第3話 エデン王国③


 イアルは、これまで、エデン王国は、国王夫婦を一方的に突然殺された被害者だと思っていた。まさか、フィリペが、報復として他国の王族たちを既に手にかけている事なんて重いもしなかった。

 けれど、最初に手を出したのは向こうだ。国王を先に侵攻軍に殺された事実に変わりはない。だから、エデン王国は、最後まで、戦い続ける。イアルはそう思っていた。


「イアル。俺も兄上も、これ以上エデン王国の民がこんな無駄な戦争で死んでいくのを見たくない」

「ですが・・」

「ああ。今のままだと侵攻軍も軍を引けない。彼らにも、戦争を終わらせるための結果が必要だ。それは王家の血を継ぐ、兄上と俺の首だ」

「ジョアン様!!」

「イアル。俺は、この戦争を止めるために自ら命を絶つ」

「ダメです。たとえ王国が滅びようとあなただけは生きないといけない。エルドラド王家の血を誰よりも濃く継いでいるあなたには、まだ果たさないといけない義務がある」

「イアル。これは俺たち兄弟で話し合って決めた事だ。エデン王国の誰にも覆させない。そのうえで、お前に頼みがあるんだ。イアル」

「違います。私は、自分の命を身代わりにしてでも、あなたを助けるために今日まで生きながらえて来たのです。それが私の役目です。どうか、私に役目を果たさせてください。王子が望んでくださるなら、この城からでも包囲を破って必ず、逃がしてみせます」

「イアル。俺は、王家の人間としての役目を果たす。だから、イアル。お前には、俺の影としての役目ではない、違う役目を与える」

「イヤ、です。お願いします。どうか、考え直してください」

「イアル。お前にしか頼めない事だ」


 ジョアンが命を捨てる覚悟をしている。

 それは、この場に現れたときの顔を見て分かった。

 だから、そう言いだすことを、イアルは覚悟をしていたつもりだった。けれど、言葉を突きつけられると、その覚悟は簡単に揺れてしまった。

 それでも、この主の意思を変える事はイアルには出来ないのだ。それも分かっている。

 だから、流れてくる涙を止める事は出来ない。

 イアルは、孤児だったところを拾われてからの6年間、過ごしてきた意味をあっさりと奪われた。


「イアル。今から、俺の頼みを話す。それを聞いて、どうするか自分で決めて欲しい」

「自分で?」

「ああ。お前のいままでの俺の影としての役目はもう終わった。だから、俺の命令にこれ以上従う理由はない。今から話すのは、俺からの友としての頼みだ」

「友としての頼み、ですか?」

「ああ」

「これから死ぬ俺が、果たせないことをお前に託す」

「・・」


 ジョアンの命を助けるという、イアルの今までの人生の意味を果たす事が出来ない。

 ならば、今から、与えられる新しい役目だけは絶対に果たさないといけない。

 そうでなければ、イアルが今日まで生きて来た意味が本当になくなってしまう。

 王家を守るために命を散らした家族に、仲間に顔向けが出来なくなってしまう。

 なんとか涙を止めて、ジョアンの最後の命令を聞く。


「わかり、ました。ご命令を、我が主、ジョアン王子」

「頼みたい事は4つ。

 1つ目は、俺の最後を見届けること。そして、エデン王国の民の無事を、停戦まで見守る事。

 2つ目は、今から数年後、ここノウスフォール地方に、異世界からの勇者という異物が現れるらしい。彼らが、この世界で何をするのかを監視し、見定める事。

 この2つが兄上にも話をした、俺がイアルに頼む事だ」


 ジョアンからの命令を、イアルは自分の中で考える。

 これまでは、ジョアンの命令にただ、従うだけで良かった。

 けれど、これから、ジョアンがいなくなるなら、最後のこの命令だけはしっかりと理解しておかないといけなかった。


「・・1つ目は分かりたくないけど、分かります。ですが、2つ目は、どういうことですか?異世界からの勇者って言うのは・・」

「それが、兄上にも話していない、3つ目の頼みにもなる。

 兄上いわく、今から数年後、だいたい、7、8年後と予測されているが、およそ500年前に現れて、第1次聖戦を戦い、魔王を滅ぼしたとされる、異世界からの勇者が、再び現れるらしい」

「4人の勇者の存在は、子供でも知ってます。けれど、その活躍のほとんどは伝説上の作り話ではなかったのですか?それに、異世界からとは・・」

「俺もそう思っていたが、兄上は、勇者の力も、伝承通りだと考えているらしい。そして、勇者はこの世界とは違う世界から来るらしい」

「フィリペ王子がそうおっしゃったのですか?」

「ああ。そして、これから現れる、勇者も、おとぎ話の中の勇者が、魔王との戦いでベルフォール大陸の地形を変えたように、この世界で好き勝手するだろう、というのが兄上の考えだ。何らかの確信があるらしい。だから、それを止めるためにイアルにも力を貸して欲しいと兄上から頼まれた」


