第17話 エルザス王国王都モゼール⑧


 イアルは、ヴァルターを安全な場所まで連れて行くと約束をしたが、そのためには、奴隷の証である首輪が露出しているのことを解決しないといけなかった。


 今いる場所から、エデン王国の隠れ家に行く道はおおよそ見当がつく。


 イアルは、ヴァルターに目をむけると決める。


 ヴァルターに隠れ家の場所を知られて、拠点を失うリスクと、今から精霊術で、首輪を強引に外しその結果起こるだろうことによるリスク。


 その2つを考えて、結局隠れ家に向かうことにする。


 イアルは、ヴァルターを連れて、隠れ家に着くと、そこには、まだ、いろいろとモノが残っていた。そこで、服を整えて、首輪を隠し、少し休憩をする。


 ヴァルターには、信用出来る人がいる場所に当てがあるらしく、そこまで、一緒に向かう。スラム街を出てからは、ヴァルターのうろ覚えの案内で街中をいっしょに巡る。何度も立ち止まり、一緒に歩きながら、アイラのことを考える。


 街で別れてから、それなりに時間が経っている。

 恐らく、アイラのことだから、勝手に離れたイアルのことを怒りながらも、助けを呼んで探してくれている。


 だが、イアルは、スラム街で暴れて、奴隷の首輪を見られてしまった。

 これが問題だった。

 見られたのは、スラム街の中なのでごまかせるかもしれないが、何かエモット家に対する言い訳を考えておかないといけない。

 そのためにも、ヴァルターについて、聞いておきたいことがある。


「ヴァルターは、一人でいたところを襲われたのか?」

「はい。一人で、買い物に来ていて、その帰りに・・」

「そうか、一人で買い物なんて偉いな」

「いえ、そんなことないです。僕は、もう11歳です。もうすぐ魔法学園に入学もしますし、一人で買い物ぐらい出来ますよ」


 力強くいいきるヴァルターだが、その一人での買い物に失敗して、攫われそうになったのを忘れてるのだろうか?


 それに、当たり前のようにヴァルターは言っているが、普通ではない。

 10歳。

 平民の子供なら、おつかいや家の手伝いなどで、街に一人で出かけていて、何の違和感もない年齢だ。中には、働いている子供もいる。農家では貴重な戦力にもなり始めるころだ。

 しかし、貴族の子供だと事情は変わる。

 貴族が一人で街に出るというのが普通ではない。

 裕福な貴族なら、そもそも、買い物は自分から店には行かず、商人を呼ぶ。

 ましてや、護衛も、荷物持ちもいないで出かけるなんてあり得ない。


 護衛としてイアルだけを連れて歩くアイラのことを棚に上げてイアルはそう思っていた。


 イアルは自分より一つ上のルーカスを思い浮かべる。

 ルーカスは、街での買い物の仕方など知らないし、それ以前に、一人では、街に出ることも出来ないに違いない。


「家族から一人で、何か買ってくるように頼まれたのか?」

「え?」

「いや、ヴァルターの家の事情は知らないが、経験をさせるために、一人でお使いをさせたのか、それとも、家族に秘密にしたい物を買いたかったのかなって。そうじゃなかったら、誰かついてきてくれたんじゃないか?」

「こっそりと一人で出てきたので・・」


 イタズラを白状するように、小さな声だった。

 イアルは、わざとらしく呆れたようにため息をつく。

 それだけで、ヴァルターの肩がビクッと震える。


 悪いことをした自覚もしっかりとあるらしい。

 それに、そういうことをしたら、怒られることも分かっている。

 良い家で、良い教育を受けて育っているのだろう。

 このまま、成長すれば、貴族として立派な統治者になるかもしれない。

 

 怒るのはイアルの役目ではないので、何も言わないでおく。


「それなら、早く帰らないと。家族の人たちが心配してるだろう」

「・・そうですね。でも、家族は、僕がいないなってことに気づいていないと思います。僕の家族は忙しいですし、いないのがバレないように、従者に頼んでるので」


 寂しそうに笑うヴァルター。

 貴族なら、家族の時間をもてなくても珍しいことではないし、実の親に育てられる子供は少ない。普段の面倒も、その従者や教育係の者が見ているのだろう。

 

 それよりも、従者が街への外出をあらかじめ、知っていたなら、誘拐については、その従者が何かを知っているかもしれない。


 ヴァルターがそこまで考えているのか分からないが、イアルもそこまで踏み込むか悩み始めた。

 もう少し、詳しい話も聞きたいが・・


「しかし、そんなに欲しい物があったのか?」

「・・はい」


 貴族の子供が、従者に偽装を頼んでまで、街に一人で買い物に来る理由にも興味がわいたので聞いてみた。


「何が欲しかったのか聞いても良いか?」

「薬、です」


 意外な物だった。それこそ、貴族ならいくらでも手に入りそうだ。

 誰のための薬が欲しかったのか分からないが、貴族なら、医者を呼んで対応するのもの思っていた。

 イアルのその疑問が顔に出ていたのか、ヴァルターが慌てたように詳しく説明をしてくれた。


「僕は、姉様と一緒に鳥を飼ってるんです。でも、その鳥が最近調子が悪かったんです。僕も姉様も、出来るだけ世話をしましたし、お医者さんにも診てもらいました。でも、全然よくならなくて。そうしたら、姉様も、疲労からか熱を出して倒れてしまって、鳥のお世話どころじゃなくなってしまいました。だから、僕だけで、鳥の世話をしていたんです。それで、昨日、いつもの人とは違うお医者さんに来てもらって診てもらったんですけど、やっぱりダメでした。でも、そのお医者さんが、最近、ティエント商会というところで、新しい薬が出たからそれなら効くかもしれないとおっしゃられたんです」


