第2話 エデン王国②


 エデン王国は小さな国のため、城も王都も小さい。王城の上の方に登ると、王都を取り囲んでいる各国の兵士たちを見ることが出来た。

 だから、ここからは、最初の混乱がおさまり、滅亡の未来を受け入れても、それでも、何かに抗おうと必死の抵抗をするエデン王国民が見えた。

 侵攻の中で大きな犠牲を出しながらも、勝利を疑わず、その国民の無駄な抵抗をあざ笑い、楽しそうに殺そうとしている王都を取り囲んでいる他国の兵士たちも見ることが出来た。

 必死の抵抗をする国民も、彼らを殺そうとする侵略者も、感情が高ぶり、普通の精神状態ではない事は眺めていてすぐに分かった。

 責める側も責められてる側も士気が高い。

 戦いはどちらか一方が滅びるまで終わらない。そう思わせる何かがそこにはあった。

 それでも、最後に、滅びるのは間違いなく、エデン王国だ。

 それがわかっていても、エデン王国の国民は、今日も日没になり、侵攻軍が兵を引くまで、見事に戦い続けた。


 先ほどまで、行われていた、そんな悲惨な光景を何も出来ずにただ、じっと眺めていた子供、イアルは、戦争の経験は初めてだった。

 戦いの経験も小さな魔物討伐についていき、1、2体を倒す。そんな経験を何度かしたことがある程度だ。もちろん9歳の子供である事を考えると、同世代では経験がある方だ。しかし、その程度の経験しかないイアルは、この前まで行われていた、第2次聖戦にも従軍しておらず、本格的な魔物たちとの戦いには、一度も連れて行ってもらえなかった。


 けれど、1度だけ、支援物資の搬送のために前線に向かい、魔物との戦いの場を、遠くからではあるが見たことはあった。

 いま、王城から見えている光景は、その時とはまったく別物だった。


 ただ、力の限り暴れるだけの魔物と、知恵を使って、力で及ばない魔物を倒す人間。その戦いは、分かりやすかった。


 人と人との戦いは、それとは違った。

 今戦っている彼らは、ほんの数日前まで一緒に魔物たちと戦った仲間だったのだ。


 倒したら、魔石を残して体が消える魔物とたとえ死んでも姿形が変わらず、死体が残る人間。

 同じ戦いという言葉でも、戦い方が、戦いの捉え方が全く違った。

 異形の形を魔物ではなく、自分たちと同じ姿をしている人間を殺す。

 言葉にするとこんなに簡単だが、誰にとっても決して、好んでしたいものではないはずだ。


 自分の力で他人を傷つけた時、初めて人を殺した時に感じる恐怖や恐れについては、魔物との戦いに赴く前にいろいろな人が教えてくれた。

 そして、みんな口を揃えて、お前には人との戦いはまだ早いという。

 それでも、イアルは同じ国に住む仲間を一人でも助けることが出来るならば、戦いの場に飛び出して戦いたかった。たとえ、その先にどんなにつらい事が待っていたとしても。

 けれど、それは許されていなかった。

 敵を殺すことがイアルの役目ではないからだ。


 孤児だった自分が拾われて、家族の一員として認められ今まで育てられたのは、その珍しい魔法の力が適した役目があるからだとイアルは理解している。

 他の何かを犠牲にしてでも、主であるエデン王国第2王子、ジョアン・エルドラドを守ること。

 ジョアンの影として、何かがあった時に身代わりになること。

 そのために、イアルは、魔法を使い、ジョアン第2王子の姿を映し取り、まったく同じ姿になっていた。

 それが、親を知らず、街に捨てられていた子供を引き取り、イアルと名付け、6年間育ててくれた家族と主から与えられた役割。

 そのためだけにイアルは育てられてきた。

 