 異世界というのはいまいち分からなかった。これまで、イアルの世界は、エデン王国とその周りだけで完成していたから。けれど、それは置いておく。

 おとぎ話で語られる勇者は、常に、正義の味方だった。絶対の強さを誇る勇者が味方をしたほうが、歴史の勝者となり正義になっていた。だが、ジョアンはまるで、勇者を敵のように語っている。いや、ジョアンに話をしたフィリペが勇者を警戒しているのだろうか?


「勇者を止めるには、俺やイアルのような無属性の人間が必要らしい」

「ジョアン王子は精霊術師なので、無属性の俺とは違うと思いますけど」

「教会が決めた分類では精霊術師は、無属性の魔法使いと同じ扱いだ。分かってるだろ?」

「それはそうですが・・。そうだとしても、同じ無属性でも俺の力は王子の足下にも及びません」

「それは俺も兄上もわかってる。力の大小ではなしに、属性を持っていないことが絶対条件らしい。魔法の6属性のいずれかに適正を持つ者はどれだけ強大な力を持っていても勇者の力の前には役には立たないと、兄上は言っていた」

「そう、ですか」

「そして、その勇者について兄上は何かを企んでいる。その企てを止めて欲しい。兄上を止めてほしいというのが俺からの3つ目の頼みだ。どんな手を使ってでもいい」

「俺がフィリペ王子を?」

「そうだ。兄上は勇者に関することで大事なことを知っている。そして、それを、俺に隠している。恐らく、兄上の部下の中でも、信用している一部にのみ話しているんだろう。つまり、それは、俺にも知られてはいけない、兄上の秘密があるということだ。イアルは、それを見定めてくれ。そして、イアルの判断で兄上を止めたほうがいいと判断すれば勇者を殺してでも止めて欲しい。俺の代わりに。明日死ぬ俺には、出来ないことだからな」

「あの伝説の勇者を俺が殺すのですか?」

「そうしないといけないと判断したならやってくれ」

「ですが・・」

「これは、恐らく誰かがやらないといけないことで、俺が頼めるのはイアル、お前だけだ」

「・・フィリペ王子が、何か企んでいるとしても、フィリペ王子も明日ジョアン王子と一緒に亡くなられるのでは」

「ああ。だが、それでも、兄上なら、そんな状況でも何かを企み、実行する。それが出来る人だからな」


 ジョアンとフィリペの仲はいい。お互いの事をよく分かっているこの兄弟は、喧嘩をした事もなく、たまに弟のジョアンがわがままをいい兄のフィリペを困らせていた程度だ。武の天才であるジョアンが、文の天才フィリペの事を尊敬し、敬っていいたので次世代のエデン王国も安泰だと言われていた。

 そのジョアンが、尊敬する兄であるフィリペの事をこれだけ警戒している事が意外だった。いままでは、一番の長く一緒にいたイアルにすら、フィリペの事を悪く言った事はなかったのだ。


「確かにフィリペ王子なら出来そうですが・・」

「確実にやる。それは確信出来るが、それが何なのかまでは分からないのだ。だが、やはりそれは誰かが止めないといけない何かだと思う」

「王子の勘ですか?」

「そうだ。イヤな予感がする」

「分かりました。ジョアン王子のご命令、必ず果たしてみせます」

「ああ。頼む。それと、勇者についてだが、兄上が言っていた。勇者が現れると同時に、この世界に妖精が現れると」

「妖精、ですか?」

「ああ。精霊とは似ているが違うモノらしい。だが、どんなものなのか俺にも分からない。兄上は、精霊と同じで決まった形をしているものではないと予想していた。妖精を勇者よりも先に探して、集めないといけないと兄上は言っていた」

「それは、見つけられるんですか?」

「わからん。だが、俺のように精霊を見る事ができる、特別な力を持つ人間がいる様に、妖精も見る事ができる人間もいると俺は思ってる。少なくとも、兄上はなんとかして、探そうとするだろう。だから、その存在は、頭に入れておく必要がある」

「・・分かりました」

「イアル。これが最後だ。いままで、俺と一緒にいてくれてありがとう。お前の存在が俺を助けてくれた」


 そう言うと、ジョアンはイアルの事を抱きしめる。


「イアル。後の事は全てお前に任せる。俺はお前にならすべてを任せる事が出来る」


 ジョアンのその信頼が嬉しかった。かけてくれる言葉が嬉しかった。

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