第1話 エデン王国①


 神武歴491年。


 ベルフォール大陸の北部にあるノウスフォール地方では、教会が主導して行われていた30年以上に及んだ魔族討伐戦争、第2次聖戦がついに終わりのときを迎えた。


 ノウスフォール地方は500年前から、2つに領域に分けられている。

 500年以上前に突如として現れた魔物が跋扈し、魔王直属の配下の魔族が支配する、瘴気に包まれた魔王領域。

 そして、人が住むことが出来る魔王領域以外の領域。

 人々は、その瘴気に侵されていない人間が住める場所を神様に保護された領域として、神域と呼んだ。

 その中には、普通の人が目で見ることができない神々の僕である精霊たちの住処であり、亜人たちが守護し、人間が入ることを許されていない、聖域と呼んで崇めている場所も含まれる。


 魔王領域の出現によって、ノウスフォール地方は、大陸中心部との連絡が一切とることが出来なくなり、孤立している。

 そして、魔王領域は、少しずつ、確かにその領域を広げていた。

 1年では、その広がりは分からない。しかし、出現から、500年がたち、当初からは大きくなっていることが確認されている。

 第2次聖戦は、人類に残された支配圏である神域にベルフォール大陸の中心部から長い時間をかけて、侵入してきた魔物たちを、魔族が支配する魔王領域に追い返すために始められた人と魔族との戦いだ。

 神武歴457年、教会から発せられた神託の旗の元に、人類はさまざまな思惑こそあっても、ノウスフォール地方にあるほとんどの国が協力し、魔物との戦いに参加した。


 その、人間側の軍隊の中心となって戦ったのはエデン王国だ。


 エデン王国は、神域の中で、南部の平野にあり、ノウスフォール地方の中では、人も少なく領土も小さい小国だった。

 エデン王国以南の土地は、魔王領域から北上してきた魔物の侵略を防ぐことが出来ず、国はすべて滅び、人々は北側へと逃げて離散した。そのため、およ150年前に、エデン王国が人類と魔物の戦いの最前線になった。

 そして、最前線になった、その150年間、エデン王国は、魔物達の北上をひたすら食い止め続けていた。


 無尽蔵に湧いてくる魔物の侵攻を止めることが出来たのは、ひとえに、エデン王国が抱える軍隊が、ノウスフォール地方でも抜きん出た力を持っていたからだ。

 エデン王国は、元々、ノウスフォール地方では小国ながら、その軍隊は精強を誇る軍事国家だった。

 その成り立ちは、魔族に故郷を滅ぼされた人達が、魔族に復讐するために、集まった人間の集落にさかのぼる。

 ある日、突然現れた魔族たちによって、なす術も無く、家族は故郷を失くした人達は、ただ、魔族達への復讐の機会だけを求めた。復讐の牙を研ぐために助け合い、支え合い、新しい集団を形成した。その残った命を、魔族達との戦いのためだけに燃やすために。

 そんな集団に、同じ境遇の人達が次々に集まり、一番強い人間が長となった。

 そうして、集まった人々は、魔族がノウスフォール地方に侵攻するために必ず通る場所に、エデン国を作った。

 そのため、エデン王国は、魔族達との戦いでは常に、最前線で戦い続けた。

 魔族や魔物の脅威に常にさらされることで、復讐の気持ちを忘れること無く、魔族への恨みを抱き続けて、戦いを続けた。

 

 けれど、時代の流れとともに、世代が変わり、いつしか、魔族への復讐ではなく、ただ、強さのみを求める戦士の国になっていた。次には、大切な故郷をになった国土を守るための兵士の国になった。

 そして、復讐ではなく、純粋に強くなりたい、守りたいと願う人間の思いもまた、強かった。

 魔族や魔物との戦い抜いてきた兵士達は多くの実戦経験を積み重ね、一人一人の兵士が強くなり、他の国の軍隊を引き離し、圧倒的な強さを持つようになった。

 エデン王国の小隊は他の国の中隊に匹敵する強さを持ち、エデン王国は、国土こそ建国当時と変わらず狭いが、その強大な軍事力でいつのまにか他の大国と肩を並べる存在になっていた。


 そして、同時に通常、1人では敵わないとされているはずの魔物にすら単身挑み、殺して帰ってくる王国兵たちは各国から畏怖される存在になっていった。

 その中でも、エデン王国のエルドラド王家は代々特別な血脈を守り続け、王族が扱う精霊術は人の限界点。神の領域に片足を突っ込んでいるとまで言われる特別な存在だった。


 そんな、エデン王国が、人間の魔族に対する最終防波堤として、ノウスフォール地方中の国からの支援を受け、ずっとその侵略を防ぎ続けてきた。

 強固な抗戦を続けた、エデン王国は、その立地、兵の強さ、成り立ち、王族の血脈の特別さを兼ね備えた、ノウスフォール地方のすべての民にとって、魔族に対抗するためのよりどころになっていた。

