第38話


 イアルが魔法学園に入学して2ヶ月が経過した。


 この2ヶ月、イアル達新入生は、ただひたすら、身体を鍛えていた。

 最初の授業で言われた通り、とにかく走って体力をつけ、ひたすらに剣を振るって型を身体にしみ込ませた。


 この授業が性にあっていたイアルは、新入生の中で誰よりも長く走り、一番多く剣を振るった。

 

 新入生の中では、ヴァルターの側近であるジャンがクラス代表の立場だったが、イアルはそのジャンから一番嫌われていた。ジャンは、イアルのことを魔法使いの振る舞いを理解出来ておらず、身体を動かすだけの野蛮な人間だと考えているようだ。身体を使う授業でいい成績を残していることもその印象に拍車をかけているようだ。

 授業では、実戦形式をとっていないので、イアルがどれだけ剣を振ったところで、ジャン達には、幼い頃から教育を受けている自分達と違い、今から型を覚えないといけない平民が必死にもがいているように見えるらしい。

 そして、その姿はとても見苦しく映るようだ。

 ジャンが言っていた、貴族の立ち振る舞いから学ぶというのも、まったく出来てはいないと、しばしば怒鳴られている。ジャン達クラスメイトの貴族を見ていても、偉そうにしているな、という感想しかイアルには出てこない。

 お互いに、仲よくしよう、歩み寄ろうという意志がないのでどうしよもなかった。

 どうにかその仲を取り持とうとしていたヴァルターだが、最近はもう諦めていて、イアルとジャンが出来るだけ出会わないようにしようとしてくれていた。

 そのヴァルターの心遣いにイアルは感謝していた。


 他の生徒から多少絡まれることもあったが、反論することなく、大人しく頭を下げていれば、それほど大きな問題は起こらずに、過ごすことが出来ていた。

 しかし、クラスメイト達と仲良くなることはまったく出来ず、良好な関係にはほど遠かった。


 一方、寮ではフィル達といろいろな話をし、彼女達の境遇や魔法学園に入学した経緯を聞いたり仲を深めることが出来た。

 特にトーマスは、どこで聞いてくるのか学園のいろいろなうわさ話を教えてくれて、話を弾ませてくれるので大変ありがたかった。


 また、アイラの研究室には週に2、3回訪れるようになっていた。

 研究で忙しいアイラに変わって、部屋を掃除するついでに、助手まがいのこともやっている。アイラの研究は精霊についてなので、興味もあり、少しでも手伝えることは嬉しかった。

 後は、研究に熱中している時は、食事も疎かになりがちだったので、料理の差し入れもするようにしていた。アイラが学園を卒業して、先生になったこれまでの2年間をどうやって過ごしていたのかイアルは不安になっていた。休みの日はたいていはエモット邸の帰っているのを見ていたが、学園に泊まっている日も多かった。ちゃんと食べれていたのだろうか。

 

 そして、アイラの研究室に、マリーネがしばしば来るようになった。マリーネの付き人として来ていた、ノエル=トスカには最初はいい顔をされていなかったが、イアルが前世の黒斗の知識を使って作った、クッキーやシュークリームを持っていくと歓迎してくれるようになった。

 イアルは、アイラとマリーネ、そしてノエルとの交流を深めていたが、いつの間にかテーニアもくるようになっていた。

 マリーネだけズルいと言っていきなり現れた彼女だが、たまに顔をのぞかしては、イアルの入れる紅茶とお菓子を食べて、適当な世間話をすると、満足して帰って行く。

 イアルが入れたお茶とお菓子は好評で、テーニアからは、冗談まじりに料理人として雇われないか提案された。

 何故か、同じクラスのヴァルターよりも、マリーネやテーニアと話をしている時間の方が長くなっている。ヴァルターとは、ジャンを始め、多くの新入生に囲まれていて、まったく話を出来ていない。

 マリーネ達も、学校で会ったりはしているようだが、ヴァルターをここに呼ぶつもりはないらしい。ヴァルターはイアルが、マリーネ達と会っていることを知らない。


 マリーネやアイラ達と、他愛もない話をしたり、授業中のヴァルターの様子を報告したり、イアルはエモット家で、ただの奴隷として過ごしていた時よりはずっと充実した1月を過ごしていた。