 城を囲んでいる軍の最終目標は、2人の王子。

 たとえ、エデン王国が滅ぶことになったとしても、主の、ジョアン・エルドラド第2王子の命だけは助けないといけない。イアルはそう決心していた。

 そして、その使命を果たす日は近い。そう感じていた。

 戦いが始まってからジョアンはずっと、イアルと一緒にエデン城で、戦いの行く末を見守っていた。

 時には、最前線で兵士を励まし、時には、後方から精霊術で支援をする。

 10歳のジョアンは王族として、出来るだけのことをしていた。

 そして、国王陛下とともに、祝勝祭に参加しながら、なんとか逃げ延び、王都に向かいながら、防戦の指示を出していたフィリペ第1王子が、2日前、城に戻った。

 2人の王子は、それからずっと、話し合いを続けている。


 奇謀で知られるフィリペが戻った以上、これからは新しい展開を見せる。

 そう思ったから、イアルは、いまや、エデン王国の唯一の領土になった、王都全体を見渡せるこの場所で朝から待っていた。

 イアルには、主であるジョアンはここに現れるという確信があった。

 だから、いざという時の準備は終わっていた。


 そうして、待っていた相手はやはり来てくれた。


 エデン王国第2王子、精霊の愛し子。ジョアン・エルドラド王子。

 エルドラド王家の血を誰よりも濃く受け継いだ次世代の英雄。

 そして、魔法を使ったイアルが容姿をコピーをしているため、今は、まったく同じ顔をしている主。


「イアル、待たせたな」

「いえ」

「兄上との話しは終わった。これから俺たちが、エデン王国がどうするかも決めた。いや、兄上は既にどうされるかを決められていた」

「そうですか」


 そういう風に話すジョアンは、落ち着いていた。フィリペが帰ってくるまでの何をしたら良いのか決められずにいた時とも、周りの人間を振り回すことを、人生の楽しみにしているいつもとも違っていた。


「兄上は、すべてを決めて、今兵士たちにもその話しをしにいっている。俺も、本当ならついていくべきだったんだが先にお前と話しがしたくてな」


 その表情に浮かぶのは、死を受け入れて覚悟したものの顔。

 この表情をしているときのジョアンは真剣だとイアルは知っている。


「その上で、俺がやるべきことのためにイアルにやってもらうことがある」

「っ・・」


 普段とは違うジョアンの落ち着きがイアルから、冷静さを奪おうとする。それをなんとか押しとどめる。

 今にも叫び声をあげたかった。そんな顔をしないでくれ。いつものように笑ってくれ。いつもみたいに、イタズラを仕掛け、周りの人を困らせてくれ。そう言いたかった。

 けれども、ジョアンの顔を見るとそんな言葉は出てこない。

 ジョアンの日常を奪った戦争が憎かった。

 それでも、覚悟を決めたジョアンの様子にようやくイアルも覚悟を決める。


「はい。どのようなことでも、まかせてください」

 

 そう言ったイアルにジョアンは小さく笑いかける。


「ああ。俺が一番信頼するお前にしか頼めないことだ。よろしく頼む」


 ジョアンに本当の気持ちさえ伝える事も出来ない。

 その苦しみを分けてもらう事も、共有する事もイアルには出来ない。

 それでも、こんな自分にもまだ出来ることがある。今のこの追い込まれた状況でもジョアンは必要としてくれている。

 血のつながった家族を知らず、育ててくれた家族をこの戦いで既に亡くしているイアルにとってジョアンは、もはや、自分のことを必要だと言ってくれる唯一の存在である。

 だから、こんな状況でも、自分を頼りに信用してくれることが嬉しかった。


「そうだな、まずは整理のためにも、なぜ今の状況になったのかから話すか。

 といっても、俺も兄上から聞いただけだが」


 ジョアンの話は、何故、エデン王国が各国から攻められることになったのかから始まった。



 エデン王国は、ノウスフォール地方の国々にとって魔族から絶対に守らないといけない場所に位置していた。エデン王国が魔族たちに敗れ、滅びてしまうと、魔族や魔物たちは、エデン王国以南の国を滅ぼしたときと違い、目的もなく、ただ、大量に無秩序にノウスフォール地方全土に散らばり、あらゆる国を民を襲う危険性が高くなる。

 なぜなら、その侵攻を一手に引き受けることの出来る可能性がある国が、エデン王国以外には存在しないから。


 だから、エデン王国はノウスフォール地方を守るための最後の砦としてすべての国々にとって必要だった。


 それゆえに、エデン王国はいつまでもずっと存在するものだとみんなが思っていた。

 

 けれど、この話には前提があることをエデン王国の国民はみんな忘れていた。

 

 エデン王国はノウスフォール地方に住み人々にとって絶対に必要だ。

 魔族との戦いが続く限り。

 

 そう、魔族に対する人類の防壁となって戦ってきたエデン王国が滅びた理由は簡単だった。


 魔族との戦いが終わったから。


 これまでノウスフォール地方の人々は、神域に侵入してくる魔族に対して一丸となり長い間戦ってきた。エデン王国は最前線になる前も、なってからもその中心となって防衛ラインを築き、その侵攻を食い止めた。

