第27話


 翌日から、授業が始まったが、新入生だけの座学は、イアルにとって衝撃的だった。

 簡単な四則計算から、文字の読み書き。

 11歳から入学するような学校で学ぶことではないと思う。


 そう思ったが、考え直す。

 確かにイアルは、6、7歳の時にはエデン王国でこの内容を学んでいた。そして、曽我黒斗の記憶と比較してみる。


 ノウスフォール地方では、1年は 

 光、火、水、風、土、闇 の6ヶ月だ。


 そして、1月は、12週ある。

 火水ひすいの週、火土かまどの週、火風かふう水火すいか水土みずつち・・・風土ふうどの週


 そして、1週は6日。光、火、水、風、土、闇


 なのでこの世界では、1年は432日ある。

 だが、1日は18時間しかない。

 つまり、おおよそだが、この世界の11歳は日本での9歳。15歳は13歳に当たることになる。


 9歳、小学3年生から学校に通い始めると考えたら、少し遅いが、許容範囲の気がしてきた。


 まあ、この程度の問題が卒業の筆記試験に出るというから、誰でも、合格する試験になるのも納得だ。


 ほとんどの生徒がイアルと同じように退屈そうにしているが、先生の方もまったく注意をしない。これが、毎年繰り返されている光景なのだろう。もうすこし、内容を考えてよさそうだが。


 クラスでは、既に、いくつかのグループが出来ていた。貴族同士の繋がりで入学前からの知り合いが多いから当然だ。

 授業の席は自由なので、みんな、仲間同士で固まっている。

 そして、ヴァルターは、今も、男女を問わずに、多くの生徒に囲まれていて、大変そうにしている。

 イアルには力になれることは何もないので、関わりを持たずに、ただ、一人で座り眺めていた。平民のイアルの周りには誰も、座りたがらないので、周りに人がいなくて楽だった。

