第39話
アウグストの合図で試合が始まった。
上級生はすでに3人それぞれがある程度の距離をとって、待ち構えるようにそれぞれ立っている。
イアルは、周りを見て、様子をうかがうが、新入生の誰も動こうとしない。
恐らく、先ほどのアウグストが打ち上げた水球がこれまでに見たことがない大きさで、圧倒されたのだろう。
互いを見て、誰が最初に行くかで迷っているようだ。
これがもしも実戦だったならば、この時点で、魔法の雨が降ってくるに違いない。部隊はそれでもう全滅だ。
だが、今日は新入生を測る試験の日。上級生は、様子を見るように何も仕掛けてこなかった。
イアルは、ジャンに目を向けるが、ジャンも先ほどのデモンストレーションに呑まれているのかどう始めるかを悩んでいる様子だった。
このままでは埒が明かないと判断をして、イアルは、一番最初に飛び出すことにした。
「なっ、待てクロト。無闇に突っ込むな」
ジャンの言葉を無視して、最初の予定通り、オルガンに向かうイアル。
「お前が一番乗りか下民」
オルガンはやっと来たかと待ち受けるように立っていた。
挨拶代わりと言わんばかりに、正面から、水球を向けてくるが、剣でたたき落とす。
後ろの方ではイアルが最初に動いたことで、ジャン達もようやく覚悟を決めて動き出したようだ。
「お前の話はルーカスから聞いている」
「ルーカス様から?」
「そうだ。もともとはエモット家の家人らしいじゃないか。学園ではクロトと名乗ってるそうだが、お前には聞きたいことがあった」
オルガンがイアルから距離をとりながら話しかけてくる。
「私に、ですか?」
まだ、あまり攻撃を仕掛けては来ないので、イアルも追いかけながら隙をうかがう。オルガンとの接点などこれまでまったくない。ルーカスから話を聞いているからといって、特に興味を持つこともないように思えるが。
「ああ。これまで、会うことがなくて聞けなかったんだが、ずっと、機会をうかがっていた。今日まみえれたことは幸運だ。神に感謝する」
怖い。
シンプルにイアルはそう思った。一度も話したことがない相手にそんな風に思われていたとは。
「こんなうわさ話を聞いた。私が、このオルガン=ホルンシュタッドが父、ホルンシュタッド侯爵を通して、エモット伯爵に、アイラ=エモット嬢へ正式に申し込んだ婚約話を、どこぞの家人が断ったと」
イアルは驚愕に目を開いた。
そんな話、イアルは知らない。
アイラにそんな婚約話があったことも初めて聞いたし、そもそも、イアルの意志がアイラの、エモット家の決断に影響を与えるはずがない。
「そんなことはありません。私はそのような話を聞いたこともありません」
オルガンもそう思っていたのだろう。貴族の婚姻に家人ごときが口を挟めるわけがない。頷いていた。
「では、アイラ先生の研究室に送った、私から先生に宛てた手紙を、貴様が無くなしたという話もデマか」
イアルの背中に、汗が流れて来た。
入学してすぐに、初めて、イアルがアイラの部屋を訪れたとき、アイラとぶつかって、高級な紙の手紙を失くした。アイラが、気にしなくていいと言っていたので、今まですっかり忘れていた。後で、探しておくと言っていたが、見つかったのかアイラからは何も聞いていない。
「それは・・」
(どうしよう)
もしもアレが、オルガンから、アイラに宛てた恋文だった場合、悪いのはイアルだ。それはもう、全面的にイアルが悪い。
言い訳がまったく思い浮かばない。
アイラが、イアルが持っていたところを見て慌てた理由が分かった。自分に宛てられたラブレターを他の人に読まれたら恥ずかしい思いになるだろう。きっと。
あのなくした紙がその恋文でなかったらいいなぁ。
現実逃避のためにそんなことを祈るイアル。
どちらにしろ、アイラにあの手紙が何だったのかを聞く勇気がイアルにはないので分からないが。
なので、全力でとぼけることにした。
「まさか。私はそのようなことしていませんよ。いったい、誰がそのようなデマを」
「そうか、そうか。俺がルーカスから聞いた話はデマか。これは、あとで、ルーカスにもう一度話を聞かないといけない、な」
そう言い放つと、オルガンは、魔法を放ってくる。
イアルは、なんとか剣で弾くが、いつの間にか後ろに来ていたイアルと同じグループのクラスメイトは、攻撃に気づかずに1人被弾していた。
1人が脱落し、追いついて来た3人を含めて4人でオルガンと向かい合う。オルガンは、待ち構えるようにして、立ちどまって待っている。
さすがに他の人がいる前では、アイラの話はしないようだ。
他の2人のところがどうなっているのか気になるが、今はオルガンに集中しないといけない。もう、いつ攻撃されたもおかしくはない。結果が決まっているとはいえ、誰が何人脱落するかは決まっていない。イアルも脱落はしたくない。
