、もう城を出る。お前はどうする?」

「・・」

「俺がフィリペ様に後を託されたように、お前もジョアン様に何かを託されたはずだ」

「・・はい」

「主を、国を守れなかった俺たちが、出来るのは、その遺志を、思いを、守り次につなぐことだけだ。だから、お前も、そのまま、じっとしていることで、ジョアン王子の思いに答えられると思うならそうしていればいい」


 その言葉に、イアルの瞳に少しだけ力が戻る。


「だが、一つ言っておく。何もしないことの理由に主を使うな。お前の主は、ジョアン王子は、お前が生きて自分の意志を継ぐことを望んでいるはずだ」


 イアルはまるで、鈍器で殴られたように、ハッとした。

 まさに、今、自分がジョアンの死を理由に動くことを辞めていた。

 

「お前がこのまま、何もせずに、終わるのなら、それは、お前のような奴に後を託したジョアン王子の失敗だ」

「そんなことは」

「ジョアン王子が間違っていなかったと証明出来るのは、後を託された者のこれからの行動だけだ」


 イアルの顔が完全に上がる。

 その顔を見たレオポルドは、初めて会ったときのようにイアルに笑いかけ、声をかける。


「俺たちはしばらく潜伏をした後、目的に向かって活動を始める。お前がジョアン王子の遺志を継ぐなら、また会うこともあるだろう。そのときまで、生き残れ」

「はい」


 2人の王子の最後を、自分たちが仕えていた国の最後を見届けるために、エデン城に残っていた人たちが、それそれに託された遺志を胸に、城を立った。


 そして、結局、一番最後まで残っていたイアルも、もう枯れてしまった涙の跡を拭い、ようやく動き出すことにする。

 

 一度歩き出すと脇目を振らずに、すこしでも早くと急いで城から離れる。

 まだ何かしかけがあるのではと怯えながら少しずつ進んでいる軍を尻目に、包囲を抜けたイアルは、王都から少し離れた場所にあるエデン王国の歴代の王達が眠る墓所にたどり着いた。ここまでくると、もう、城も王都も見えない。


 イアルは、3歳の時に拾われてからの6年間を過ごしたエデン城を思い浮かべる。すると、これまでにあったことも、一緒に頭に浮かぶ。ひとつひとつの思い出をすぐに思い出すことが出来る。そして、その中で、イアルはずっとジョアンと一緒だった。イアルは、ジョアンとずっと一緒に育ったのだ。そのジョアンは、もう居ない。イアルは、ジョアンを守る役目を与えられていながら、守ることが出来なかった。

 本当の親を知らないイアルにとって、ここがエデン王国こそが、故郷だ。いつか、必ず、この場所に戻ってこよう。

 イアルは、エデン王国の歴代の王達の墓前で誓う。


 そのとき、今までに見たことない景色がイアルの頭の中に浮かんだ。

 イアルとしてこれまでに歩んで来た6年間とそれ以前の朧げな3年間の記憶を合わせたこの世界で生きた9年間を押し流すように、何かが頭の中に流れ込んでくる感覚があった。

 必死にそれに抵抗しようとする。

 しかし、頭が割れるような痛みに抗えず、イアルは意識を失った。

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