 幸いなことに、今年の新入生にはヴァルター以外には、高位の貴族はいないので、問題も少なそうだ。


 座学の授業が終わると、次は、実技の授業だ。


 事前に通達されていた通り、4つあるクラスのうちの水クラス。新入生は19人が同じだ。そして、学園全体でも、70人を超える、一番人数が多いクラスだ。


 水クラスの授業が行われる教室に移動すると、教室の入り口に、大柄な男子生徒が立っている。

 教室に入ろうとする生徒を値踏みをするように、遠慮なく舐め回し様子は不愉快だったが、身体が大きいため威圧感がある。

 イアルと同じように、移動してきた新入生達は、彼を見ると立ち止まった。お互いに、視線を向け合って、最初に誰が行くかを押し付け合っている。

 イアルも、絡まれると分かっていて、最初に行きたくないので、誰かが行くのを待つことに決める。

 しかし、


「おい、平民。お前がいけよ」


 名前も知らない、同級生に背中を突き飛ばされて、その男の前に出てしまう。


「ほう」


 その男は、新入生の中で先頭に立つことになってしまったイアルのことも、遠慮なく舐め回すように見てくる。


「おまえ、名前は」

「クロト、です」


 正面に立つと無視するわけにもいかず、答える。威圧感が凄い。


「聞いたことがない名前だな。家名は?」

「ありません」

「はっ。つまり、平民か」

「はい」


 イアルが平民だと分かると、嘲るように鼻で笑われた。

 その男以外からも、笑われるのが分かった。


 言い返すことは何もないのでイアルは黙っている。


「ちっ。なんで、この魔法学園は、平民なんかを入学させるんだろうな。クロト、お前はなんでだと思う?」


 こんな風に絡まれることもあると思っていたが、いきなり、上級生からとは思っていなかった。

 こういう難癖を付けてこなかったので、今年の新入生はあたりだったのかもしれない。背中を押してきただれかは知らないが。


「歴代の国王陛下の寛大なお心によって、私のような平民の人間にも学ぶ機会を与えようと・・」

「なんで、平民なんぞが学ばないといけない。お前達は、俺たち選ばれた貴族の指示に何も考えずに従って・・」

「アウグスト」


 なおも言い募ろうイアルの言葉を遮って話そうとした男だが、それを凛とした声が遮る。

 マリーネだ。

 既に教室にいたようだが、騒ぎに顔を出してきたようだ。

 その目は、アウグストと呼んだ男ではなく、イアルを見ていた。

 しかし、イアルと目があうと逸らさせる。


「ど、どうかされましたか、マリーネ王女」

「もう、授業が始まるわ。彼と仲よくしたいのなら、授業の後にしなさい」

「な、仲よくなど・・」

「あなた達も、早く教室に入りなさい」

「「は、はい」」


 マリーネが視線を向けるとアウグストは萎れたように下を向いた。

 王族の力は凄いな。

 マリーネは新入生の方にも声を掛けると、用が終わったとばかりに教室に戻る。


「ちっ」


 アウグストも、舌打ちとイアルを睨む事を忘れずにしてから、教室に入る。

 それまで、イアルを押しやって後ろから見ていた新入生達も、マリーネの言葉に慌てたように教室に向かう。

 ヴァルターが申し訳なさそうにイアルの方を見ていたが、気がつかなかった振りをして、イアルも教室に入る。


 教室は生徒で溢れていた。既に半分以上の席は埋まってる。


 マリーネは教室の中央付近で、多くの女性貴族に囲まれながら座っている。

 アウグストと呼ばれていた男は、一番後ろの方の席で、何人かで固まって座っていた。

 その近くにはルーカスもいたが、同じグループではなさそうだ。

 教室の中にテーニアの姿はない。てっきり、彼女も水クラスだと思っていたのだが、違うようだ。


 イアルは前の方に空いている席を見つけると、座る。


 周りを見てみると、ヴァルターがどこに座っていいのか迷ってきょろきょろと頭を振っていた。そこで、イアルはヴァルターと目が合ってしまったので、あわてて逸らす。

 ヴァルターがショックを受けているのが分かったが、イアルにはどうしようもない。

 そして、そんなイアルとヴァルターの様子をマリーネが見ている事にもイアルは気づいていたが、それにも気がついていない振りをした。

 貴族社会は難しい。

 結局、ヴァルターは、イアルとは、離れた席に座ってたようだ。その周りに多くの新入生が座っている。

 

 人数が多いだけあって、いろいろな話声が聞こえたが、先生が来ると静かになった。

 先生は、50を超えていそうな初老の人だった。


「ええ。今日から、新入生がこのクラスにも参加する。ここでは水魔法の使い方を学んでもらいます。魔法は、本人次第で、何でも出来るようにもなるし、何にも出来ないかもしれない。素質はここにいるみんなにある。これから、それを伸ばしていけるよう、私たち教師も手助けをするし、諸君にも出来るだけの努力をして欲しい。まずは、魔法について、先輩達から、新入生に教えてあげて欲しい。そうだな、ルーカス君。そもそも、魔法とは、何ですか?」

「はい」


 先生の指名にルーカスが立って答える。


「魔法とは、自分自身の中にある魔力を何らかの事象を引き起こす事です。そして、魔力を使うために必要なのが魔法紋です。魔法紋とは、」

「はい、そこまででいいですよ」


 屋敷での傲慢な振る舞いとは違い真面目に答えているルーカスの姿にイアルは驚く。


「次に、オルガン君。魔法紋とは何ですか?」


 ルーカスの隣にいた生徒が立って答える。


「はい。魔法紋とは、体内にある魔力が集まっているところを示す紋様です。司祭様から、祝福を授かった際に、身体のどこかに浮かび上がりますが、その場所は人によって異なります。浮かびかがる模様も人それぞれですが、刻まれた色によって、その人の適正が分かります」


 そこで、言葉を区切ると、オルガンと呼ばれた生徒は先生の方を見る。


「続けてください」

「浮かぶのは青、赤、緑、黄、白、黒の6色のいずれか。それぞれが、水、火、風、土、光、闇に対応し、浮かんだ色の魔法適正をその人はもっており、魔法を学ぶ事で、その属性の魔法を使えるようになります」


 オルガンは今度は言いきったと言わんばかりに先生の言葉を待たずに席に座った。


「はい、ルーカス君、オルガン君ありがとう。2人の説明の通り、僕たちは、魔法紋が身体にある事で魔法を使う事が出来ます。魔法紋がない状態だと、魔法を正しく使う事が出来ず、暴発したり、発動しなかったりします。これは、魔法紋が傷つけられると、魔法使いは魔法を使う事が、制御する事が出来なくなるということです。だから、魔法紋が浮かんでいる場所は魔法使いにとって一番隠さないといけないのです。その場所は、たとえ家族や親しい友人であっても教えてはいけない。過去には、魔法紋の場所を教え合う事が貴族同士の結婚の証であると言った時代もありました」


 先生が、教室を見渡す。


「ここに、自分の魔法紋の場所を他の人に知られているような人はいませんね」


 全ての生徒が頷く。


「皆さんも、教会で洗礼を受けた際に、魔法紋を隠せるようになる薬を渡されて、飲んだと思います。それによって魔法紋は普段は目に見える事はありません。しかし、魔法を発動する際に、無駄な魔力を使ってしまうと、魔法紋が輝きを放ちます。これは、戦いの時など、余裕がない時ほど、起こりやすくなる。そのため、魔法使いと対峙する人は、必ず、相手が魔法を放つ瞬間を見逃さない。魔法紋の場所を知っていたら、そこを傷つけるだけで、一番簡単に魔法使いを無力化することができますからね。そうすれば、その相手は一生魔法を使えなくなる。なので、一流の魔法使いになるという事は、魔法紋の場所を相手に知られる事なく、魔法を発動出来るようになるという事です。この、魔法学園で、皆さんが、立派な魔法使いになれるよう、一緒に頑張っていきましょう」

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