第43話


 ヨアヒムは自分の手を引っ張って歩く妹に声をかける。


「おい、テーニアどこに行くんだ」

「いいから、いいから」


 しかし、その妹は上機嫌のまま歩みを止めない。

 アロイスも黙って手を引かれるままになっている。

 テーニアに害意がないのは分かっているが、相変わらず、何を考えているのか分からない。


 角で曲がり、マリーネ達が見えなくなる。

 すると、テーニアは足を止めて、角から少しだけ顔を出して、マリーネ達がいる場所を退き込んでいる。

 もう、ヨアヒムのことなど忘れたような振る舞いだ。


「なんなんだ、お前は」

「兄様、うるさい。いいところなんだから静かにして」


 身も蓋もなく妹に相手にされなかったので、ヨアヒムも、テーニアと同じように顔だけ出して、覗き込む。

 そこにいるのは、幼いころから知っている従妹のマリーネとイアルだ。

 だが


「おい、テーニア、あれはなんだ」

「可愛いでしょ」


 指示語だけだが、何か言いたいのかは完全に伝わっていて、何故か自慢げに、テーニアが言っている。

 ヨアヒムがもう一度マリーネ達を見る。


 見慣れた従妹のはずだが、初めて見る顔をしている。


「もうね、最近のクロト君といる時のマリーネちゃん、本当、可愛いの。自分で、どうしたらいいのか分かってなくて。でも、何かしたくて、わちゃわちゃしてて。表情がコロコロ変わって。少し柔らかくなったね。普段が年の割に大人びてるから、余計に幼く見えちゃって」

「あれは、マリーネか?」


 おもはず、そんな言葉がヨアヒムの口からこぼれる。


「ふふぅん。可愛いよねぇ。クロト君と出会ってからのこの2ヶ月で、マリーネちゃん、3歳ぐらいは、ちっちゃくなった気がする。私、最近お姉さん気分」


 言っていることはよく分からないが、言いたいことは伝わってくる。

 アレはヨアヒムが知っているマリーネではない。


「今日もね、ヴァルターのこと一緒に見に来たんだけど、マリーネちゃん、無意識にヴァルターじゃなしにクロト君のこと目で追ってるの」

「マリーネが?」


 驚くだけになってしまったいるヨアヒムだが、しょうがない。

 ヨアヒムが知っているマリーネは、弟であるヴァルターのことを誰よりも大切にしていた。それよりも他の男を優先してるのはヨアヒムには想像出来なかった。


「クロト君を目で追っては、はっと気がついて、ヴァルターに視線を戻すんだけど、すぐに、無意識にクロト君のことを見てるの。それがもう、可愛いいの。しかも、それなのに、まだ、自分の感情がよくわかってないの、マリーネちゃん。だから、口ではアイラ先生を応援してるし。私、もう試合じゃなしにマリーネちゃんばっかり見てたよ」

「あの、マリーネがか・・。それは、俺も試合よりもそのマリーネの様子を見たかったな」

「残念でした」


 テーニアは心底嬉しそうに語っている。だが、それはヨアヒムの望むことではない。


「で、お前は何してるんだ?」

「うーん。可愛いマリーネちゃんの鑑賞?」

「・・」

 

 ヨアヒムが無言でテーニアを見ていると降参とばかりに、テーニアが手をあげる。


「だって、何したらいいか分からないもん。兄様は、何を考えてるの?クロト君を魔法学園に入学させて、何をするつもりなのか教えてくれないと分からないよ」

「つまり、クロトに興味は持ったわけか」

「まあね。クロト君はいい子だし、一緒にいてからかうと楽しいし。後、なにより料理もおいしいし。でもねぇ・・」

「なるほど、おまえも、クロトがエルドラド王家の人間だからと手を引いたわけか」

「えっ」


 テーニアが驚きで大きな声を上げる。

 それが、マリーネ達の方まで響いた。話が終わったのか、2人が一緒に向かってくる。


 ヨアヒムは、テーニアの反応で、これまでも確信に近い形で予想はしていたクロトの出自に確信を持つ。

 その扱いは難しいが、それでも、イアルが切り札になりうる存在であることは間違いない。


「なんで、兄様知ってるの?」

「予想してただけだ。だが、今の反応で確信が持てた。なんで、俺に知らせなかった?」

「だって・・」

「エデン王国のエルドラド王家。お前の判断で処理していいような小さな問題ではないだろ」


 テーニアが困ったようにヨアヒムを見る。その妹の顔にヨアヒムは呆れたような顔をしながら、その頭をくしゃりと撫でる。


「俺が、危険だと判断して、クロトを殺すと思ったか?」

「うん。あの、エルドラド王家だからね」

「まあ、対応を間違えたら、国が滅びかねないからな。だからこそ、俺や叔父上は事前に知っておく必要がある。それを知らせなかったのはお前達の怠慢だ」

「兄様・・」


 分かりやすく顔を伏せる、テーニアに苦笑いを浮かべるヨアヒム。


「おまえもだぞ、マリーネ」


 イアルと一緒に来て、話の後半を聞いていた従妹にもヨアヒムは忠告する。


「別に自分たちで判断するなとは言わないが、事の重大さを間違うなよ」

「ヨアヒム様は、なぜ、クロトがエルドラド王家の血を引くと?」

「それはさっき、クロトに言ったから、クロトから聞け。

 クロト」

「はい」

「お前が、たとえ、あのエルドラド王家の血族だろうと、俺は気にしない。誰にも、口は出させない。お前には、そのリスクを冒すだけの価値がある。俺は、お前が望むものを何でも与えよう。だから俺の部下になれ」


 ヨアヒムはまっすぐに、イアルのことを見つめる。

 イアルも、逸らすことなく見つめ返す。


「今、この場での返事を望まれますか?」

「ああ。それとも、時間をおいたら、お前の考えは変わるのか?」

「いや、変わらないですね。ヨアヒム殿下。私は、あなたに仕える気はありません」


 イアルは、はっきりと、ヨアヒムへ拒絶を伝える。

 ヨアヒムは自らの勧誘を断った、イアルのことを見定めるように見る。


「俺は、エデン王国のフィリペ=エルドラド王子に会ったことがある。その時のことは今でも夢に見る。俺の考えを全て見透かしたかのような、あの人の目が怖かった。お前の主はあの人か?」

「いえ。私の主は、ジョアン王子です」

「・・そうか。ジョアン王子には会ったことはないな」


 ヨアヒムが天をあおぐ。

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