第40話
イアルがオルガンに剣を突きつけていると、歓声が上がる。
しかし、一部からどよめきも起こっている。会場がおかしな空気になった。
イアルはどよめきが起こっている理由を理解してやってしまったと頭を抱えたい気分だった。
剣を突きつけられているオルガンも苦笑いを浮かべている。
「おい、これどうするんだ、下民」
オルガンに聞かれるがイアルが聞きたい。
剣を突きつけたまま、困った顔でにらみ合っていると、ようやく、ジャン達が到着した。
足止めだけをしているはずの部隊が3人が脱落し、相手を倒して、剣を突きつけている。
本来なら、相手を倒すのは、ジャン達主力部隊がするのがこれまでの暗黙のルールだ。
イアルはそれを破って、しまった。正確には、まだ、オルガンは脱落にはなっていないが、もはやこの状況は同じだ。
くだらない慣習だが、わざわざそれを破って、波風を立てるつもりなどまったくなかった。
客席からざわめきが起こった時点で多くの人間が、この慣習を知っていて、イアルの行動に疑問を持たれてしまっている。
「おい、クロト。お前、何のつもりだ」
ジャンは、状況を見て取ると、真っ先に怒る。
「いきなり、一人で勝手に飛び出したかと思うと、大人しく足止めだけをしておけばいいものを。そこまでして目立ちたいか。これだから、平民は」
「申し訳ありません」
「おまえは・・」
「クロトさんは、オルガンさんに止めを」
なおも言い募ろうとしたジャンの言葉をヴァルターが遮った。
「ヴァルター様。何を」
「今は、そんな話をしている時ではありません。試験の最中です。近衛騎士団も見ていますよ」
状況を見た、ヴァルターの冷静な判断に取り乱していたジャンも少しは頭が冷えたようだ。
「早くやってくれ」
「はい」
オルガンも、イアルとジャンのやり取りに呆れたていたようだ。
オルガンにイアルが攻撃を与えてオルガンが脱落する。
そのとき、またも、歓声が上がる。
タイミングを計っていたかのように、アウグストが、足止め係の5人を倒したようだ。
イアルはジャンを見る。
ジャンは、まだイアルに対して、何かを言いたげにしていたが、さすがに状況を優先した。
「ここにいる、10人でアウグスト様を倒す」
どうやらヴァルター達はウルマを2人の脱落のみで倒したらしい。
9人で固まってアウグストに向かった。
特に作戦などは考えていないらしい。
貴族同士の戦いに姑息な作戦などは似つかわしくないそうだ。
意味が分からない。
上級生も、同じような考えなのだろうか?
さすがにそんなことはないと思いたい。
だとしたら、この国の先は短いとイアルは思った。
アウグストは、5人を倒した場所からあまり動かずに、待ち構えていた。
「2人を倒すのに5人が脱落しただけ。今年の新入生はなかなか、優秀なようだ。それとも、俺たち、上級生が情けないのかな?」
「アウグスト様。ウルマさんも、オルガン様もすばらしい戦いでした。ですが、幸い、私たちは力を合わせて先輩達を倒すことが出来ました」
余裕を持って出迎えるアウグストにジャンが答える。
ジャンの言葉に苦笑いをしそうになるイアルだが、なんとか表情を取り繕う。
すると、新入生を確認していたアウグストと目が合ってしまう。
「ほう。その平民もまだ、生き残ってるんですね。どうやら、そちらのジャン=ルベールは、しっかりとその平民を指導出来ているようですね。ヴァルター様」
「・・アウグストさん。ええ。クロトさんの力も借りて、僕たちはあなたも倒します」
「それは、期待していますよ」
アウグストが、魔法を発動する。
「
同時に、イアル達は一斉にアウグストに切り掛かる。しかし、アウグストの魔法の方が速い。
最初の攻撃で3人が攻撃を受けて脱落する。残りは6人。
それでも、2回目の攻撃よりは早く到達し、最初にジャンが到達する。その攻撃はアウグストにあっさりと避けられるがそれでも、2回、3回とジャンが攻撃を重ね、その間に、アウグストを取り囲む。
取り囲まれても、アウグストの余裕は崩れない。
恐らく、アウグストの中では、どのタイミングで誰に負けるかをもう決めているのだろう。
そして、それがイアルでないことだけは、イアル自身が一番分かっている。
先ほどは、オルガンを倒してしまうという、失態をおかしてしまったため、これ以上ジャン達の心証を悪くしたくないイアルは、他の生徒に先んじて、最初にアウグストに切り掛かる。
今以上に心証が悪いのがあるのかは分からないが。
間違いなく、アウグストは、真っ先にイアルのことを倒したがる。そこに出来る隙をヴァルターなり、他の生徒がついてくれたら、イアルも勝利に貢献出来たと言えるだろう。
上段から切り掛かろうとするイアルを見て、アウグストが笑う。
「来い、平民、お前だけは絶対に潰す」