 そうして、それまでは常に魔族に攻め込まれていた状況がエデン王国によって、長い膠着状態になったことを人類側は好機ととらえた。

 後に、第1次聖戦と呼ばれることになった500年前の戦いの後に出来た教会が、歴史上初めて、聖戦の始まりを宣言し、第2次聖戦を開始したのだった。


 第2次聖戦が始まる時、エデン王国は間違いなくノウスフォール地方で最強の軍事国家だった。そのため、その軍事力を、他国は大いに頼り、そして、エデン王国の軍隊は、その期待に応え続けた。

 結果、聖戦が始まってから、およそ30年余りの月日がたち、多くの英雄と犠牲者を生み出した戦争は、ついに人類側の勝利で終わった。神域から魔物達を一掃する事が出来たのだ。


 その勝利にノウスフォール地方のすべての人々が湧いた。これで、長い間、脅かされてきた魔物の脅威がなくなったのだと、みんなが喜んだ。


 討伐に参加していた各国の軍隊は、ノウスフォール地方中を回り凱歌をあげた。


 そして、聖戦の終わりと同時に、その第2次聖戦の人類勝利の最大の立役者である小国、エデン王国が滅びのときを迎えようとしていた。

 

 それは、最初は、聖都で起こった。

 兵士達は各地を巡り、最後に、聖戦の名目上の主、教皇のいる聖都で最大の祭りが開かれた。


 その、過去に類を見ない最大の祭典の最中に事件は始まっていた。


 この聖戦で、一番多くの魔物を殺し、一番大きな武勲をたて、一番多くの英雄を生み出した国。

 祭典の主役となる英雄達。

 終戦の時には英雄の統べる英雄たちの国と言われるようになっていた、エデン王国の国王夫妻が殺された。


 そして、祝勝祭の最後に、魔族との戦いを終え、祭典に参加していた十万を超える軍隊に一つの命令がくだされた。

 その命令の内容は、エデン王国の討伐。

 魔族との戦いの勝利を、そして、戦争の終わりを祝うために集まっていた人々は、一斉にエデン王国に向けて進んだ。

 新しい戦いを始めるために。


 標的は、祭典に参加せずに生き残っていたエデン王国の2人の王族。

 祭典の直前に姿をくらました麒麟児と名高い第1王子、フィリペ・エルドラド。

 僅か10歳ながら誰よりも精霊に愛された精霊の寵児と呼ばれる最強の精霊術師、第2王子、ジョアン・エルドラド。


 エデン王国の国民は何が起こったのか最初は誰も理解できなかった。

 国民達が何が起こったのかを理解する前に、エデン王国の領地は十万もの軍に侵略されていった。


 そして、何が起こったのか国民が理解したとき、絶望が国中に一気に広まった。


 常に、戦いの最前線にいたエデン王国は、魔族達との戦いで最も苦しんだ国でもある。

 戦いを、強くなることを望んだ人々も疲れていた。

 今の国民は、復讐を志した世代ではなく、ただ、強さを求めた世代でもない。

 ただ、今のエデン王国に生まれ、愛着を持ち、故郷になったこの国を大切に思っていた。

 その国民は、長く続いた苦しかった魔物との戦いが一端の終結を見て、、これからは明るい世界が待っていると信じて疑っていなかった。けれどそんな少し前まで思い描いていた楽しい未来はあっさり壊された。

 ほんの数日前まで肩を並べて明るい未来を語り合っていた人たちが住む国々によって。

 そして、侵略する兵は時間の経過と共にどんどんと増え絶望の声が増えていく。


 攻めて来る人たちに、そして、その侵攻を認める世界にエデン王国の国民は激怒した。

 彼らにとって、エルドラド王家の人間は誇りだった。彼らに仕え、彼らとともに戦うこそが至上の使命だった。

 その国王夫婦を殺し、王国の未来を担う、その子供たちを殺そうとしている国々にたいして、すべての国民が力の限り暴れた。

 皮肉なことに、未来を奪われた絶望が、抵抗するための力になっていた。

 最強の名をほしいままにして、魔族との戦いで、どの国よりも頼りにされていたその力が、侵攻してくる全ての軍隊に等しく襲いかかった。

 それらの抵抗は、各国に多大なる、そして、予想外の被害を強いることになった。

 それでも、多勢に無勢。

 侵攻が始まってから3ヵ月も経たないうちにエデン王国は、王都を除くすべての街を焼き払われ、その王都も、まもなく、最後の時を迎えようとしている。


 そんな、状況で、エデン王国の国民は最後の盛り上がりをみせていた。

 まるで、天に昇るようかのように、炎が燃え上がり、夜も、昼間のように、あたりを照らしている。

 自分たちの人生の最後を悟り、怖いものがなくなり死を受け入れた、彼らは、まさに最強の軍隊となっていた。誰一人として、子供も、女も、老人もこの絶望的な状況から逃げ出そうとする人はいなかった。

 最後まで、王家の大切な王子たちを守るために、戦おうとしている国民たちを王城から呆然と一人で眺めている子供がいた。

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