第18話 エルザス王国王都モゼール⑨
ヴァルターが姉と、感動的な再会をしている間も、イアルに突きつけられた剣は下げられない。
男が油断無く、イアルのことを見ているので、身体を動かすことは出来ない。
聞こえてくる話を整理すると、彼女達は、アイラとは無関係に思えるので、イアルとしては早くヴァルターを預けて、アイラの方に合流がしたい。
そのためにも、恐らく、誤解されているであろう状況をなんとかしないといけない。
「姫様、この男はどうしますか」
幸いなことに、男が、そう口に出して尋ねてくれた。
その時初めて、ヴァルターの姉はイアルのことを見た。
イアルも、正面から彼女のことを見る。
遠目からでも分かった蒼い長い髪と、間近で見る綺麗な碧眼。男に姫様と呼ばれていたが、本当のお姫様のように綺麗な人だった。
年はイアルと同じか少し上だろう。
そして、体調を崩しているからか、元々色白の顔は赤く染まり、じっとイアルのことを見つめているのが色っぽい。
正面から向かい合い、お互いに相手を観察しようとしたために、見つめ合う形になる。どちらも、話を切り出さすタイミングを逸してしまう。
すると、その女性はイアルの方に向かって、倒れ込んできた。
イアルは、剣を突きつけられていたのも忘れて、前に出る。
「なっ」
「姫様」
初めて、男の焦った声が聞こえる。
後ろからも、叫ぶような慌てた声が聞こえた。
イアルはそれらを無視して、彼女を受け止める。
柔らかいな、場違いな感想を抱きながらも、地面に倒れる前に、受け止めた彼女の様子を確認する。
息が荒く、しんどそうだ。熱が下がっていない状況で、ヴァルターを探して、街を歩いたせいだろう。
とりあえず、休ませないといけない。
そう口に出そうとすると、四方から剣を突きつけられた。
先ほどと比較にならないくらい殺気立っている兵士が、イアルのことを囲んでいる。
その後ろで、ヴァルターが慌てているのが見えた。
「姫様をこちらに渡してもらおう」
手をあげて、害意は無いことを知らせつつ、大人しく、この中で、唯一の女性に彼女を渡す。
「熱と疲労で倒れたのだと思います。すぐに、楽な服装にして休憩をさせてあげてください」
そう、声を掛けるが、無視をされた。
まあ、命に問題はないだろう。
「さて、と。結局、キミは、何者か教えてもらおうか」
イアルを戦った男がリーダーらしく、聞いてくる。
その問いに、イアルが答える前に男達の後ろからヴァルターが答える。
「彼はクロトさんです。今日、僕のことをいろいろと助けてくれた僕の恩人です。手荒なことはしないでください」
ヴァルターの答えに、イアルの囲んでいた男達は、顔を見合わせる。
「ヴァルター様。それはまことですか?」
「はい」
男がヴァルターに再度確認し、頷くと、全員が剣を納める。
「失礼した。ヴァルター様が、一人で、街に出かけられたと聞き我々も慌てていた。一緒にいるそなたが、誘拐犯である可能性もゼロではなかったため、まずは、無力化させてもらった。非礼を詫びる。先ほどの剣は賠償させてもらうし、迷惑をかけてしまった分も上乗せして払わせてもらう。それで、許してもらえないだろうか」
戦闘狂だと思えた男から、まともな謝罪されたことにイアルは驚いた。
今のイアルの格好は、エモット家の下働きとしての服に、隠れ家に置いていた、平民が着るような古い上着を羽織っているだけだ。
ヴァルターが恩人と言ったからといって、貴族に仕える兵士から、まともに対応されるとは思っていなかった。もっと、高圧的に接されると思っていた。
正直、イアルとしては、「いきなり襲ってきたのはおかしい」、「絶対戦いを楽しんでいて、殺しても良いと思ってただろう」など、言いたいことはあるが、それをすれば話をこじらせちしまう。そうならば、いきなり切られてもおかしくない。ここはそういう世界だ。
それに、奴隷であることを隠さないといけないイアルは他の貴族と関わるのはよくない。
なので出来るだけ、早く、この場を立ち去りたい気持ちが勝つ。
「いえ、手加減もしてもらっていましたし、大きな怪我もしていないので、大丈夫です」
イアルの答えにその男は嬉しそうにする。
「ほう。やはり、貴殿は相当に腕が立つな。戦いというモノが分かっている。そなたのような者が、ヴァルター様の傍にいてくれたこと改めて、お礼をさせてくれ。治療もさせるのでついてきてくれ」
「それは・・」
この誘いを断っていいのかイアルは悩む。
これは、貴族の誘いを断ることになるのだろうか?
