第37話
まさかの王女様の言葉に咳き込む2人をよそにマリーネは一人、優雅に紅茶を飲んでいる。
普通のティーセットに紅茶が入っていて、それを飲んでいるだけなのに、凄く様になっている。
「美味しい」
マリーネのつぶやきが聞こえた。
舌が肥えている王族を満足させられて嬉しいが、今はそれどころではない。
アイラと視線を合わせて、マリーネの意図をはかろうとするが、アイラが固まってしまったままだ。
「あの、マリーネ様。いったい、なぜ、そのようなことを?」
アイラが何も言えない状態なのでイアルなんとか、言葉を絞り出して尋ねる。
「いえ。2人が、すでにいい仲ならば、それを私は全力で応援したいと思いまして」
「ち、違います。私とイアルは、その、主と家人という関係で、けっしてそのような」
ようやく動き出したアイラが必死に関係を否定する。
イアルは自分以上に慌てるアイラを見て、少しずつ落ち着きを取り戻す。
「そうですか」
その必死なアイラの思いが届いたのか、マリーネはあっさりと引く。
何かを考えているようだ。
「あの、マリーネ様。どうして、急にそのようなことを?」
アイラがイアルが聞きたかったことを尋ねてくれた。
「隠さずに言うと、クロトを我が国に留まらせるためです」
「それは・・」
「クロトは、精霊術師。しかも、間違いなく私よりも精霊術師としてはるかに優れている。そんなクロトがエルザス王国にいて、国のために動いてくれるならば、これほど、心強いことはありません。無理矢理この国に留めて働かせることは出来ませんが、我が国の貴族と結婚をしたら、この国のために働いてくれるでしょう?大切な妻のために」
マリーネは一切言葉を飾らずに、話してくれている。そう感じた。
「そうですね。もしも、この国に好きな人が出来て結婚をしたら、私も、エルザス王国に愛着もって、この国で過ごすでしょう」
イアルの言葉にマリーネは頷く。
「正直に申し上げると、私は授業でクロトが精霊術師だと分かった時、私かテーニアのどちらかの夫として、王家に迎えるべきだと考えてました。ですが、エルドラド王家の、エデン王国の関係者とわかり、それは実現不可能になりました。この前も話しましたが、さすがに問題が大きすぎます。テーニアも同じでしょう。あの子も、あなたのことを自分の夫にしようと考えていたはずです」
マリーネの言葉に一番のイアルは目を見開く。アイラも同様に驚いている。
それと同時に、本当にエルドラド王家の人間か、確認をしてきた時のテーニア達の様子に納得も出来た。
彼女は、あの時点でそこまで考えていたのだ。
「そうなのですか?」
「ええ。テーニアが精霊術師を夫に迎えれば、ヨアヒム様が、次期国王に内定したでしょう」
「まさか、そんな」
「いえ、間違いありません。もともと、次の国王にはヨアヒム様がなるべきだった。そのヨアヒム様が、王位を私の父に、エヴァルト=エルドラドに王位を譲ったのは、娘である、私が、精霊術師だったからですから」
「確かに、そうですね」
イアルは、言葉も出ない。
だが、アイラはマリーネの言葉に納得ができたようだ。
「精霊術師とは、それほどの存在なのですよ」
驚いているイアルに教えるようにマリーネはそう教えるように言った。
精霊術師がそれほどの意味をなすとは思っていなかった。
エデン王国では、確かに敬われてはいたが、国を左右するような存在ではなかった。
「しかし、エルドラド王家の人を王家に迎えるわけにはいきません。ですが、他国に行かれるのは国家の損失であり、後の脅威になる可能性もあります。なら、他の信用が出来る人に任せるしかないと考えました」
そこで、区切ると、マリーネはアイラを見た。
「今、クロトが最も親しい女性はアイラ先生だと思います。私もアイラ先生のことは信用出来ます。恐らくヨアヒム様も。もちろん、アイラ先生と、それからクロトの意志が優先ですが、2人がお互いのことを思っている気持ちがあるのなら、私は、エルザス王国のためにも、全力で支援します。今日はその確認のために、アイラ先生を訪ねました。エルザス王国のためにも、クロトと付き合う気はありませんか、と」