 そして、およそ30年前に第2次聖戦を発動し、ついに、魔族たちの群れを神域から追いやり、人類の支配域の安全を図ることが出来た。

 すぐに侵攻されない程度の痛手を魔族たちに与えてたことで、ついに安寧の時が訪れたと、エデン王国の国民は思った。

 復讐をしたいと願っていた戦士達はすべにこの世を去っており、ただ強くなりたいと願っていた戦士たちも、休息を求めていた。


 だが、魔族という外敵との戦いの時代が終わるということは、べつの時代が始まることを意味していた。

 それは、国同士、人間同士の戦いだった。


 ノウスフォール地方の国の主達は、魔族との戦いが最終局面になったと感じたときから、いや、それ以前からその後を見据えていたのだろう。

 ただ一国、常に魔族との戦いの最前線に立ち、その脅威に立ち向かっていたエデン王国を除いて。


 魔族がいなくなった後の神域での覇権争い。

 各国の王達は、すでに、聖戦の次を見ていた。


 そんな他国にとって、魔物がいなくなったノウスフォール地方の覇権を競うために、最も邪魔となり、脅威を感じるのは、最強の軍事国家であることを自他ともに認めるエデン王国だった。

 精強を誇る軍隊と魔族との戦いで名を挙げた幾人もの英雄たち。そして、そんな彼らを率いる最強の血筋たるエルドラド王家。

 その存在は、魔族という敵と戦うときは味方として頼もしくても、敵となる可能性を考えたら恐怖の対象にしかならない。

 その考えを全ての国が持っていた。


 だから、各国で覇権争いをする前に協力をして一斉に襲うことにした。一番の脅威を取り除くために。


 そして、その企みは半分成功した。

 エデン王国には、国を統べる国王はもういない。

 けれど、そこで誤算が生じる。祭典に参加するはずの第1王子が、姿をくらましたせいで殺しそこねた。

 フィリペ第1王子は、両親と自分を襲う計画がある事を知ると、少ない家臣を率いて真っ先に逃げ出した。

 各国は、国王暗殺ともに式典に参加していたエデン王国軍も壊滅状態すると、次の指導者である第1王子が帰国するより先に、まだ何も知らない、エデン王国への侵攻を開始した。

 味方だと思っていた軍に突然侵攻されたエデン王国は、最初こそ、ろくに抵抗出来なかったが、すぐさま抵抗を開始し、侵攻軍の速攻は、思ったよりも成果を挙げることが出来なかった。

 その後は、国王を殺されたことを周知し、気力を削ごうと試みたが、逆に復讐のために戦意を高めた国民の強固な抵抗にあった。それでも、戦力の差は覆せず、エデン王国は、王都を残し陥落した。


 その裏側で、式典の場から逃れた第1王子、フィリペ・エルドラドの行動は常軌を逸していた。

 自身への襲撃を察知し、身を隠したフィリペは、エデン王国に侵攻するための軍が出立するのを見届けると、聖都の中に潜伏した。そして、祭典の場に残り、エデン王国が滅びた後のノウスフォール地方について熱く議論を交わそうとしていた、主要国の要人の会議に潜り込んだ。


 そして、その場で、参加者していた人を殺した。たった一人。教会の指導者である、教皇を除いて。


 それだけの事をすると、フィリペは、エデン王国へと戻りつつ各地に指示を出し、その事実を今日までに誰にも知らせずに、防衛の指揮をとっていた。


 一方的に、エデン王国を侵略するだけだと思っていた侵攻軍は、自分たちが気づかない間に、仕える主を殺されていたのだ。エデン王国の国民と同じように。


 侵攻している各国の状況は様々だ。

 国王が殺されて、必死に後継者が立て直そうとしている王国。

 皇帝が殺されて、後継者争いが勃発している帝国。

 議長が殺されて、機能不全に陥っている共和国。

 後継者が殺されて、怒れる国王によって1つにまとまった王国。


 現在のノウスフォール地方は、魔王領域が現れて、魔族に侵攻されていたとき以上の混乱の極みにあった。第1次聖戦後の混迷期に建国し、およそ500年の歴史を誇る各国が、これまでいかなる魔族の侵攻にも揺らがなかった国が初めての危機に瀕し混乱していた。

 その中で、たった1つだけ、各国の間で共有されている事がある。

 エデン王国は滅ぼさないといけない。


 だから、侵攻軍は、エデン王国を滅ぼすまで、戦いを辞めない。


 このまま戦いが続けば、エデン王国の国民は、一人残らず、殺されてしまう。


 ジョアンの話はそう締めくくられた。

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