平民の立場で、断れば角がたつが、このままついていって、奴隷と知られる方が問題になるにちがいない。
そう思い、断ろうとした時、
「クロトさん。僕も、改めて、お礼がしたいです。どうか、ついてきてくれませんか?」
イアルの逃げ道を防ぐようにヴァルターにそう口を挟む。
誰にも自分の存在を話さないでくれと頼んでいたイアルだが、それは姉との再会の間に忘れられてしまったようだ。
それとも、顔を合せてしまった時点で、紹介するしかないと思ったのだろうか。
ヴァルターは、純粋にお礼をしたいだけだろうが、このままついていくと、奴隷の首輪を多くの人に見られてしまいことになりかねないと、イアルは一人で焦る。
「クロトさんは僕の命の恩人です。丁重に御願いします」
「承知しました。ヴァルター様」
イアルが悩んでいる間に、その意志を無視してヴァルター達の方で話がまとまってしまう。
イアルが困ったように、ヴァルターを見ると、笑顔が返ってくる。
その笑顔には、裏はまったく感じない。
しかし、イアルの気持ちはまったく伝わっていない。
これは、事前にヴァルターに奴隷としての事情等を話していなかったイアルの落ち度だ。
近くまで送って、誰にも見つからないように、すればいいと甘く考えていた。
イアルは男と改めて向き合う。
「私は、ゲルト=ハルメル。エルザス王国、近衛騎士団副団長を勤める者だ。クロト、といったな。そなた、普段は何をしている?もしよければ、騎士団に入らんか?そなたの実力なら即戦力だ」
まさかのスカウト。
しかも、ゲルトと名乗ったこの人の、所属が近衛騎士団。
イアルは、ヴァルターが何者か分からなくなってきた。
良いところの貴族の子供とは、思っていたが、捜索に近衛の副団長が関わるなど普通ではない。
そして、先ほどの女性は姫様と呼ばれていた。
貴族の娘が、家の人間に姫と呼ばれることはあり得ると思い、聞き流していた。
しかし、もしかして・・
そこまで、考えて、イアルはそこで思考を止める。
このままついていくのは絶対にマズい。
この場から、逃げる方法を考える。
たとえ、しばらく、探されることになっても、エモット家の屋敷から出ないイアルが、見つかることは無いはずだ。
もし見つかりそうなら、そのときは、エモット家を出て、旅をしよう。
エデン王国の滅亡から5年が経った。
後、2、3年でジョアンが言っていた、勇者がこの世界に現れることなる。
予定よりも、少し早いが、それに備えるために動き出しても良いころだ。
そう決めた時、周囲からどよめきが起こった。
何事かと、イアルが周りを見ると、二人の男が近づいてくる。
「何故・・」
ゲルトが驚いたように声をあげる。
その男たちの顔に見覚えは無いので、誰が来たのかイアルには分からないが、ここにいる、ヴァルター達よりも偉い人が来たのだなということは、雰囲気で分かった。
しかし、ヴァルターよりも偉い人とは。
先ほどの考えがあっていたら、そんな人は限られているはずだが・・
それとも、イアルの考えが間違っていたのか・・
ゲルトを含めた、その場にいた全ての兵士が慌てて服装を整えて出迎える。
そんな中、ヴァルターだけは、困ったような顔をして、立っている。
また、意識を失った彼女を抱えている
そして、その二人のうち、一人が前に出てきた。
ゲルト達は、跪いて出迎えをし、ヴァルターも頭を下げている。