「・・」
アイラはマリーネの言葉に驚いているのか、何も言葉を返さなかった。
口が開いては閉じ、結局言葉は出てこないようだ。
「私の、国の都合で申し訳ないとは思っています。ですが、頭の中には入れておいてくれませんか?もちろん、強制などは決してさせません。ですが、クロトが精霊術師だと広まれば、必ず、そう言った動きは出てくるので」
「マリーネ様。わざわざ、ご忠告に来てくださりありがとうございます。私は、エルザス王国に忠誠を誓うエモット伯爵家の娘。貴族の娘です。私の存在が王家のためになるならば、いかように使っていただいても構いません」
「アイラ先生・・」
「結婚も、王家や家のためになるのならば、どなたとでも致します。それが、貴族として、恵まれた環境で育って来た私の責任ですから。ですが・・」
「申し訳ありませんが、私が、エルザス王国に留まることはないです」
アイラの言葉を遮って、イアルは言葉を発した。
イアルの言葉に、マリーネにやはりという表情が浮かび、アイラは悲しそうにしている。
イアルは、アイラにそんな表情をさせることに罪悪感を感じながらも、ここではっきりとさせておくことにする。
「この国にいたら出来ないことがあります」
「あなたがやりたいこととは何ですか?」
「・・私は、エデン王国でジョアン=エルドラドの仕えていました。ジョアン王子が私にとってのたった一人の主です。そして、そのジョアン王子が私に残した遺言があります。私は、託されたその遺言を果たします。なので、その時が来たら、この国からは出て行くつもりです」
「どうしても、ですか」
確認をするように問うてくるマリーネだが、彼女はもう返事は分かっているようだった。
「はい。私がエモット家での2年間で何もしなかったのはまだ、その時ではなかったからです。その時が来たら、私は、これまでのすべてを捨てて、ジョアン王子との約束を果たすためだけに動き始めます」
「イアル・・」
「その時に邪魔をするのなら、誰であろうと、倒します。エルザス王国が邪魔をするというのなら、国を滅ぼします」
イアルの宣言に息を呑む2人。
それでも、マリーネが絞り出すように聞いてくる。
「あなた一人で、国が滅ぼせますか?」
「さすがに、出来ないでしょうね。それが出来るのは、それこそ、ジョアン王子ぐらいです。ですが、そのつもりで、仕掛けますよ。それは、エルザス王国にとっても、よくないことだとは思いますよ」
「ずいぶん、堂々とした脅迫ですね」
不敬として問題になりかねない言動だが、マリーネは苦笑いで見逃してくれた。
しばらくイアルのことをじっと見つめていたマリーネだが、諦めたように目をそらした。
「分かりました。私も、たとえ味方には出来なくても、敵対まではしたくないですからね」
「ありがとうございます。マリーネ様」
「アイラ先生も、余計なことを言って申し訳ありませんでした。今日、私の言葉は忘れてください」
「マリーネ様。よろしいのですか?」
確認するように問いアイラだが、マリーネは、はっきりと言いきる。
「ええ。これ以上、クロトに結婚話をしても、私やエルザス王国への心証が悪くなるだけでしょう。もちろん、クロトの気が変わるのなら歓迎はしますが、それは、こちらで、何か出来るわけではないですからね」
「そうでしょうね」
アイラも、イアルのことを一目見た後に、マリーネと頷き合っている。
「クロト」
「なんでしょう」
「もしも、好きな人が出来り、何かもめ事があったら、私に相談してください。相手がどんな身分でも、私が取り持ちますので」
イアルは、マリーネのその言葉に苦笑いを浮かべる。マリーネも本気でそんなことがあるとは思っていないだろう。これは、非公式だが、改めて王女である、マリーネが後ろにつくという宣言でもある。それは、ありがたく受け取っておく。