 どのような意図があったのかは分かっていないが、魔法学園への入学を提案したヨアヒムにイアルは感謝していた。



 そして、今日は、魔法学園で最初の試験の日を迎えていた。


 試験の内容は簡単で、魔法を使う上級生を相手に、新入生が剣を使って勝負を挑む。それだけだ。

 普通に試合をすれば新入生に勝ち目がないため、当然だがハンデがもうけられている。

 人数は水クラスの新入生19人に対して、上級生は3人。使える魔法も1種類、水球ウォーターボールのみ。


 ジャンがクラスの新入生を全員集めて作戦を説明している。

 作戦の内容もシンプルで、一人ずつの各個撃破だ。

 最初は、2人に対して各5人で足止めをして、残りの9人で一人に一斉にかかって倒す。その後も一人ずつ、確実に倒していく。

 伝統として昔からずっと、このような形で戦っているらしく、決まりのようになっているようだ。

 それに、試験という形をとっているが、必ず、新入生が勝つことも毎年の決まっているようだ。

 上級生が下級生の力を認めてることでこの試験に合格して、新入生も本格的な魔法の訓練を開始する資格を得ることになっているらしい。

 このような形式をとることもジャンが言う、貴族の心得になるそうだ。

 そして、上級生を直接倒すグループは上位の貴族に割り振られる。ヴァルターやジャン達がこのグループになる。下位の貴族は足止めの役で、当然、イアルもその担当が割り振られた。


「この試験には、毎年、近衛騎士団からも見学者が来る、新入生にとって、最初の大切な試験だ。エルザス王国の貴族として恥ずかしくない戦いをみせるんだ」

「おぅ」


 ジャンがみんなに気合いを入れているので、イアルも、皆の気勢を削がないように合せる。


 試験の会場に入ると、新入生達は、緊張した様子を見せていた。


 みんながそれぞれに試験に向けた準備をする。

 イアルは、会場に目を向ける。


 会場には、試験に関係がない上級生や先生も見に来ていた。

 アイラや、マリーネの姿もあったし、フィル達も見に来ていた。上級生は、今日は何の授業もないようだ。

 そこまで予想出来ていた。しかし、ヨアヒムの姿もあることにイアルは驚いた。

 お忍び出来ているのか、魔法学園の制服を着ている。


 思いもよらない人を見つけてイアルは動きを止めてしまう。

 そんなイアルにジャンが声をかけてくる。


「おい、クロト。何をぼさっとしている。しっかりと準備をしろ。お前には、何も期待していないが、せめて、俺たちの足を引っ張らないように、きをつけろ。戦力にならないからと言って、真っ先に脱落でもしたら、他の生徒に焦りが出るかもしれないないからな」

「はい。皆さんの邪魔にならないよう、気をつけさせてもらいます」

「ふんっ」


 イアルの返事を面白くなさそうに聞くジャンだが、これ以外の返事をしたらもっと不機嫌になったに違いないので、正解だったのだろう。



試験の時間が迫って来た。

 

 これまで分かっていなかった、試験の相手を務める上級生が明らかになった。


 最初の授業の後にイアルに絡んで来たアウグスト、ルーカスと仲がいいと思われるオルガンに平民出身のウルマ。

 イアルとしても、顔と名前が一致する人だ。

 恐らく、最初の授業でこの3人が当てられたのは、その段階で、この日に、相手をすることが決まっていたからではないかと思ってしまう。


 その3人の登場をみて、ジャンが相手を決めたようだ。


「まずは、平民で一番おとしやすいウルマという人をおとす。その後に、オルガン様、そして、最後にアウグスト様だ。足止め係も、それぞれの担当を今決めておく。足止め係は、倒すことを考えずに、ひたすら防御に徹して、俺たち、攻撃部隊が到着するまで耐えるように」


 わざわざ、ウルマに平民とつけるところがジャンらしい。

 ジャンの采配によって、イアルのいるグループは、オルガンの相手をすることが決まった。


 3人を代表するようにアウグストが一人で前に出てくる。

 全員の様子を確認するかのようにみていたが、イアルと目が合うと、嗜虐的に笑ったように見えた。


「新入生の諸君。魔法学園に入学して2ヶ月が経った。この学園での生活にも慣れてきただろう。そして、この2ヶ月、魔法使いとして戦うために身体をひたすら鍛えてきたと思う。その成果を、私たちに、先生達に、見せて欲しい。私たち上級生がその全力を受け止めよう」


 そういうと、アウグストは大きな水球を空に打ち上げた。

 その大きさに、ジャン達は息を呑んでいた。

 そして、水球が落ちてくる。


「試験開始」

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