イアルはこの隙に無関係を装い、この場から立ち去ろうと思ったが、新しく男の後ろに、アイラの姿が隠れていたことに気づいて、思いとどまり跪く。
どうやら、彼らはアイラが連れてきたいヒトらしい。
「ヴァルター、誘拐されたと聞いたが、すでに助けられていたのか」
「はい。ヨアヒム兄さん。しかし、何故、兄さんがここに?」
ヴァルタ−の表情が固い。
その男を、兄さんと呼んだが、姉と会ったときと違って緊張をしているようだ
兄との仲はうまくいっていないのかもしれない。
「式典の最終確認をしていた時に、ここにいるアイラ先輩に出会ってな。先輩が、ヴァルターが男達にスラム街の方に連れ去られていくのを見たと慌てていたので、兵を動かした。それで、私もアロイスだけを連れて駆けつけたのだ」
「そうですか。ご心配をおかけして申し訳ありません。ご覧のように、皆に救出して頂きました」
「そうか。とりあえず、無事なら何よりだ」
そこまで聞いて、イアルは一つ思い出す。
ヨアヒム兄さん。ヴァルターはそう呼んだ。
ヨアヒムという名前には、イアルにも聞き覚えがある。
ヨアヒム=エルザス。
確か、先代国王の息子が、その名前だった。
イアルに冷や汗が生じる。
つまり、ヴァルターは・・
「イアル、無事だった?」
途方に暮れそうになったイアルにアイラが傍に来て声をかける。
「アイラ様・・」
新しい事実に気がつきかけて、呆然としていたイアルだが、アイラの顔を身近で見て、少しほっとした。
しかし、今はそれどころではない。
いろいろと、マズい状況だ。
とりあえず、話を合わせおかないといけない。
「申し訳ありません。ヴァルター様に、奴隷の首輪を見られてしまいました」
イアルの第一声に、アイラが息を呑む。
「それと、俺はクロトと名乗ったので合せてもらっていいですか?」
「わかった。私は、ヨアヒム様には、護衛として一緒に街に出かけていたエモット家の家人が追いかけてるって説明したから」
「わかりました」
本当なら、もっと擦り合わせをしたいが、その時間が無い。
イアルが、アイラと小声で最低限の情報を共有しているうちに、ヴァルター達の話も終わったらしい。
「おまえが、ヴァルターを助けた、エモット家の家人、クロトか」
ヨハヒムが興味深そうにイアルのことを見ている。
その視線を感じつつも、直接、口を開くわけにはいかず、イアルは、頭を更に下げる。
「ヨアヒム様」
アイラが助け舟を出すように、声を掛ける。
すると、ヨアヒムはアイラを制するように言葉をつなぐ。
「よい。ここは、王宮でも何でも無い。万人が歩く、王都の街中だ。頭を上げよ」
「はっ」
イアルは、少しだけ頭を上げて、ヨアヒムの胸のあたりに視線を向ける。
「それで、先の質問の答えは?」
「はい。アイラ様の指示で、ヴァルター様を追いかけ、救出させて頂きました、クロトと申します」
「そうか。クロト。ヴァルターを助けてくれたこと、改めて私の方からも礼を言う。それと、ヴァルターを襲ったモノ達についてはちゃんと調べる必要がある。アイラ先輩とともに王城に来てもらう。私は、まだこれから仕事があるが、そちらも放っておけん。ゲルト副団長。そなたが、詳しく話を聞いておけ」
「「わかりました」」
イアルは、アイラやゲルトと一緒に返事をする。
どうしようか途方に暮れながらも、王族に言われたら、逆らうことは出来ない。
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