「お心遣い、ありがとうございます」
「いえ」
マリーネが少しホッとしたように柔らかい表情を浮かべる。
王女としてしっかりとした面を見せるときは、年上に見えることが多いマリーネだが、その表情を見ると、彼女もまだ、自分と同い年の子供なのだとイアルは初めて思った。
何の責任もなく、過ごしているだけのイアルと違い、国王の娘として、
既に、いろいろと背負っているマリーネに、イアルは、10歳で最強と言われ戦っていたジョアンと同じものを見た気がした。
「そういえば、お二人は、何か話しをされて・・。いえ、なんでもありません」
途中で、部屋に入って来た時に見た光景を思い出したのだろう。マリーネは中途半端に言葉を止めた。
「私は、これで失礼しますね。お邪魔をしました。アイラ先生」
「ちょっと、待ってください。マリーネ様」
帰ろうとするマリーネをアイラが引き止める。さすがに、このまま返すのじゃ外聞が悪いと思ったのだろ。
「そういえば、イアルは、何か話しがあって来たのよね?何の話?」
いかがわしいことをしていたのではないことを示すためにアイラは必死になってる。
「話、といいますか。貴族の方と話していて疲れたので、アイラ様に会いたいなと思ってきました。特に話があったわけではないんですけどね」
「そう。でも、ちゃんと私のところに来たのは偉いわ。一人で抱え込んだらダメよ。私が力になれることは少ないけど、話を聞いたり、一緒にお茶を飲んだりするぐらいはいつでも出来るから、来たいときに来なさい」
「アイラ様。ありがとうございます」
イアルが、いつもの、エモット家で過ごしていた時のように来やすくアイラと話していると、マリーネが笑っていた。
「ふふっ」
「どうかされました、マリーネ様?」
「いえ。お二人は恋仲でなないのかもしれませんが、よい関係を築かれているのですね」
イアルとアイラは顔を合わせてから答える。
「ええ。私にとってもイアルは、心を許せる大切な友人です」
「アイラ様にはこの2年ずっと、お世話になっているので」
「2人のその関係は私には羨ましくありますね」
そう呟くマリーネは寂しげだ。
王女とは、王族とは孤独なものだ。孤高でなければならない。
彼女にとって最も近しいのは従姉妹のテーニアだろう。だが、先ほどの話では、まだ、王位争いの火種は残っている。完全に心を許すことはできない。
だから、立場に関係なく接することが出来る弟のヴァルターを大切に思い、あの日も、体調が悪いまま探しに街に出て来たのだろう。
「クロト、平民として、不当な扱いを受けていると思ったのなら、アイラ先生を通してでもいいので、私にも知らせてください。魔法学園の運営は代々、ウィンテール公爵家がしていて、王族も口を出さないことになっていますが、力になれることはあるかもしれません」
「ありがとうございます。何かあれば相談させていただきます」
さすがにマリーネに相談をすることは出来ないが、そう言ってくれる人がいるだけでもありがたい。
「あっ」
そこで、アイラが何かを思い出したように声を上げた。
イアルがどうしたのかとアイラを見ると、アイラが真面目な顔をしていた。
「イアル、片付けの時にもってた手紙、どうした?」
「ああ。あれなら・・。すいません、あのあと、どこに行ったのか。すぐに探します」
「いえ、いいのよ。イアル、中身は見た?」
顔を寄せて聞いてくるアイラに、そのぶん顔を仰け反らせて遠ざかりながら答える。
「いえ、見てないです。大切なモノかなと思ったので見てはいけないかと」
「ならいいわ。あの手紙のことは忘れなさい。後で、私が探しておくから」
アイラの言葉に、手紙の中身に興味が出て来たが、深入りは出来ないので頷いておく。
「分かりました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます