妖精夢想譚

余田明宏

プロローグ


 (あぁ、またやってしまった)


 神武歴496年。

 ベルフォール大陸、ノウスフォール地方、エルザス王国王都モゼール。

 この街中で、今日もまた、ありふれた喧噪が起こっている。 


 そんな喧噪の一つに、愚かにも自分から飛び込んだ俺は、自分が、起こした行動のせいで起きている結果に目を向ける。


 俺に身体ごとぶつかられて倒れている男。

 何が起こったのかわからず、驚いた顔で倒れた男をみている倒れた男の仲間たち。

 俺がぶつかった男に腕を掴まれていた為、一緒に地面に放り出されてしまい、男と同じように倒れた少年。それまでかぶっていたフードがまくれ上がり、整った顔をさらし、膝をついて、何が起こったのか分かっていないのか呆然としている。

 そして、そんな俺たちをただ見ているだけの、スラムに住んでいる住人達。

 彼らは、余計なことに自分から首を突っ込んだ俺のことを馬鹿にしたような、そして、面倒くさそうに、それでいて、すこし、状況の変化に興味を持って見ている。

 これから問題が大きくなり、自分たちが巻き込まれることを恐れつつも、自分とは無関係の問題が娯楽として、提供されていると思っているのだろう。


 そんな周囲の視線を振り払い、倒れている子供の手をつかむ。その手を引っ張り、立ち上がらせると、そのまま手を引いて、一緒に走り出す。


「逃げるぞ。ついてこい」

「えっ。あ、はっ、はい」


 少年は混乱はしていても、取り乱してはいない。

 俺のことを敵だと疑っているかどうかは分からない。

 何者か疑問には思っているだろう。

 それでも、詳しく状況を説明している余裕はなかったので、手を引かれるまま、素直についてきてくれたことは、説明の手間が省けて助かった。


 俺は、そのときになってようやく、先ほどまで、一緒に買い物をしていた人に少しだけ視線を向ける。本当なら、買い物の付き添い兼護衛である俺が、その途中に役目を放り出してこんなことをすることが許されるわけがない。けれど、彼女なら、困ったような、呆れたような顔をしつつも、笑って頷いてくれるだろう。 そう思っていた。

 けれど、視線の先にいた彼女が浮かべていたのは、驚きと、困惑の表情だった。

 あまり見ない、彼女の表情にどんな意味があるのか知りたかったが、そんな余裕はなかった。

 逃げ出した俺達に、それまで何が起こったのか分からず固まっていた男達もすぐに立ち上がり、追いかけてくる。


「待て。その子どもを逃がすな」

「すぐに、捕まえろ」

「追いかけるぞ」


(俺は、また、何をやっているんだ)


 これまでにも同じような行動を何度も繰り返している。

 

 その度に何でこんな行動をしたのかという後悔と間違ったことをしていないという思いがこみあげる。


 それでも、結局、俺は他人の問題に自分から頭を突っ込んでしまう。

 自分の手が届く範囲で起こった問題は、自分に関係がないと分かっていても無視することが出来ない。

 目の前で、そんな場面に出会うと条件反射のように、体が動いてしまうことを止められない。自分ではすべてを解決する力を持たないにもかかわらず。


 強い者が弱い者から搾取する

 弱い人間はただ、強い人間にただ黙って従い、生きていく

 それがこの世界での正しい生き方

 完璧な神様ではなく、不完全な人間が決めた、この世界のルール

 正しいかどうかを決めることが出来るのは強者のみ

 ゆえに、強者こそが正義


 5年前、世界が変わったあの時まで、俺はそんな世界を当たり前のように受け入れていた。この世界のルール以外を知らなかったから。

 なのに、あの日、意識を取り戻した時から、そんな当たり前のルールに素直に従うことに疑問を持ってしまった。

 俺が生まれ育ったこことは異なる世界で過ごした、まったく別の人間の記憶が、俺の中に生まれたから。

 後から流れ込んできたその人間の記憶が、この世界では不必要な正義感で、この世界の俺の、俺が昔から抱えている事情、目的をまったく顧みずに身体を、突き動かす。


 体内を駆け巡る衝動が身体を突き動かす。


 そして、自分がとっさにしてしまった行動を振り返りながら、自分がイヤになる。


 これまでに何度も繰り返してきた過ちだ。


 ーー何が正しくて、何が間違っているのかわからない。

 ーー今の俺は、まだこの世界に適応できていない。

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