第30話
イアルが慌てて寮に入ると、フィルがマリーネとテーニア、アイラの相手をしていた。その傍で、ノエルが立っている。
イアルの顔を見ると、フィルがほっとした表情をした。
「あっ、クロト君だ。おっそーい。私、ずっと、待ってたんだよ」
テーニアが明るく話しかけてくるがイアルとしてはそれどころではない。
わざわざ、王族が2人もこんなところに来た理由が一つしか思い浮かばない。
「お待たせをして申し訳ありません。テーニア様、マリーネ様。それに、アイラ様とノエル様も」
「いきなり、押し掛けたのはこちらだから気にしなくても良いわ。それに、フィルさんがお相手してくれたし」
「は、はい」
マリーネは気にした様子もなく、返してくれるが、緊張しきりのフィルの様子に申し訳なさが増す。
アイラは、一言もじゃべらずに、座っている。
既に、アイラに話を聞いているのか、その表情からは分からない。
「姉様、それに、テーニア姉さんもなんで?」
「マリーネ様。テーニア様まで・・」
ヴァルターとジャンも遅れて入ってきて、疑問の声をあげている。
いや、ジャンは呆然としている。彼にとっては、王族であるこの2人が平民寮にいるのは受け入れがたい事だろう。
サハラとトーマスも存在感を消して、入ってきた。
2人の登場に驚いたは、マリーネ達も同じだった。
「ヴァルター、どうしてここに?」
「それは・・」
ヴァルターの話に、マリーネが呆れたように頭に手をやる。どうやら、彼上は、アウグストが絡んできた最初を見ていただけで、すぐに、教室を出ていたらしい。
テーニアは、面白そうに笑っている。
「面白いね。私もクロト君の実力見てみたいなぁ。ね、マリーネちゃん」
「・・悪いけど、今日は私の話をさせてもらっていいかしら、ジャン」
「も、もちろんです。マリーネ様」
「ヴァルターは、ちょうどいいから残っていてちょうだい」
「はい」
ジャンは助かったといわんばかりに、すぐに寮から出て行く。
何の話をするのか興味はある様子だったが、それ以上に、緊張したようだ。当たり前だろうが。
リビングで話をするわけにもいかず、イアルは自分の部屋にマリーネ達を案内する。
昨日から使い始めたので、あまり汚れていなかったのだけは幸いだ。イアルが来る前に掃除をしてくれたという、フィルとサハラに感謝だ。
部屋に入ると、テーニアは興味深そうに、いろいろなところを見て回っているが、そんなに荷物はない。
一人には広すぎる部屋も、5人も客人がいるとさすがに狭い。それでも、入れるのだから、どれだけ恵まれた環境にいるのかが分かる。
他の部屋からも椅子を持ってきてもらい全員が座る。
「クロト、私が何の話をしにきたのか、分かってるわね」
マリーネが前置きも何もなしに本題に入った。
「はい」
どうにかして、ごまかせないかと諦め悪く考える。
「クロト君は、分かってるんだ。ヴァルターは知ってるの?」
「いや、何の話なのかさっぱりです。それに、姉様とクロトさんに接点なんかなかったはずなのに・・」
「ノエルは聞いてる?」
「いえ、私は何も」
「ふぅーん。アイラ先生は知ってるの?」
「予想はついてます」
「そうなんだ」
テーニアが、いろいろと聞いている間も、マリーネはイアルから目をそらさずに見つめてくる。
その瞳の力は、昨日から変わらず強く、引き込まれるような感覚がする。
もう、ごまかしも何も出来ないだろう。
「クロト、あなたは、精霊術師ね」
マリーネがそういうと、部屋には静寂が訪れる。
しかし、次の瞬間には破られる。
「えっ、嘘、クロト君・・」
「ありえません。平民の彼が精霊術師なんて」
「クロトさんが・・」
「はぁ・・」
テーニアが、ノエルが、ヴァルターが思い思いの反応をする中、アイラが諦めたようにため息をついている。
「はい。マリーネ様の言う通り、私は魔法使いではなく、精霊術師です」
イアルが肯定すると、更に、騒ぎは大きくなる。
「え、本当に?クロト君」
「クロトさん、本当ですか」
「ありえない、ありえない。そんなこと・・」
テーニア達はひとしきり騒いだ後に、再度確認をしてくる。
「えっと、クロト君、本当に精霊術師なの?マリーネちゃんと口裏合せたドッキリとかじゃなしに?」
「なんで、私がそんな事をするのよ」
「実は、2人が想い合っていて、仲の良さをアピー・・、なんでもない」
マリーネが睨むと、テーニアの話の途中で諦めた。
「クロトが、精霊術師なのは事実です。隠していて、申し訳ありませんでした」
アイラが、マリーネやテーニアに頭を下げる。
イアルも、アイラに責任を負わせるわけにはいかないので、正直に話す。
「私が精霊術師である事は、つい先日まで、アイラ様にも隠しておりました。言い訳にはなりますが、話を聞いていただけないでしょうか」
「ええ。私は、アイラ先生の、そしてエモット伯爵家の王家への忠誠を疑いはしません。ですが、この件はしっかりと話を聞かなければなりません」
「そうだよねぇ。奴隷を飼っていただけじゃなしに、その奴隷が、精霊術師だったなんて、噂でも広がったら大問題だし」
テーニアが、何気なく、しゃべったであろう言葉に、再び空気が固まる。
「奴隷?」
マリーネが、小さく呟く。
「あっ」
テーニアがやってしまったと、口元をわざとらしく覆う。
「クロトさん」
ヴァルターが心配そうに、イアルの事を見ている。
「それぞれが持っている情報の整理が必要ね」
マリーネはそういって、一度、頭の中を整理するように上を見上げるとと、ノエルの方を見た。
「ノエル。悪いけれど、下にフィルさん達がいるわ。部屋の外で、盗み聞きをしようとしている人がいないか確認のために、監視をお願い」
「分かりました」
ノエルも、興味を持っていたのか話を聞きたそうだったが、マリーネの指示には逆らえない。部屋の外に出て行く。
それを確認すると、マリーネがイアルとアイラに視線を向ける。
イアルは、アイラと一度顔を合せ、それから、簡単に話をする。
話す事は少ない。
イアルが2年前に、奴隷としてエモット家に仕えていた事。
魔法学園に入学するために、急遽、首輪を外して、家人の扱いになった事。
精霊術師である事をずっと、エモット家にも隠していて、今回の事で、アイラにだけ秘密を打ち明けて、ゼーレンを始め、他のエモット家の人には今も知らない事。
まずは、この3つだけを話した。
「肝心な事を聞いていないのだけど」
マリーネの促すよな言葉に、イアルは一息ついてから、一番の問題となるだろう点を話す。
「私には、5年前に滅亡したエデン王国のエルドラド王家の血が流れています」
息を呑む音がした。
それが、マリーネなのか、テーニアなのか。それともヴァルターだったのか。分からない。誰も言葉を発さなかった。
イアルは、処分を待つように、ただ、誰かが言葉を出すのを待っていた。恐らく、アイラも同じ心持ちだったと思う。
「クロト。あなたは、自分にエルドラド王家の血が流れている事を証明出来る?」
マリーネが、絞り出すように最初に質問をした。しかし、その問いは意外だった。
「証明、ですか。それは、出来ないですね」
実際、イアルにはエルドラド王家の血が流れていないのだから証明出来るわけがない。
ジョアンから貰ったという話も証明は出来ないし、これまでにそのような話を聞いた事がないので納得もしてもらえない。
アイラと同じように、これで納得してもらうしかない。
「・・今日の授業で、クロトが精霊術師だと分かってから、どの王家の血筋なのか考えてました。でも、まさか、エデン王国とは考えもしていなかった」
マリーネがため息まじりにこぼす。
しかし、イアルには、そこまでマリーネが衝撃を受ける理由が分からない。
タブー扱いのエデン王国のことを出せば、深く追求もされないと楽観的に考えていたが・・
それ以上に何かあるのだろうか・・
「クロト君、本当に、エルドラド王家の人なの」
「王家の血は流れてますけど、王族ではないですね」
「そっかぁ」
テーニアもなんだか考え込んでいる。
ヴァルターは、ただ、驚いているだけの様子だが、2人の王女には何かあるのだろうか?
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