それに、マリーネからも、出来るだけ力を示して欲しいと言われている。この2ヶ月でそれなりに仲良くなったつもりの彼女の頼みだ。
なにより、アイラ達も見ているので、無様に何も出来る姿を見せるのは少し恥ずかしい。
「おい、平民。勝手に突っ込むな。お前が勝手に突っ込んだせいで、陣形がボロボロだ」
陣形なんかあったのか。イアルはそのことに衝撃を受けていた。
イアルが知らないところで、足止め用の陣形を考えていたのか。
何も聞いていなかったイアルは大人しく指示に従うことにする。
そう思ったが、陣形とは、5人で足止めをするといことを意味していたらしい。
それは陣形ではないと思うが、彼らにとっては、陣形のようだ。そして、イアルが突出したせいで、追いかけているうちに1人が脱落したので、それはイアルのせいらしい。
5人での足止めが4人での足止めに変わっただけだとイアルは思うのだが、彼らにしたら大きな問題らしい。
「どうした、新入生。かかってこないのか。せっかく俺たち上級生が胸を貸してやるんだ。このままだと、試験に合格出来ないぞ」
オルガンが、動かないイアル達に促すように声をかけてくる。
「い、いくぞ。ヴァルター様達がすぐに駆けつけて来てくれる。それまで、俺たちが時間を稼ぐんだ」
1人がそういって、オルガンに切り掛かる。連携も何も考えていない、ただの突進だ。それは、簡単に避けられる。
「ほら、どんどんかかってこい」
オルガンの言葉に促されて、残りのメンバーもどんどんと切り掛かる。
連携の練習などはまったくしていないので新入生の、動きはバラバラだ。それが不規則な攻撃として意表をつければいいのだが、味方の動きを見てから動いているので、どうしても攻撃がワンテンポ、ツーテンポ遅れている。それでは、簡単に避けられてしまう。
オルガンは、いつでも攻撃出来るタイミングがあるだろうが、負けないといけないので攻撃をしてこない。
それでも、他の生徒に混じって、イアルも順番に攻撃をする。
イアルとしては、もっと踏み込んで攻撃をしたいが、オルガンを倒すのは、ヴァルター達を待たないといけないのでやりづらい。
伝統として決められているから仕方ないと思っていても、こうも手加減をされているのが分かっていると崩したくなってしまう。
そのとき、歓声が上がった。
ヴァルター達がウルマを倒したようだ。
彼らは、もうしばらくしたら次の標的であるオルガンに向かって、駆け寄ってくるだろう。
「ようやくか」
オルガンもこれまで退屈に思っていたのだろう。そう呟くと、魔力を練り、攻撃の準備をする。
その時に、イアルはその攻撃を防ぐために、とっさに動いてオルガンに攻撃を仕掛けてしまう。
これまでの、他の生徒に合せた攻撃ではなく、本気の一撃だ。
オルガンはいきなり鋭さを増したそのイアルの攻撃に驚いて、なんとか避けるが、体勢を崩す。しかし、魔法の制御に失敗してしまう。
そして、制御を失って暴走気味に放たれた魔法が一人にあたり、また、脱落者がでてしまう。
これまでの茶番劇が続くと思っていたオルガンの意表を完璧についた形になってしまう。
「ほぅ。なるほど、なるほど。クロト。今のは完璧に油断していた俺が悪い。そうだな、戦う意志があるのならちゃんと戦わないとな。とりあえず、他の生徒は知らんが、お前は倒す」
オルガンを怒らせてしまった。
今回も、イアルが悪い。途中まで、慣習に従って手加減をして動いていたのに、いきなりそれを破って、相手が動いたら、意表をつかれてもしょうがないだろう。
そのせいで、オルガンは、本来ならありえない魔法制御のミスをしてしまった。近衛騎士団が見ている前で、だ。
逆の立場ならイアルも怒る。
これまでの試験での接待の立ち振る舞いから、オルガンが本気モードに移っている。
魔力を練り上げて水球を放ってくる。
「なっ」
先ほどまでとは魔法の速さがまったく異なる。イアルはなんとか剣で防ぐが、他の生徒はその速さにまったく追いついていけない。
3人目が脱落する。
「おいちゃんと足止め出来てるのか」
オルガンの攻撃が見えたのか、駆けつけてくる、ジャンの慌てたようなが聞こえるが、反応している余裕はない。
オルガンは攻撃の手を緩めない。
こうなったら、イアルも、脱落したくないなら一人で勝手に動くしかない。完全に自業自得だが。
イアルは、剣を持ってオルガンに迫る。
オルガンが、イアルに向けてどんどん魔法を放つが、それは、急所を外した怪我をさせないようにしたものだ。その程度なら、イアルは剣で弾ける。
オルガンが放つ、魔法を最後まで、剣を弾き、イアルの剣がオルガンに届く。
これは、オルガンも予想していなかったようで驚いている。
「やるな、クロト。予想以上だ」
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