 そこまで、一気にヴァルターが話をしてくれた。

 イアルは口を挟まずに、黙って聞いていたが、その後の予想はついた。

 ヴァルターは、一息ついたかと思ったら、また勢いよく続きを話始めた。


「お医者さんは、その薬は手元には無いから、時間が出来たら、ティエント商会に行って、薬を貰ってくるとおっしゃったのです。でも、僕は待てないと思って、従者から、商会の場所を聞き出して、今日一人で、ティエント商会を訪れたんです。それで、お店の人に、鳥用の薬を売ってくれと頼んだんですけど、そうしたら、鳥とかの動物用の薬は売っていないと言われました。売っていると聞いたと言っても、取り扱っていないし、取引もしていない言われて、買うことは出来ませんでした。薬の存在が、そのお医者さんの嘘だったのかもしれません。それで、悲しくて、一人で俯いて街を歩いていたら・・」


 ヴァルターの言葉はそこで途切れたが、続きは言われなくても分かる。


 そこで、ヴァルターが男達に攫われた。


 おおよその事情をイアルは理解した。

 話を聞く限り、昨日来たという医者が嘘を言ったと思って間違いない。

 それはヴァルターも分かっているだろう。


 その医者に関しては、ヴァルターが、家族に言えば、すぐに身柄は捕まえるだろう。

 その後がどうなるかは分からないが、それ以上はイアルが踏み込めることではない。


 なので、この問題は、もうイアルには関係ないと思っていいだろう。

 もうすぐ、目的地にも着きそうだし、イアルは安心した。


 その時、突然、前方から、何か気配を感じた。

 

 その直感を信じて、イアルは剣を抜くと、案内してくれていた、ヴァルターの前に出る。


「クロトさん?」


 ヴァルターが不思議そうに声を上げるが、イアルは、気配を探ることを優先して返事を返さない。


 幸い、ヴァルターもイアルの変化を感じ取ってくれて、黙って周りを見渡している。


 イアルの視界に、剣を持って、近づいてくる男が入る。

 速い。

 相手はすでに肉体強化の魔法を使っている。


 その格好は、先ほどのような街のごろつきではなく、武装した兵士だ。

 そして、男の狙いはヴァルターではなくイアルだ。


 まっすぐに振り下ろされた初太刀をなんとか防ぐ。


「ほう」


 男は最初の一撃で決着がつくと思っていたのか感心したように、声を上げる。

 しかし、それを止められても、余裕を持っている。


 一方のイアルは、全身から冷や汗をかいていた。


 目の前の男は、先ほどの男と同じくらいの手だれ。

 つまり、今のイアルでは勝てないくらいの強敵。


 いきなり兵士に襲いかかられてイアルは混乱する。

 心当たりは正直いろいろとある。

 その中で、今、真っ先に思い浮かぶのは、ヴァルターと一緒にいることだ。

 男が誘拐のところを見ていたアイラが呼んでくれた兵士かもしれない。

 イアルのことを誘拐犯と勘違いしている可能性がある。

 そうであって欲しい。

 もしそうなら、誤解を早く解きたい。


 しかし、男の攻撃は止まらない。

 致命傷を負わないようにギリギリで防ぐ。

 身体が浅く切られていく。

 それでも、手加減されていることは分かった。


「やるなぁ。キミ、何者だ?」


 相手には余裕があるため、切り掛かりながら話しかけてくる。

 その声は楽しそうに、弾んでいる。

 しかし、イアルには返事をする余裕が無い。


 相手がヴァルターを助けにきた人間の可能性は十分にあるので、ヴァルターに助けを求めたいが、後ろを振り返って、どうしているのか確認する余裕は無かった。

 

 そして、相手の剣を受けたイアルの剣が折れた。

 浅く、身体を斬られたイアルだが、すぐに体勢を立て直して、下がる。

 そのまま追撃しようとしてきた男だが、


「待ってください」


 ヴァルタ−の声がした。


 その声で、男は振り下ろそうとした剣を止める。


「あなたは・・」


 もしかして、知り合いだろうか。

 ヴァルターが男に声をかけようすると、別の集団が近づいてくるのが見えた。

 その集団を見て、ヴァルターの声が止まった。


 まるでイタズラがバレたような、それでいて、ほっとしているような顔をヴァルターがしている。


 4人の兵士が、真ん中にいる、長い蒼色の髪をした女性を守るようにしている。もう一人いる女性も帯剣しており護衛だろう。


「ヴァルター・・」


 その女性は、ヴァルターの名前を呼ぶと駆け寄り抱きついた。


「姉様・・」


 ヴォルターが彼女の抱きしめられるまま、小さく呟く。

 彼女がヴァルターの姉らしい。熱を出して倒れたと聞いていたが、大丈夫なのだろうか。

 顔がまだ、赤く見えるし、駆け寄ってきた際もふらついていたし、しんどそうだ。


「姉様、なんで」

「なんでじゃないでしょ。あなたが、部屋からいなくなったと聞いて、従者を問いただしたのです。そうしたら、護衛もつけずに一人で、街に買い物に行ったなんて。なんで、そんな無茶を・・」

「ごめんなさい、姉様・・」


 風邪が治っていないのにいなくなった弟が心配で駆けつけてきたらしい。

 ヴァルターの話から分かっていたが姉弟の仲はよく、貴族にしては珍しい人のようだ。

 

 襲ってきた男も、どうやら、ヴァルターの姉の仲間らしいので、イアルのことを誘拐犯だと思って、襲ってきたのだろう。

 男に剣を突きつけられたままイアルはそう思った。

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