その宣言通りに、アウグストは、発動させた魔法のほとんどをイアルに向けて放つ。他の生徒には、牽制するだけだ。
足を止めて、その攻撃を防ぐイアル。
その間に、他の生徒が攻撃をするが、アウグストは巧妙に避けるのであてることが出来ていない。
イアルが、最初の攻撃を全て防ぎきると、間髪を入れずに第2弾が襲ってくる。
ヴァルター達の攻撃を避けながら、準備していたようだ。
徹底的にイアルだけを狙って、魔法を放ってくる。
そのため、イアルは、アウグストに近づくことが出来ず、距離をとる。
「逃がすか」
逃げるイアルをアウグストが追ってくる。それを止めようとした1人が止められずに、被弾して脱落する。結局、アウグストの背中をヴァルター達が追いかけることになった。
これで、残りは6人。
イアルは、直線に飛んでくる魔法を避けるために、ジグザグに走りながら、後ろを伺う。
ヴァルター達がアウグストに追いついてくれればと思ったが、ヴァルター達はイアルとアウグストに追いついて来れずにむしろ遠くなっている。
このままでは、イアルは、1人で追い込まれて無意味に脱落するだけになってしまう。
「おい、平民。いつまで逃げるつもりだ。おまえ、本当に、貴族としての振る舞いがなっていねえな」
後ろから追いかけながら、アウグストが声をかけてくる。その声にはまだ余裕がある。
「逃げたらダメですか?」
「ああ。貴族は、そんなに無様に逃げたりしねぇ」
戦場で逃げなきゃ死ぬだけだ。
そう言い返したいが、言っても分からないだろう。
「もう逃がさねぇ。諦めろ」
アウグストの攻撃が、イアルの進行方向に向けられたため、足を止めざる終えなかったイアルはアウグストに追いつかれる。
イアルは、ヴァルター達の位置を確かめるが少し遠い。
もう少し時間を稼がないといけない。
「アウグスト様は、私のことが嫌いですか?」
「ああ。嫌いだね。お前みたいな、下賎の人間が、俺と同じ学校に入って、机を並べてるだけで吐き気がする」
「・・ウルマ様とは仲はいいんですよね?」
せっかくなので、ずっと、疑問だったことを聞いてみる。
フィルが教えてくれたが、ウルマの家は、アウグストの家のザルムート公爵家にも出入りをしている商人らしい。住まわしてもらっているのは、別の貴族らしいが、その人もアウグストの手下といっていい関係だ。
商人の息子とはいえ、貴族ではない人間ともアウグストは仲よくしている。
「お前、自分がウルマと一緒だと思ってるのか?」
「一緒とは思っていませんが、私もウルマ様も貴族でないのは一緒では?」
イアルは何気なく言ったつもりの言葉だったが、アウグストの顔色が変わる。
「黙れ。自惚れるなよ、エモット家の奴隷の分際で」
イアルは目を見開く。
何故、という言葉が頭に浮かぶ。
イアルが奴隷であることを知っているのはごく限られるはずだ。
「奴隷は人じゃねぇんだよ。人の形をした動物。牛や豚みたいな社畜と一緒だ。それがどんなコネを使って、この栄誉あるエルザス王立魔法学園に潜り込んだ。何で、俺達が奴隷ごときと・・」
我慢出来ないといったようすでアウグストが話している。
イアルも、どうにかして思考をまとめようとするが
「クロト」
ジャンの声が聞こえた。
ヴァルター達がもう近くまで来ていた。
「チッ。邪魔だ」
アウグストが腹立たしそうに舌打ちをすると、ジャンに向けて魔法を放つ。
ジャン達は追いつくことに必死だったのか、自分たちが攻撃されると思ってなかったのか、その攻撃を避けることが出来ず、くらってしまう。
砂煙が立ち、イアルの位置からはどうなったのか分からない。
アウグストから何故イアルの事情を知っているのか聞き出したいが、そのためには、この試験を終わらせる必要がある。
攻撃側の誰かが残っていることを祈って、イアルはアウグストに攻撃を仕掛ける。
「うざいんだよ。奴隷が」
アウグストも頭に血が上っているのか、攻撃が荒い。
イアルは真っ正面から、アウグストに向かっていく。自分に当たりそうな攻撃だけを防ぎ、近づいてく。
アウグストは更に、魔法を用意している。
そのとき、イアルの目に、砂煙の仲から、ヴァルターが飛び出して来るのが見えた。
いらだちを隠さずに、イアルのことを睨んでいるアウグストはその存在に気がついていない。
なので、イアルは、スピードを上げて正面から突撃する。
「なめるなぁ」
アウグストが、放った魔法を防ごうとしたイアルだが、思ったよるも、その威力が大きく、防げない。
(これ、手加減忘れてるだろ)
アウグストの攻撃を受けてイアルは脱落するが、そのアウグストも、後ろから来ていたヴァルターに気がついていなかったため、攻撃をくらう。
これで、最初の筋書き通り、新入生側の勝利だ。
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